21
またもミリーが突っかかって来るのを制して、側近がそれを詳しく見ると、
「これはあの噴水と階段の周りの図のようですね。何々?A、B、Cと書かれた印がありますが、噴水や階段の近くには大きくMと丸印とが書かれてますが‥‥!これは、見張り図ですね、Aがアーデン、Bがボビー、Cがカール、そしてMがミリーということですね。あなた達自作自演したのですか?」
何だと?ミリー、処分しとけと言ったのに!
「な、何のことだかわからないわ」
「何を突拍子もないことを言っているのだ。そんなものただの落書きだ!」
「そういえば、事件の3日前位に講堂の半地下の劇団の倉庫の明かり取りの窓からアーデン様が噴水の近くの木立の周りを歩き回っているのを見ました。倉庫の片付けに忙しかったのでそのまま忘れてしまってましたが」
劇団の金髪王子役が発言をした。下調べをしていたのか。
倉庫の窓は地面すれすれで前に花壇があってアーデンは気がつかなかったらしい。
「アーデン様、これは大事な証拠ですよ。先程の証言と合わせてかなりの証拠になります」
「ミリー、何てことをしてくれたんだ!」
「あたしのせい?それがないとどこを見ていいか忘れた時に困ると思ったんだもん」
「お前がこんな馬鹿だとは思わなかった。上手くいったら身分が低いが嫁に引き受けてやろうと思っていたのに。俺に気がある素振りをしていただろう?」
「は?何であんたの嫁にならなくちゃいけないのよ!
あんたみたいに男ってだけで偉そうにしてて、女は大人しく言うことを聞けって奴は大っ嫌いなのよ」
「何だと?誰に向かって口を利いている!」
アーデンが叫んだ。墓穴を掘ったとはこの事か。
「では、俺のところに嫁に来たらいい。いつも俺の話を聞いて笑っていただろう?」
ボビーが言うとミリーは
「嫌よ。ボビー、自分では笑い話をしているつもりだろうけど、おもしろくないっつーの。つまらない話に付き合わされて飽き飽きしていたわ」
「では、私のところではどうだ?私の頭の良さに感心していただろう?」
カールが言うとミリーは
「はっ!問題外。頭がいいんだか知らないけど、話も勉強ができる自慢ばっかりで、げんなりしちゃうし、あたしのこと馬鹿にしてるの?」
ミリー、人格が壊れたのか?素になってるのか?
アーデンもボビーもカールもショックを受けた顔をしている。
「あたしはクリスハルト様と結婚して未来の王妃さまになるのよ!」
「何を言っているのです。あなたは身分が低く王妃になんかなれないわ。それにそのお馬鹿な頭ではね」
アレクサンドラがもっともらしく言ってのけた。
「何ですって?あなたこそ、いつもクリスハルト様の後を付いてきて、金魚の糞みたいだったじゃない。邪魔だったのよ」
「金魚の糞って… 薔薇姫と呼ばれるわたくしに向かってそんな下品な物言い……許しませんわ。貴方こそ下品な娼婦みたいな真似をしていたくせに」
二人はお互いの髪の毛や服を掴んで言い合いを始めた。側近が慌てて二人を止めた。
「二人共止めなさい!アレクサンドラ・リーネル嬢、あなたも処罰の対象です」
「え?わたくしは関係ありませんわ」
「何を言っているのですか。あなたとアーデンは兄妹でしょう?関係ないとは言わせませんよ」
「アーデン、あたしを騙したのね!アレクサンドラはあなたの妹で、彼女を婚約者にさせるつもりだったのね」
アーデンはミリーに婚約破棄できたら、婚約者候補にしてやると言っていた。候補は他にもいると言っていたが、それがアーデンの妹だとは知らなかった。それもアレクサンドラだったなんて事は。
アーデンはミリーを騙して、アリシアを断罪して婚約破棄にした後、妹のアレクサンドラをクリスハルトの婚約者にしてミリーを自分のものにしようとしていた。それで、ミリーにはアレクサンドラのことは黙っていた。
アーデンはアリシアの事をあの女と呼んでいた。ミリーにとってあの女とはアレクサンドラのことだ。それも勘違いをそのまま進めた原因のひとつだ。
ミリーはそのまま王太子妃になれると思っていたが、その前に王妃教育があるので、勉強の苦手なミリーはそこで折れるだろうと予測していた。その時に自分のものにしようと思った。ミリーは自分に気があるし、それで、満足すると思っていた。それに自作自演で第一王子殿下の婚約者を陥れたのだ。本当の事は言うはずがないと。
