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シロツメクサの森

作者: 矢宵羽鷺

 ユユシの森はずっと昔からあった。

 向こう側が見透せない深い森にあるのは、幾重にも続く緑のとばり。

 そして、その中心に、森の始まりとなる楡の古木があった。

 楡に守られた地に『小さきもの』が集まる学舎があった。

 それは不思議なものたち、昼と夜のはざまに存在る曖昧なものたち。


「それでは、宿題を忘れないように! 」

 はーい! と、みんなが声をそろえて返事をすると、ジャーノが先生に『ゆびきり』をせがんだ。

「約束のゆびきり、宿題を忘れぬように、げんまんしましょう、ゆびきった!」

 それを見た他の子も、われもわれもと先生を囲んだ。

 あっ、という間に先生の小指には、たくさんの小さな小指がからまり、いっせいのせで「ゆびきった」と約束をした。

 ゆびきりを交わして満足気な子たちは、うれしそうに散って行った。

 その姿を見送った先生も「これで宿題を忘れる子はいないだろう」と、上機嫌だった。

 誰もいなくなった教室には、ノシがぽつんと佇んでいた。

「おや、ノシ。あなたは? 」

 先生はノシにも『ゆびきり』しようと、笑顔で小指を差し出した。

 みんなの嬉しそうな『ゆびきり』を思い出し、ノシも小指をからめようとして、チクンと胸が痛んだ。

「センセ、さよなら」

 ノシは両手をギュッとにぎって、転げるように教室の外に飛び出した。

「ノシ、気をつけて帰るんですよー!」

 先生は走り去るノシを見送ると、ひとつ溜息を吐いて教室の扉を閉めた。


 ノシは学舎の裏にある丘に向かった。

 泣きたくなると、いつも一人で来た。ここから楡の梢がよく見えた。

 サワサワと風に揺れると、梢や幹が鳴る音が聞こえた。ノシにはそれが、自分を励ましてるように聞こえた。

 今日だって、本当は皆と一緒に『ゆびきり』をしたかった。ピンと小指を差し出して、ゆびきった、と言いたかった。だけれど、出来なかった。

 ノシはそっと自分の両手を広げた。

 白くぷっくりと柔らかな手のひら、親指、人差し指、中指、薬指…… そして小指。

 幼い五本の指には、不似合いな黒い針のような爪があった。

「こんな爪、いらないのに…… 」

 なぜならノシの爪は、指よりも長く尖っていた。そして棘のように鋭くチクリと刺さる。しかも一番小さな小指の爪には、怖ろしい毒があったから。

 『ゆびきり』の大切な指に、毒の棘がついているなんて。


 ユユシの森では「約束」と、それを交わす『ゆびきり』はとても大切な儀式だ。

「命に代えて」と同じ重さで交わされる誓約だった。

 だから小さきものは、自分が何であるかを理解するより前に『ゆびきり』の大切さを学ぶのだ。

「ゆびきり出来ないヤツなんて、信じちゃいけないよ」

 ジャーノは、よくそんな言い方をして、ノシを仲間はずれにした。

 今日だって「宿題を忘れないこと」は、「命に代えて」との誓約に値する約束では無いのに、ワザと「ゆびきり」を言い出したのだ。

 そう、ノシを仲間はずれにするために。

 そしてジャーノだけでなく、他のみんなもノシの爪に毒があることを知っていた。だから怖がって、誰もノシに近づかなかったし、友達なんていなかった。

 ノシは両の手のひらを広げて空にかざしてみた。

 ギュッとにぎっては開いて、またギュッとして…… 。なんど試しても、やっぱりノシの爪は細く尖って、白い指先に黒い棘みたいにくっついている。

 オジジは「神様がノシにくれた大切な印なのだから、いとわないで受け入れてごらん」と言った。

 自分をひとりぼっちにする毒爪が、カミサマからの大切な贈り物だなんて信じられない。カミサマは、なんてヒドイことをするんだろう、なんて意地悪なんだろう。この爪さえ無かったら、友達も出来たかもしれないのに。

 それともカミサマは、こんな自分にも友達ができるって『ゆびきり』してくれるのかな?

