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最終話です。
「お姉様、ずるいですわ。私にも渡して下さい」
「ええ、もう、ちょっとだけ」
「可愛い、食べちゃいたいくらい」
今、兄夫婦は王都のオブライエン家の本邸に来ている。
「早く私にも抱かせて下さい」
「もう、ジュリアはわがままなんだから、わかったわよ」
アリシアが抱っこしているのは甥っ子でまだ生まれて半年も経たない赤ちゃんだ。
「ようやく抱っこできたわ。本当にお姉様ばかりずるいのだから」
「そういえば、ジュリア、あのノートを鞄に入れたのはあなたね」
「え?何の事かしら」
「とぼけないでよ。おかげで今でも恥ずかしい思いをしているんだから」
「さあ?あの教科書が入れ替わる仕込みをしたのはお姉様でしょ?」
「仕込みって、あれは偶然よ。何であなたがあのノートの存在を知っていたの?」
「昔、お姉様が自慢気に見せて来ましたもの」
あー良かった。上手くクリスハルト殿下の目に留まって。オリバーのせいでお姉様が婚約破棄になったら大変だものね。
そこに義姉のソフィアが口を開いた。
「ジュリアさん、ご婚約おめでとう」
「ありがとうございます。お義姉様が口添えしてくれたお陰で無事に婚約できましたわ」
ジュリアとオリバーの婚約に両親はまだ早いと難色を示していたが、このソフィアが
『あら、お義父様、ジュリアさんを行かず後家にしてしまうおつもりですか?オリバー様は次の騎士団長と言われているお方、学院で他の女性に引っかけられるかもしれませんわ。それに女性は安定した家庭を持って幸せを得る方もいらっしゃいますし、早いに越したことはありませんわ』
と孫を抱かせながら説得したのである。孫効果は絶大に発揮された。すぐに婚約となった次第だ。
「それからアリシアさん、デビュタントはいかがでしたか?」
ソフィアがアリシアに聞いてきた。
「素敵でしたわ。まるで夢のようです」
「まあ、そうなのですか、良かったですわね」
デビュタントはアリシアは白いシルクのドレスに白い革手袋、クリスハルトは王家の正装で出席した。クリスハルトにティアラを頭に乗せてもらい、いざ、入場!たくさんの人の拍手に迎えられてその中を二人は歩いた。
「クリスハルト様は言葉に表せないくらいかっこよかったわ」
「はいはい」
ジュリアが気のない返事をした。
それから、立太子の儀式と、婚約式の儀式を済ませて、挨拶をして、ダンスである!
「挨拶は緊張しなかったのですか?」
「ええ、下書きがありましたもの」
変に度胸がある。
「ダンスではクリスハルト様、言葉に表せないくらいかっこよかったわ」
「それ聞いたの2回目ですわ」
「ジュリア、黙って。何回でも言うわよ」
クリスハルトとのダンスでは、リードに任せて、またうっとりと見詰めていた。
『アリー、じっと見すぎ』
クリスハルトが笑いながら、言ってくる。
それから兄のイーサンと父親のオブライエン侯爵と踊った。それ以外の人はクリスハルトが断っていた。後から王にクリスハルトは怒られていた。
「だって、クリスハルト様が他の男の人と踊ったら駄目だって言いますから」
兄のイーサンも駄目らしい。クリスハルトはあの婚約の打診で王宮に来た日、イーサンの後ろに隠れて出てこないアリシアを見てから、最大のライバルと思っている。
「まあ、殿下の溺愛も困ったものですね」
「お兄様とはいいんだけど、その他の男の方とダンスなんてしたくないからいいんですけどね」
「まあ…」
でもこれからはそうはいかない。
舞踏会やお茶会にも出席していかなくてはならない。
たぶん学院を卒業したら、本格的にクリスハルトは王太子の仕事をしていく。アリシアも王太子妃となり、今以上に
忙しくなるだろう。だから今だけなのだ。学院にいる間だけでも、クリスハルトとの時間を大切にしたい。
「アリシアお嬢様、クリスハルト第一王子殿下がお迎えにいらっしゃいました」
メイドがアリシアを呼びに来た。今日はアリシアがずっと望んでいたクリスハルトと初めてのお出かけである。
王妃教育も終盤に差し掛かって時間もでき、国王様からのあの事件の労いもあり、二人で王都に出掛けてもいいと言われたのである。
「ありがとう。すぐ行くわ」
そこへクリスハルトが入ってきた。
「まあ、王太子殿下!ご機嫌麗しゅう」
「ああ、かしこまった場所以外は堅苦しいのはいいですよ。この子がイーサン殿とのお子さんですか?」
「ええ。名前をアルバートと申します。抱っこして頂けますか?」
「うわ。柔らかい。落とさないように、そうっと。このアルバート君はアリシアに良く似ている。同じ茶色い目に栗色の髪だね。私達の子供もこんな感じかな?早く欲しいね」
「まあ、殿下」
「え?な、何を言ってるの?早すぎますわ」
「……」( ジュリア )
「クリスハルト殿下、うちに何の用かな」
イーサンが少しきつめの口調で部屋に入ってきた。
「殿下、この前は私の大事な妹、アリシアが、断罪の憂き目にあったと聞いたが、どういうことか説明して頂けますかな」
「お兄様!もう終わったことだからお止めになって」
「そうはいかない。アリシアと婚約する時、悪い様にはしないと絶対に守るからと説得されたんだ」
イーサンはアリシアを引き寄せてクリスハルトを睨み付けた。クリスハルトはアルバートをソフィアに返して答えた。
「本当にアリシア嬢には申し訳なく思っております。あんなことになったのは、全て私の至らなさが招いた結果です。どんな罰も受ける所存です。ですが、アリシア嬢のことはこれからもよき伴侶として守っていこうと思っています」
「伴侶ってまだ婚姻していませんが」
あー。お兄様、そろそろお姉様をお離しになった方がよろしくてよ。殿下がじとりと二人を見ていますわ。
クリスハルトがアリシアを奪い返して、腕に納めた。
「もうすぐですよ。それでは、義兄上方々、時間もありませんので失礼します」
「義兄上と呼ばれる筋合いはありませんが」
「もうあなた、その位にしませんと。若い二人の邪魔をするのは野暮というものですわ」
ソフィアが止めて、ようやくイーサンは大人しくなった。
「行って参ります」
外は快晴だった。あのお茶会の時と同じ、青い空がどこまでも広がり、そよ風がアリシアの黄色いリボンを揺らす。
あの時、たくさんの令嬢の中から、アリシアを見つけたのはクリスハルトだった。みんなまとめて可愛いね、ではなく、アリシアだけを見つけてくれて、好きでいてくれる。
アリシアは幸せそうに笑ってクリスハルトを見た。クリスハルトも笑ってアリシアを、空と同じ青い瞳で、見つめ返していた。
完
つたない文章を最後迄読んで頂いてありがとうございました
ブックマークや星を付けて頂いた方、ありがとうございました。
よく、幼い時からの婚約でそれなりの交流だったという話があるので、逆に周りが心配する位、仲が良すぎていつも一緒という設定で話を作ってみました。
その婚約者が、悪役令嬢の様な容姿絢爛で優秀な令嬢ではなく、平凡な令嬢という設定にもしてみました。
最後迄書けたのは、読んで頂いた皆様のおかげです。
ありがとうございました。