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それから数日後、アリシアはクリスハルトに、学院の生徒会室に呼び出された。学院は休みで閑静としている。
アリシアが生徒会室に入った途端またもや二人きりでドアを閉められた。
婚約者と言えど二人きりはまずいのでは?
と思ったが、クリスハルトは素知らぬ顔でアリシアをソファーに座らせて、クリスハルトも対面に座り、手を膝のところで組み、頭を垂れて下を向いている。
しばらくそうしていると、
「アリシア、ごめん」
クリスハルトが口を開いた。
「今回の事を謝罪する。君を断罪に晒させて悪かった。僕がもっとしっかりしていればこんなことにはならなかったのに、本当にすまない」
クリスハルトが頭を下げて、謝ってきた。
「い、いいえ。クリスハルト様のせいではありません。顔を上げてください」
だってあの断罪の責任の半分は私が焼いたクッキーのせいだもの。
それに第一王子殿下が頭を下げるなんて以ての外だ。
それでも、クリスハルトは頭を上げない。うつむいたまま
「それに君を傷つけてごめん。独りにして寂しい思いをさせてごめん。まずそれを謝りたい」
クリスハルトが謝ってきた。そしてようやく顔を上げた。青い瞳がやるせなさげにアリシアを見つめている。
「実は、ミリーとアレクサンドラの事はずっと怪しいと思って、二人を監視してた」
「え?そうなんですか?」
アリシアは驚いた。二人を監視するなんてどういう事だろう。
「子供の時に君を落とそうとしたアレクサンドラを避けたら彼女が噴水に落ちただろう。しかも、君のせいにした。あの時から君にはあの兄妹を近づけないようにした。王宮にも出入り禁止にしたんだ」
許さない。僕の大事なアリシアを害するなんて。
「だけど、学院に入ったらそうも行かなくなった」
あの王命にクリスハルトは難色を示したが、いずれ王太子妃になる、アリシアの為だと言われて、苦渋の思いで承諾したのだ。
それでクラスが別になり、クリスハルトは生徒会に入り、忙しいのを理由にアリシアを遠ざけたのである。
アリシアもハンナ女史から同じ様な説明を受けたが、どこ吹く風で学院に入ったらクリスハルトとずっと一緒にいられると浮かれてた。それが彼から遠ざけられてショックだった。
クリスハルトは王との取り決めで表立ってアリシアを守れない。そばにもいられない。それでアレクサンドラを生徒会に入れて監視する事にした。
そうだ。そのまま生徒会長を任せたらいいんだ。
そう思い、どんどん仕事を任せた。
「そこにミリーが現れたんだ。あの剣術大会の時は焦ったよ。君が揉め事に巻き込まれてると聞いて、慌てて駆けつけたんだ」
全速力で駆けて行くと、アーデンがアリシアに掴みかかっていた。
危ない!!
急に離されたアリシアが後ろの棚にぶつかって、上から練習用の剣が落ちてくる。咄嗟にアリシアを庇い何とか難を逃れたが、
何故ここでアーデンに掴みかかられているんだ!アーデンには近づかせないようにしていたのに。
それでアリシアにきつい物言いになってしまった。
「とにかく君が怪我をしなくてひと安心した。だがそこでまた問題が起きたんだ」
ミリーはアリシアに押されて怪我をしたと言ったのだ。
その時はすごく焦った。また子供の時のように大事なアリシアのせいにされたら堪らないと。すぐに医務室に運んだ。そして責任を持って怪我が治るまで付き添った。
「たいした怪我をしてないとわかってからも、しばらく付き添っていたんだ。アリシアに何か害をもたらさないか見張る為に」
だが、ミリーはアリシアを認識していなくて、クリスハルト目当てだった。ミリーもまた、未来の王妃になりたかったらしい。
アレクサンドラはとてもやきもきしていたに違いない。新たなライバルが現れたから。
「アーデンがそれを逆手に取って、ミリーに近づいて、断罪の事を持ちかけたんだ。妹のアレクサンドラの事を隠してね」
アーデンは父親と同じく次期宰相と言われていたが、あの事件がきっかけでその道が断たれた。
「アーデンは優秀だが、元々素行が悪くて評判が良くなかった。周りの生徒からの相談が多くて、そんな奴に王家の仕事を任せることはできないと、警告していたんだ。それで焦ってアレクサンドラを僕の婚約者にして、権力を取り戻そうとしていたんだ」
ミリーが勘違いしなければ、アリシアは断罪に追い込まれたかもしれない。もちろん、全ての力を以て、そんなことはさせないが。
「僕がアリシアの事を黙っていたと言うのもある。このまま認識せずに、君に危害が行かないようにね」
婚約者をアリシアとは言わずごまかしていた。そしてアレクサンドラに目を向けるように仕向けていた。ミリーは余り深く考えないタイプらしく、上手くごまかせた。
「アーデンとミリーが繋がっていて、アレクサンドラが関係しているのか、糸を引かれていたことはわかっていたので、二人に張り付いて、言い合いや騒動にずっと付き合っていた」
それがアリシアを守る為にできる限界だったのだ。王命で、表立ってアリシアを庇うことができない。後少しで修了式だ。約束の2年が過ぎる。変な噂が立っていたが、そんなことには構ってられない。だが、最後の最後で、アーデンに持って行かれそうになった。
今すぐアリシアのそばに行って守りたい。アリシアは何があっても僕の婚約者だと。ここで断罪されてしまったら、アリシアの落ち度になってしまい、王太子妃にはなれなくなってしまう。そうなったら、僕も王太子を降りようと思う。だが、それではアリシアは後ろ指を指されながら生きていかなければならない。子供の時から王妃教育を頑張って来たのに。僕の婚約者にならなければ、いろいろな義務にしばられずにすんだのに。
『謝罪やお礼なんて、とんでもないですわ。私はクリスハルト様と共にこの国を支えて発展させていきたいのです。クリスハルト様が言っている様に国の為に、私も一緒に頑張りますわ』
いつも笑顔で言ってくれた。その笑顔が大好きだった。
だからアリー、僕の隣で笑っていて欲しい……。
「でも、君の為と言いながらずっと傷つけていたんだね。
僕は駄目駄目だな」
クリスハルトはまた、下を向いて言った。
「いいえ、そんなことありませんわ。クリスハルト様は、私を守っていて下さっていたのですね。そうとわかって、安心しました」
「でも、君にひどいことも言った。僕のことを見ていないと。でも、このノートを読んでみてわかったよ」
「あ、あの、そのノート、返して下さい」
「君はいつも僕の事を見ていたんだね」
このノートには毎日クリスハルトのことが書いてあった。今日もカッコいい。とか、今日は眠そうだわ。睡眠を取れているのかしら。とか、金髪を触りたいとか。プチストーカーの様なことを書いていた。捕まるかもしれない。