 昼が暮れて夜が明けるたびに、ノシはこの小さな望みをカミサマにお願いした。

 だけれど、いくつかの季節が移り変わっても、ノシの小さな望みは、叶うことがなかった。

 そして、その日は、青空がいっそう蒼く感じる秋晴れだった。

「起立っ! レイっ!」

 ジャーノが号令をかけると、みんなはそろってあいさつをする。

「みなさん、おはようございます。今日は新しい仲間を紹介します」

 ユユシの森に新しい仲間が増えるのは、早春の頃と決まっている。草木が芽吹くように、小さきものたちもわらわらと湧くのだ。

 池のほとり、洞の奥、苔生した朽ち木…… どこにでも、わらわらと湧く。空に浮くもの、水に馴染むもの、土の中に住むもの、それぞれに。

 そして不思議と、同じ性質を持ったものは集まり里ができ、巣立ちの季節まで、それぞれの学舎で学ぶことになる。

 そして己が何者なのか、何を成すべきかを知るのだ。

 だから巣立ち前に、里変わりをするなんて稀なことだ。

 こんな季節はずれアヤシイぞ。いったいどんな異形か、恐ろしい形相か、乱暴者かもしれない…… と、みんな疑心暗鬼でヒソヒソと始めた。

 先生はそんな事は気にもしないで、扉に向かって、オイデと手招きをした。

 すると金色の毛並みのコが入って来た。

 にっこり笑う顔には、小さな犬歯がのぞいて、瞳は琥珀色だ。まるで「秋」をまとったようだ。歩くリズムに合わせて揺れる尻尾は、ツヤツヤと光ってとてもキレイだ。

 さっきまでヒソヒソと話していた声も、感嘆のため息に取って変わった。

「はじめまして、ミルチャです」

 ノシはその子の尻尾が、落ち着き無く左右に揺れているのに気づいた。よく見ると、キヲツケをした指先も、かすかにふるえている。こんな時季はずれの里替えは、やっぱり不安なのかなと思った。

「さあ、空いてる席に座りなさい」

 ミルチャは部屋の中を見回し、空いている席を探した。

 みんなは興味津々で「どこに座るの」と期待を込めた瞳で見つめ、心の中では「隣においでよ」と囁いてるようだった。

 ノシも、爪の秘密を知らないこの子となら友達になれるかもしれないと、淡い期待に胸を膨らませていた。

 すると教室を見回していたミルチャが、ノシに笑顔を向けた。笑顔を向けられるなんて、とても久しぶりで真っ赤になってしまった。

 ミルチャは、まっすぐノシの隣の席に座ると「よろしくね」と言った。

「キミの席はいいね。窓際だから景色も良いし、周りも広くて静かだ。ミルチャとよんでおくれ」

「えっと、ボクはノシ、ノシって言うんだ」

「うん、ノシ。いろいろ教えてね」

 ノシの席は窓際の一番後ろだった。毒爪を恐れ、みんなはノシの側には座りたがらなかったからだ。その結果、隣り合う席には誰も座っていなかった。だからぽっかりと取り残されたような席だった。

 でも、今日からは、隣にミルチャがいる !!

