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でかしたぞ!ボビー。あいつもオリバーに恨みがあるからな。これで殿下に婚約破棄を言わせることができそうだ。
アーデンはニヤッと笑った。周りの生徒達もざわざわしている。
アリシア様はオリバー様と裏庭で一緒にいたようだけど、二人きりじゃなかったわよね。隠れて会っていたの?
それよりも男の人と話をする方法をミリーに聞くなんてどういうこと?
婚約者の第一王子殿下に相手にされないからって他の男の人に近づく方法を聞くなんて誉められたことじゃないわ。
やっぱり婚約破棄ね。
「クリスハルト様が婚約破棄したら、あたしを婚約者にして下さいね。うふふ」
ミリーはまたもクリスハルトの側に駆け寄ろうとした。
「ミリー・ダウリー嬢、あなたは懲りない人ですね」
「ちょっと、邪魔しないで。さっきからあなた何なのよ」
側近がミリーを止めた。その時そばの椅子の上に積み上げていた証拠品の教科書にぶつかって、教科書がばさばさと落ちた。側近がその落ちた教科書を拾い上げて見ていたが
「破かれていない教科書もありますね。あれ?カバーと中身が違う教科書がありますね。…何々?…クリスハルトとアリシアの恋のノート……何ですか、これは」
と言い出した。その時のアリシアの行動は早かった。
「そのノートはわたくしのです。返して下さい!!」
やっぱり、あのノートが紛れていたんだわ。教科書のカバーをして部屋の棚に隠していたのに何で?とにかく人目に付かずにこっそり奪い返そうと思っていたのに。
彼女は令嬢にあるまじき素早さで側近に近づき、ノートを奪い取ろうとした。だが、一歩遅かった。クリスハルトがノートを奪ったのである。
「な、何ですか。あなた方は!」
側近が驚いて声を挙げているが、構うことなく、クリスハルトはノートをパラパラとめくり、中身を読み出した。
「クリスハルト様、それを私に返して下さい。あ~っ、中身を見たら駄目です!」
側近に制されているアリシアの叫びもむなしく、クリスハルトはどんどんページをめくって、読み進めていった。
オリバーは今日、朝練で練習中に訓練場の棚を倒した事で騎士科の講師に修了式の後に片付けるように言われていた。アリシアの断罪の前に訓練場に来て片付けていたら、エマが慌てて呼びに来た。クリスハルト殿下がアリシアとオリバーの仲を疑って、婚約破棄を言い渡しているらしいと。
オリバーは急いで講堂に駆け付けた。すると大勢の生徒に囲まれた中で、側近に制されているアリシアとその傍らで本の様なものを読んでいるクリスハルトがいた。
「アリシア!! 大丈夫か!」
「大丈夫じゃない… 」
「何があったんだ。また、殿下から謂れのない疑惑で責められたのか?」
「オリバー、クリスハルト様からノートを返してもらって」
「ノート?」
見れば、クリスハルトが一心不乱にノートを読んでいる。
その顔は笑顔だった。とても、怒っているようにも、婚約破棄をしそうにも見えない。
「どうなってるんだ?本当に何があったんだ… 」
周りの皆も首をかしげている。ようやくクリスハルトが
顔を上げて、口を開いた。
「おや、オリバー君、いたのか」
いたのかじゃない。自分が呼びだしたんだろうが。
「アリシア、このノートには君の私への愛が溢れている。最近の記述だけを読んだが、オリバー君とのことも勘違いだったとわかった。一緒にいる理由が書かれている」
「~~!!」
アリシアが言葉にならない声を上げた。
その代わりに、というようにアーデンが声を上げた。
「え?勘違い?婚約破棄は?」
「誰が婚約破棄をすると言った。そんなことを言う奴は全員処刑するぞ。見直すのは婚約期間の事だ。明日にでも婚姻するぞ」
「殿下、急には無理です。確かにこの国では15歳から婚姻できますが、王家の婚姻です。準備にせめて一年、いえ、半年」
「嫌、駄目だ。その間にアリシアが別の男といるなんて
耐えられない。婚姻して、王宮に閉じ込める」
まさかのヤンデレーっ!!
ここでクリスハルトがにっこりして言った。
「しかし、それももういい。婚姻はオブライエン家との契約通り、卒業後にするとしよう。このノートを読んでアリシアの気持ちがよーく、わかった」
「~~!!」
立ち直れない。もう修道院にでも行こう…。
「殿下、証拠品の教科書や制服にも全部アリシア様の名前が記されていました」
側近がクリスハルトに伝えた。
その理由はこうだ。あの3日前にアリシアとミリーがぶつかった時に鞄が入れ替わったのだ。二人共、学期末なので替えの制服も入れていた。それに気付き、ミリーに言いに行こうと思っていたら、何故か噴水の中で水浸しになっていたり、悲鳴が聞こえて来たので見に行ったら階段の下で呻いているミリーを見たり、人も集まって来て言えなかった。それでうろうろして目撃されてしまったのである。
「あ、あの実は3日前にミリー様とぶつかってその時に鞄が、入れ替わったのです」
ミリーは教科書など一度も開いた事がなかったので、鞄が入れ替わったことに気が付いてなかったのだ。そして <悪役令嬢物語> この本だけを回収したのである。
「それでは教科書や制服を破ったのはアリシア・オブライエン嬢ではないですね」
「そ、そうだが、噴水や階段から突き落とした罪は消えていないぞ。こいつを断罪しろ!」
アーデンが焦燥感に駆られたのか、アリシアを指差して叫んだ。
側近はその発言を無視して、アリシアに聞いた。
「アリシア・オブライエン嬢。ミリー・ダウリー嬢の鞄はどこにありますか? 」
「今日渡そうと思って持ってきてます。これがミリー様の鞄です」
と言って差し出した。
「あっ!駄目!それは私の物よ。返して」
ミリーが気が付いたように奪い取ろうとする。
「駄目です。これは一応証拠品として預かります」
ミリーを制して、中身を見た側近は何かに気がついたように、一冊の本を取り出した。
< 悪役令嬢物語 >
アリシアも同じ本を鞄に入れていた。その本の裏表紙に紙が張り付けてあった。
「それは駄目!返して! 」