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それから学院は相変わらずだった。クリスハルトとミリーとアレクサンドラも相変わらずだし、噂も相変わらずだった。そんな中、アリシアは気になることがあった。デボラのことだ。デボラはあれから一人でいる。お昼休みも一人の様だ。いつも一緒にいた令嬢達からは距離を置かれている。
「もしかしたら、デボラ様は学院を辞められるつもりだと聞きました」
ミランダが言っていた。
アリシアはびっくりしてデボラの所に行った。デボラは一人で教室に座っていた。
「アリシア様!何かご用ですか?」
「デボラ様、学院を辞められるとは本当ですか? 」
「アリシア様。お聞きになったんですね。そうです。今期で辞めるつもりですわ」
「あの時のことが原因で?それならもう気にしなくてもいいのですよ」
「そうね。それも理由のひとつです。でもアリシア様に心配されることではありませんわ」
「理由って何?何かわたくしにできることがあれば力になりますわ」
「そうやって、信頼を築きあげるんでしたっけ。いつか、言ってましたね。でも、もう決めたんです。放っておいて下さい」
そう言ってデボラは教室を出ていった。
アリシアは黙って見送るしかなかった。
あれから二、三日後、デボラが放課後一人で帰ろうとしていると、金髪の令息に呼び止められた。
「デボラ・ヨーク嬢、学院祭以来ですね。少しお話があるのですが宜しいですか」
あの劇団の王子役の令息だった。
「はい?まだ何かあの時の事でありましたか?もう終わった事と思っていましたが」
「はい。デボラ嬢の演技が素晴らしくて、是非にお話をしたいと団長が申しておりまして」
「演技?端役しかしてませんけど。それに急いでいるので失礼します」
「そう言わずにちょっとでいいので、講堂の控え室まで、来てくれませんか?お願いします」
と、金髪のイケメンにお願いされたら断れない。デボラは面食いなのだ。
そういえばキーラにきちんとお詫びを言ってなかったのが心残りだったし、最後にちゃんと謝っておこうかしら。
それで講堂に付いていったら、団長がにこにこして、
「待ってたよ。これで皆そろったようだな」
部屋に入ると同じ取り巻きだった令嬢達がいた。最近デボラは彼女達から疎遠にされていた。
「何故、あなた達が?どういうことですの?」
「デボラ様?わたくし達も何かわかりませんの。帰ろうとしていたら、そちらの方に声をかけられて、ここに連れてこられたのですわ」
見ると劇団の令息達がにこにこ笑って立っていた。劇団員の令息はけっこう人気がある。そんなイケメンの令息に話があると言われて、皆のこのこついてきたのだ。
「劇団員のスカウトだよ。アリシア嬢から可愛い令嬢がいるからどうかと言われて。皆知り合いか?別室で待っているから皆で劇団の事を前向きに話し合って欲しい」
と団長が言って、出て行ってしまった。ぽかんとしたデボラ達を残して。
そんな出来事から数日経ち、アリシアは一人、次の授業の音楽の教室に向かって移動していた。
「いけない、遅くなっちゃった」
先生の頼まれごとをしていたら、遅くなってしまった。ミランダ達には先に行ってもらっていた。アリシアは教科書とノートを持って急いでいた。
「アリシア!」
すごく冷たい声がした。びっくりして、振り向くとクリスハルトが怒った様な顔をして近づいてくる。
「クリスハルト様?」
「アリシア、君の持っている赤いリボンは何だ?」
「リボン?」
アリシアは学院祭の劇の時に渡された赤いリボンを記念にもらった。そのリボンを教室を移動の時に教科書やノートをまとめるのに結んで使っている。ミランダやメアリーも同じようにしている。
それを見たクリスハルトは更に言った。
「何故、こんなものを持っているんだ。誰かにもらったのか」
低く、冷たい声で聞いて来る。クリスハルトの初めて聞くその声にアリシアは身震いした。
「あ、あのこれは記念に頂きまして、思い出に持っておりますの」
「思い出だと?この赤いリボンが‥!」
クリスハルトは教科書をアリシアから取り上げて、リボンをほどいて奪い去った。
「どういうつもりだアリシア‥!こんなものを持って、僕の婚約者と言う自覚があるのか?」
「え?婚約者の自覚?」
どういう事だろう。まさか無断で劇に出演したことを言っているのだろうか?でも、端役でちょっとだけだし、そんなことで非難されるのだろうか。
「君はこのリボンを渡した奴を想いながら、僕の婚約者でいるつもりか」
「リボンを渡した人って、そんな関係ではありません。ただお世話になっただけです」
アリシアはびっくりした。団長のことを言っているのだろうか。もちろん団長に対してそんな気持ちはないし、そんな知り合いのことをいちいち言われてたらきりがない。
そこにミランダとメアリーがやって来た。
「アリシア様、遅いので迎えに来ましたわ。あ、第一王子殿下!いらっしゃったのですか?お邪魔をして申し訳ございません」
と言って慌ててお辞儀をした。
「これは預かっておく。君自身の振る舞いを良く考えるんだな」
そう言ってクリスハルトは行ってしまった。呆然としたアリシアを残して。