 ノシは、これはきっとカミサマが、お願いを叶えてくれたんだ…… と思った。

 …… だけれど、気をつけなくちゃ。

 そう自分に言い聞かせると、ノシは注意深く両の手のひらをギュッとにぎり、棘の爪を上手にかくした。


 足取り軽くウチに帰ると、オジジが言った。

「ノシよ、何か良いことでもあったかの? 」

 ノシは、里移りして来たミルチャが隣の席になったよ、と話した。

「…… トモダチに、なれる、かも」そう言うと、オジジは眉を寄せて厳しい顔をした。

 そして、ギュッと丸めたノシの手、両手を優しく包んだ。

「いいかいノシよ。この秘密を隠したままでは、本当の友達にはなれんよ」

「そんなこと無いよっ! ミルチャはボクの名前を呼んでくれた! オジジはミルチャが、どんなに優しく笑うか知らないくせに! 」

 オジジは黙って、ぽんぽんとノシの両手を叩いた。

「だめだ、だめだ……、毒のツメのことは、絶対に内緒なんだ! 」

 泣きながら叫んで、ノシは自分の寝床に丸くなって泣きながら眠ってしまった。


 それからも、ノシは注意深く爪をかくし続けた。

 感情が高ぶったり、ビックリすると爪が飛び出してしまうから、いつも深呼吸をして心を静めて上手にかくした。

 ミルチャは誰にも優しかったが、ノシには特別だった。

「おい、ミルチャ。コケモモ摘みに行こうぜ」

 ジャーノが仲間を連れて誘いに来た。

「ごめんね、ジャーノ。また今度ね」

 まさか断られるとは思わなかったジャーノが、ダンと足を踏み鳴らして威嚇した。

「ちっ、今度なんてねぇよ! せいぜい疵ありと群れてればいいさ」

 憎々しげにノシを睨めつけたジャーノは、仲間を連れて学舎を出て言ってしまった。 

「ミ、ミルチャ、は、早く行ったほうがいい、よ」

 ノシは慌てて促すと、ミルチャは肩をすくめて言った。

「だってさ、友達って、たくさんいればイイってものじゃないでしょ」

 自分は器用じゃないから、みんなの思い通りの友達にはなれないよ…… と、ミルチャは言った。

 ノシは不思議だな…… と、思った。

 自分は友達が欲しくて欲しくて、誰でもよくて、たくさんの仲間と一緒に楽しくいたいと思っていたけれど、それとミルチャの「友達」は、まるで違っていた。今まで自分が欲しがっていたのは、なんだったんだろうと不安になった。

 それでもノシはミルチャが大好きだし、毎日が見違えるように明るくなった。


 授業が終わると、ノシとミルチャは学舎の裏にある丘に登った。

 そこは森を見下ろせる眺めの良い場所で、二人のお気に入りの場所だ。

「おもしろいよね、ボクが前にいたトコには、ゆびきりなんて無かったよ」

「…… え、じゃあ、約束するにはどうしたんだい? 」

「そうだね、約束を破るよりウソをつく方が、罪が重かったんだよ。だって、どんなに些細なウソでも、命を落とすこともあるから…… 」

「そんな怖いこと、ホントにあるの? 」

「…… うん、あったよ。ホントにあったんだよ」

そういうと、ミルチャは辛そうに膝を抱えた。

「ヘンなこと言って、ごめんね」

「ううん、ノシならいいんだ。聞いてくれるかい? 」

 ゆびきりを交わさないミルチャの郷は、どんな理由があろうともウソをついたら罰せられたと言う。誰かがどこかでウソをつくと、それを知らせるように郷のシロツメクサの花が黒く染まるんだよと。

 ある冬、郷に黒風が吹き悪病が流行った。子供が次々と病にかかり、儚く逝ってしまった。その病に罹ると、高い熱と痛みが続き、看病するモノの心をも挫いた。

 そして、あまりの苦しみように、ある親が小さなウソをついた。

 『安心おし、必ず元気になるよ』それは小さな命を励まそうと、早く病が去るようにと、親が子に囁いた、とても優しいウソだった。それは嘘というより、祈りに近いものだ。

 だけれど病は重く、とうとう逝ってしまった。

 すると、その翌日、郷に咲いていたシロツメクサが、真っ黒に染まった。

 黒いシロツメクサは、まっすぐに子供を亡くした親を指し示した。そして少しづつ、指先から黒い沁みが広がり始めたのだ。

 その親は残された子にまで、咎がおよばないように決別を選んだんだ。

「だから、僕がここにいるんだ」

 ノシはミルチャの泣きそうな笑顔をみると、胸がキュッとなった。

 思わず「泣かないで」と言って、ミルチャの体を抱きしめた。するとミルチャの瞳からは滝のように涙がこぼれ落ちた。その涙はノシの頬も濡らし、最後にはノシの涙と一緒になってぽろぽろと地面に落ちた。