今日、講堂に駆けつけたクリスハルトはとても焦っていた。
学院を休んでいる内にとんでもないことになっていた。
何でアリシアが断罪されているんだ。あの取り決めは今日までだというのに。ミリーはアレクサンドラに苛められていると言っていた。上手くアリシアから関心を逸らしていたのに。アレクサンドラも生徒会に入れて仕事を任せる傍ら、監視もしていたのに。アーデンにやられた!あいつは性格が悪くても頭が良く、悪知恵は働くからな。
クリスハルトが叫んだ。
「これで証拠を掴めたぞ!アリシアのおかげだ。さすが我が愛しき婚約者だ。とても優秀だ」
「衛兵!アーデン、ボビー、カール、アレクサンドラ、ミリー全員、引っ捕らえろ!」
「はっ!」
「何をするんだ!俺は宰相の息子だぞ」
「俺の父上は近衛師団長だぞ。団長に楯突くつもりか」
「父上の学院長に言いつけるぞ」
「わたくしは関係ありませんわ」
「違うの。これは違うのよ。クリスハルト様!助けて下さい。どうして?あたしにはいつも優しかったじゃない!」
それぞれ抵抗しながら連れられて行った。
「皆のもの、騒がせて悪かった。これで修了式は終わりとする。良い休みを過ごしてくれ」
クリスハルトがそう告げた。
あの賭けはどれもはずれたな。アリシア枠なんてなかったもんな。情報不足だ。こんな優秀な婚約者がいたことを知らなかったなんて。
皆な口々に言いながら、解散していった。
「アリシア、すまない。私が不甲斐ないせいでこんなことに巻き込んでしまって」
「い、いえ。それよりもノートを返して下さい」
「ああ。これは駄目だ。じっくり読むためにしばらく預かっておく」
クリスハルトがにっこりと笑ってアリシアに言った。
ああ。このまま学院を辞めて領地に引きこもろう。よりによってクリスハルト様にあのノートを読まれるなんて。
「アリシア、すまないが、失礼するよ。衛兵!アリシアを無事に家まで送るように!」
それから、クリスハルトはオリバーの方を向いて
「オリバー君、君にも迷惑を掛けて、すまなかった。それから、アリシアが苦労を掛けていたようだな。いつも手作りの試食をさせていたようだが、それも重ねて謝罪する」
「え?どうしたんですか?殿下」
オリバーは訳がわからず聞いた。クリスハルトはアリシアと喧嘩した日、生徒会室に忘れていった、アリシアの手作りのクッキーを食べたらしい。
「え?アリシアの手作りのクッキーを食べた?駄目ですよ、殿下。アリシアの手作りの食べ物は、食べたらお腹を壊しちゃいますよ。俺なんか、一口食べてアウトですからね。アリシアが作ったものだから、5枚も食べた?よく生きてますね」
「僕もそう思う」
「本当は殿下は外に出られる状態ではありませんでした。でも、アリシア・オブライエン嬢が断罪されていると聞き、城の者の制止を振り切り、急いで駆けつけたのです」
側近はそう言ってクリスハルトとさっさと行ってしまった。
だから、クリスハルト様は学院を休んでいたのか。そんなに体調が悪いのに私の為に来てくれたんだ。
「アリシア、手作りはもう止めた方がいいぞ。断罪どころか、王子に毒を盛ったとして、即、処刑されるぞ」
「わ、わかった」
それから、アリシアは仲間達と手を取り合って無事に解決したことを喜んだ。
「みんなありがとう。証言をしてくれて、味方になってくれて。私の事を信じてくれてとても心強かったわ」
「いいえ、アリシア様。さすがですわ。あのいけすかない三人とアレクサンドラ様とミリー様を全員、退治するなんて」
「え?全部偶然ですわ」
「またまた~。謙遜されて~。みんなわかっておりますわ。
アリシア様がわざとミリーの気を引くような質問をして、油断させて鞄を入れ替えて、ミリー達の悪巧みを防いだのですね。さすが未来の王妃様ですわ」
「おほほほ…」
「それにしても、アリシア様はクリスハルト殿下に愛されてますわね」
「え?そうかしら」
「ふふ。溺愛ですわ。これから大変かもしれないですわね」
そう言いながら皆帰って行った。