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みんなで講堂の控え室に向かった。着いたら、いきなり、
「やっと帰って来た!キーラ、ヒロインが何やってるんだ!また食べ物につられたな」
大声で怒鳴られた。見れば上級生らしい男の人が怒っていた。
「ごめんなさい。団長、衣装を汚してしまいました」
「うわ。なんだって?着たまま行くからだ」
「申し訳ございません。わたくし達のせいなのです。今なら汚れが取れるかもしれないので、どこかで着替えて来ていただけません?」
アリシアが部屋に入って言った。
「な、なんだお前達は?」
その上級生は、突然見知らぬ生徒達が入って来て驚いたようだ。
キーラが上級生の団長にかいつまんで説明した。
聞けば、その衣装は早着替え用の羽織形式で、下にワンピースを着て上からドレスのような物を羽織り早着替えをするのだそうだ。
キーラが上の羽織のドレスを脱いだ。普通の白いワンピースを着ている。そこにミランダとエマが入って来た。
「お店の人がつけで払ってもらってるって言うから、ハンカチをありったけ買ってきました」
「つけ?オブライエン家のかしら。ありがとう。メアリーどうすればいいの?」
「はい、まず、ハンカチを少し濡らして、挟んで、汚れた所をとんとんと上から叩くのです。ブラシとかあればいいのですが」
「わかったわ。ブラシはないかしら」
掃除用のブラシやたわしを持ってきてもらい、皆でとんとんと染みを取る。その間に話を聞いた。
この劇団は学院で劇が好きな生徒の有志10人位の集まりで、学院祭で劇をするのが最大のイベントだそうだ。そして今回は <悪役令嬢物語> を元にした演目だと言った。そしてこの衣装は、ヒロインが、悪役令嬢に舞踏会でワインをかけられた時用で、染みがないドレスの羽織と同じもので対になっている。
「申し訳ございません。間に合えばいいのですが」
「まあ、間に合わなければ、最悪違う衣装を羽織ればいいさ。それにしてもキーラは何でこの衣装を羽織ったまま
外に行ったんだ?」
「すいません、朝のリハーサルの後、着替えるのが面倒くさくて。この染みの付いた衣装なら少々汚れてもいいかなと羽織ってしまいました」
「そんなことだろうと思った。悪いのはキーラだ。あなた達が気に病む必要はない。その上、協力してもらって恐縮するくらいだ」
誰もデボラのことは言わない。デボラも黙って染み抜きをしている。
「これくらいでいいでしょう。だいぶ目立たなくなりました」
メアリーが衣装を持ち上げて言った。元々染みが付いていたので良く見なければわからない位にはなった。
「良かったですわ」
皆がほっとした。オリバー達騎士科の訓練生は劇の道具を出したり、講堂の整備をしたりしていた。
「みんな手伝ってくれてありがとう。今、劇団員が少なくて困っていたところだ」
団長を始めキーラや劇団員が頭を下げた。それを見ていた
デボラだが、やはり何も言わなかった。
「みんなが手伝ってくれたおかげで思ったより時間が余ってしまった。ところで、どうかな、エキストラとして劇に出てもらえないか?良ければだけど。出演者も足りなくて困っていたんだ」
「え?いいんですか? 」
アリシアは嬉しそうに返事をした。
劇に出演するなんて。そうだ悪役令嬢なんかがいいわ。
「あ、君は断罪シーンの野次馬の令嬢ね。平凡で丁度いい」
「‥‥」
「君達訓練生はそのまま近衛兵として出てくれないか?」
「お、おう」
「あ、オリバー君だよね。剣術大会で優勝した。悪いけど君は出ないでくれたまえ」
「え?」
「君みたいな背の高い美丈夫が出たら、主役を食ってしまう。悪いが、裏方に回ってくれないか? 」
「は、はあ‥」
何だろう、オリバーに負けた気がする……
ということで、アリシア達が端役で出ることが決まった。
端役なので、セリフもほとんどなく、出るタイミングと立ち位置などを聞く。
アリシアはミランダとメアリーと三人で野次馬の令嬢役だ。一応セリフもある。
「婚約破棄ですって」
ぶつぶつ練習していると、赤いリボンを渡された。
「頭に巻いて欲しい。呼ぶ時など赤いリボンの子と呼ぶが無礼を許してくれよ」
ミランダは白、メアリーは青だった。