「ノシは逝ってしまった弟に似てるんだ」

泣きはらした瞳のミルチャは、おでこを合わせて優しくノシの頬を撫でながら言った。

「どこにもいかないで…… 」

「うん、約束する」

 ノシはミルチャの悲しい過去を聞いて、辛かったのは自分だけじゃなかったと思った。

 友達が出来ないことより、悲しいことなんていっぱいあるんだとわかった。

 その時に、二人の心には絆が結ばれた。


 それからノシは、ミルチャの話してくれたシロツメクサを、度々思い出した。

「ツメクサなんて言うから爪の形をしてるのかな? 」なんて、知らない花のことを不思議に思っていた。しかもその花が黒く染まるなんて……

 まるで自分の毒の爪と同じ色じゃないか…と、恐ろしくなった。

 そして二人で丘の上にいる時に、とうとうミルチャに聞いてしまった。

「あはは、全然そんなじゃないよ、ノシ。こんな風に葉が四つに別れてて…… 」

 地面に描いてくれたミルチャのシロツメクサは、四つ葉とネギ坊主みたいな奇妙な形の花をしていた。

「全然ツメに似てないね」

「ノシ、どうしてツメばかり気になるの? 」

 ミルチャに言われてノシはギクリとした。心の動揺に爪が飛び出そうになった。ノシは深呼吸をして、さらに手のひらをかたく結んだ。爪が見えないように…… 。

 だって、やっと出来た友達をなくしたくないから…

「どうしたの、ノシ? 」

「ううん、なんでもないよ。ちょっと気になっただけ」

 ザザザーーッ!  と、草をかき分ける音がした。

「ふん、そりゃあツメは気にするさ。なあ、ノシ! 」

 そう言って現れたのは、ジャーノとその仲間たちだった。

「いいかい、ミルチャ。そいつはポイズンクローだ。尖った真っ黒い爪を十本も持っているんだ! だからゆびきりを交わせない半端者さ! 」

「ポイズンクローって? 」

 ミルチャはそう言ってノシに問いかけた。まっすぐな視線は責めるわけでもなく、ただ知らなかったという驚きの瞳だった。

 ノシはミルチャの瞳を見ることが出来なかった。

 心の中は毒の爪のことを知られてしまったと、青ざめてガタガタとふるえた。

 ああ、またひとりぽっちになっちゃう……

 ウソをついていたわけでは無いけれど、ホントのことも言わなかった。でもそれはウソをつくより、ヒドイことだったかもしれない。

 いつかオジジが言ってたコトをノシは思い出した。そして、その本当の意味が分かった気がした。

 ミルチャはノシの震える肩に、手をポンと置いて立ち上がった。顔を上げると大丈夫だよっ、といつもの笑顔だった。

「ジャーノくん、ボクらのことはそっとしといてくれないか? 」

「なんだと、お前を心配して言ってやったのに! 」

「心配してくれるのは、ありがとう。だけどね、ボクにとって、ゆびきりは大切ではないんだ。もっと他に守るべきものがあるからね。」

「ゆびきりが大切じゃないなんて! オマエもノシと同じ半端モンだ! 」

「いつもそうやって、ノシを仲間はずれにしたんだな」

「ゆびきり出来ないヤツは、仲間じゃない! 」

「出来るさ、ノシはゆびきり出来るよ」

 みんながミルチャの言葉に騒然となった。

 ノシの心臓は早鐘のようにガンガンと鼓動を打って、固く結んでいたはずの手のひらはほどけて、白い指先に真っ黒な尖った爪が現れていた。

 その黒い爪に気づいたみんなは、恐怖にかられ逃げまどった。

