13
アリシアは今、ひとりで裏庭に来ている。とても落ち込んでいた。
「婚約者の自覚があるのか」
私って婚約者にふさわしくないの?でも、クリスハルト様だって人のことを言えるのか。
そうだ。いつも二人を引き連れてどういうつもりだろう。
クリスハルトを信じ切れない自分がいる。誕生日にもタイを渡せなかった。アリシアは自分で刺繍したタイを見つめながら考えた。
アレクサンドラ様はクリスハルト様の初恋の人かもしれない。今迄は生徒会に入って、ずっと一緒にいた。でも、今はミリー様がいつも一緒にいる。アレクサンドラ様とは全く違うタイプで、クリスハルト様もこういう女の子もいいよね、と惹かれているのかも。ここまで考えて、
クリスハルト様ってひどくない?女の敵ですわ。
本当は授業中だが、アリシアは気が進まずサボっている。王妃教育を受けているので、本当のことを言えば学院に来なくてもいいのだ。休んでしまおうかとも考えたが、両親や学院のいつもの仲間が心配するから、通学しているのである。そこへオリバーがやって来た。
「オリバーどうしたの?今、授業中でしょう」
「サボり、アリシアこそ、何サボってんだよ」
オリバーはアリシアを心配して様子を見に来てくれたのである。
「ありがとう。オリバー…」
弱々しく笑ったアリシアにオリバーは聞いてきた。
「何か悩みごとでもあるのか? 」
「う‥ん」
「どうした?アリシアは平気そうに見えて、すごく悩むから周りも気づきにくいし。心配だよ。」
「ありがとう。オリバー」
「クリスハルト殿下の事も気にしない振りをして、とても
悩んでいるんじゃないか?」
「うん‥わかんない」
「あはは‥何だそりゃ」
「クリスハルト様の事がわからなくなった」
「そう… でも殿下はそんな人じゃないってアリシアも知ってるだろ?」
オリバーは気遣うようにアリシアの頭を優しく撫でた。
「う…ん。でも、何だか不安で胸がモヤモヤするの」
気のおけない幼馴染みの前で気が緩んだのか、アリシアの目に涙が滲んだ。
「大丈夫…俺がいつでも話を聞いてやるよ。だから泣きたいだけ泣いていいから」
その安心する言葉に少しほっとした。
そういえば、子供の頃、両親や兄イーサンに叱られて泣いているアリシアにいつもオリバーが一緒にいてくれたっけ。
アリシアは幼馴染みの前でいつまでも鼻を啜っていた。
「そういえば、クッキーを焼いたの。一口食べてみて」
「いきなりなんだよ。遠慮しとくよ」
そんな即答しなくても…
そこに突然低く冷たい声が響いた。
「アリシア、そこで何をしている」
いつの間にかクリスハルトが側に来ていた。走って来たのか、息も髪も乱れている。
「オリバーから離れろ。アリシア」
「クリスハルト様。私が気分が悪くなったので、休んでいたのです。オリバーは私を心配して来てくれただけです。
クリスハルト様が気にするような事はありません」
アリシアが驚いて言った。
「何もないわけないだろう。今は授業中でこんな人気のない所に二人きりだぞ。それにこのクッキーは何だ?こんなものを渡して、二人はそんな仲なのか?」
「本当に何もありません。アリシアの様子がおかしかったから、見にきただけです」
オリバーが答えた。
「君達はいつも親密だ。今もアリシアに触れていたぞ、なのに何もないだと?」
「それは幼馴染みで、子供の時からの習慣で」
「気心知れてるというわけか?それが怪しいと言っているのだ」
「ええと…」
取り付く島がないというのはこの事か。どう説明したらいいのか。だってオリバーは…
返事をしないアリシアの腕を取り、
「取り敢えず、一緒に来るんだ」
と言って、無理矢理立たせて引っ張って行く。
「痛い! 痛いです。クリスハルト様、自分で歩けます」
そこにオリバーが不敬を承知で止めに入った。
「恐れながら殿下、俺とアリシア嬢は只の幼馴染みです。殿下が心配される関係ではありません。それよりも殿下、最近貴方の他の女性に対する態度がアリシアを傷つけているのをご存知なのですか?」
「オリバー!やめて」
アリシアはオリバーを止めた。
「オリバー、お前には言われたくない」
クリスハルトはそう言って、アリシアを引っ張って行く。こんなに乱暴な彼は初めて見る。
「オリバー、いいから。クリスハルト様とちゃんと話すわ」
そう言い残してアリシアはクリスハルトに連れられて、行ってしまった。