他の劇団員も紹介してくれた。王子役の人はクリスハルトと同じ金髪が麗しい。悪役令嬢は黒い髪の綺麗な人だった。団長の妹で団長も黒い髪だ。ヒロイン役はキーラで、劇ではピンクブロンドのかつらをかぶるらしい。その他なかなかハンサムな令息が揃っている。みんな卒業後は忙しくなるので、学院にいる間に好きなことをすると言っている。
そして1時間程練習して本番だ。衣装は制服でオッケーだ。
「 <悪役令嬢物語> 開幕致します」
その声と共に劇が開幕した。観客席からはわからない所から舞台の観客を見るとけっこう人が埋まっている。でも、暗くて顔まではわからない。
『今日、転校して参りました。○○ (ヒロイン) です!』
『あたし、学院のことがなにもわからなくて。え?案内してくれるんですか?』
『あなたはこの国の王子様なのですか?そんな‥知らなかったわ』
舞台はどんどん進行している。出番が来るまでアリシア達は裏方だ。
「次この小道具持ってって。赤いリボンの子、ヒロインのかつらが少しずれている。整えて」
「は、はい」
けっこう人使いが荒い。でも何だか楽しい。舞台から、
『あなた、その汚い手をどけなさい』
何だか聞いたことがあるセリフだ。
『あなたみたいな平民だった方が王子様の隣に立てるとでもお思い?』
そしてデボラは悪役令嬢の取り巻きの役だ。団長見る目あるわ。
『婚約者でもないのに男の人に触れては駄目だって言ってますでしょう?』
デボラがセリフを言った。いつかのセリフそのものだ。
「前半終わります。幕が降りました。休憩入りまーす」
出演者達が捌けてきて、舞台袖で、椅子に座る。
「赤いリボンの子、これをヒロインに持っていって」
「は、はい」
飲み物が入ったコップをキーラに渡した。
「ありがとう。ああ、これおいしい。レモンの味がする」
レモン水?
メアリーを見るとエヘヘという感じで
「この学院祭りでクラム家がお店を出しているのです。ミランダの領地でレモンの栽培が盛んなもので、そこから少し分けてもらいました」
へーえ。そうなんだ。みんな逞しくいろんなことをしているのね。
「では、後半、開幕致します」
舞台は舞踏会のシーンだ。
『あ~ら、手が滑ってしまいましたわ。あなたにはワインの染み付きのドレスがお似合いよ』
『ひどいですわ。王子様から頂いたドレスなのに』
ヒロインにワインを掛けるシーンも上手くいった。賓客役の壁の影で染みの付いたドレスを羽織り、ヒロイン役のキーラが出てきた。オレンジジュースの染みはここからは見えない。良かった。
後半にこの劇の最大の見せ場、卒業式での断罪シーンがある。アリシア達は緊張してきた。
「はい、リボンの子達、三人舞台袖に立って、はい舞台に出ていって」
アリシア達が舞台に立った。と言っても端っこだが。観客席を見ると満員になっていた。
『○○( 悪役令嬢 )、貴様を断罪する!』
『まあ、何かしら、婚約者様が王子様に呼びつけられましたわ』
ミランダがセリフを言った。
『王子様の隣に○○ (ヒロイン)が立ってますわ。他にも、宰相の息子、騎士団長の息子、悪役令嬢の弟、悪役令嬢の幼馴染みの公爵様もおりますわね』
メアリーも続けてセリフを言う。
舞台が進行してアリシアのセリフの番が来た。
『婚約破棄ですって』
言えた!言えたわ!
セリフが終わり、ほっとした。そして悪役令嬢役の子が、
近衛兵に連れて行かれるシーンだ。エマ達訓練生が悪役令嬢を立たせて連れて行く。もうすぐ、舞台が終わる。アリシア達は舞台から捌けた。
そして、舞台が終わった。
「カーテンコールするから出てきて」
「私たちもいいんですか?」
「当たり前だ。君達のおかげで助かったよ。いい劇ができた」
監督の団長が言った。
この人こうして見ると、ちょっとかっこいいわ。でも、クリスハルト様の方がもっとかっこいいけど。
などと思いながら舞台の端っこに立ち、カーテンコールをした。
みんなでひとつの劇を作り上げるって素敵ね!
アリシアは端役にも関わらず、感動に浸っていた。
観客席は明るくなっていた。その時、クリスハルトが後ろの席に座っているのを見つけた。ミリーも一緒だ。ミリーは居眠りしているようだ。アレクサンドラは他の生徒会メンバーと後ろに座っていた。クリスハルトは何だか機嫌が悪そうな顔をしていた。
何だろう。ミリーのいびきがうるさいのかな。
カーテンコールが終わり、アリシア達は舞台から去った。