 ミルチャはノシの腕を掴んだ。

 手のひらを合わせるように開かせると、小指を立ててゆびきりの形にした。

「ミルチャ、やめてっ! 毒爪がキミを傷つけちゃうよ! 」

「いいかい、ノシ。ボクとゆびきりしよう。そしてみんなに、証明してやろう」

「…… い、いやだ。ホントに毒があるんだ。ミルチャを殺しちゃうよ! 」

 ノシは背中を丸めて両手を隠した。だけれどミルチャは諦める様子も無く、またノシの腕を掴んだ。

 いやだ、やめて、こわい…… ノシの心は不安が溢れて、それが津波となって襲いかかった。ノシはそれから逃げるように、闇雲に腕を振り回した。

「二人とも、やめろ…… !」

 ジャーノが止めようとした時、ミルチャの細い悲鳴が聞こえた。

「あ、ああ、あぁ、み、ミルチャ…… 」

 ノシの腕の中には力なく、ぐったりしたミルチャがいた。血の気の引いた顔と、対照的に真っ赤に染まった手のひらには、ノシの黒い爪が折れて刺さっていた。

 呆然としているノシを押しのけて、ジャーノはミルチャを寝かせた。

「オイ、先生を呼んでこい! 」

 ジャーノの声で、一番足の速い子が学舎に向かって飛んで行った。

「…… ノシ、やっぱりお前はキケンだ。毒持ちは仲間なんか欲しがるな! 」

 みんなミルチャを守るように取り囲んで、ノシには姿が見えなくなった。先生もすぐにやって来て、ミルチャを抱えて学舎に戻ってしまった。


 丘の上で一人取り残されたノシは、重い足を引きずってあても無く森をさまよった。

 いつの間にか住処に戻って来たが、そこにも誰もいなかった。

 そう、最初からノシはひとりぼっちだった。

 誰もいない、どこにもいない…… そうか、ボクは仲間を欲しがっちゃいけなかったんだ。最初から間違えちゃったんだ……

 カミサマ、ごめんなさい。

 ごめんね、ジャーノ。

 ごめんね、ごめんね、大好きなミルチャ。


「気がつきましたか? 」

 顔色もすっかり良くなったミルチャが目を覚ました。

 意識がハッキリすると、先生とジャーノが心配そうに見つめていた。

「傷は傷みますか? 」

 ミルチャは右手に包帯が巻かれていることに気づいた。

「キミは、ノシの爪に刺されたんですよ」

「お前はついてたんだぜ。ノシの毒にやられたのによ」

 ジャーノがそう言うと、先生がコホンと咳払いをして言った。

「おやおや何を勘違いしているのですか? ノシの小指の毒は、あなたたちを害するものではありませんよ」

「えっ、先生。なんて? 」

 今度はジャーノが蒼白になった。

「確かにノシの爪は棘のようでキケンです。しかしそれだけです。あとは他の子と何も変わらない小さきものですよ」


 それからノシの姿を見たものはいない。

 ミルチャは先生が止めるのも聞かず、ノシを探し続けた。

 だけれど、ユユシの森のどこにも、ノシの住処も、ノシの姿も見つけることができなかった。森の全てに、阻まれているみたいに。

 小さきものたちは、だんだんとノシの事を忘れていったが、ミルチャは憶えている。

 確かに約束したんだ、一緒にいるって……

 学舎の窓から外を眺めていると、丘の上が白く染まっているように見えた。雪はとっくに融けたはずなのに、と不思議に思った。

 ミルチャはノシがいなくなってから、丘には一度も登っていない。

 丘には思い出が多すぎて辛かったから……

 だけど、丘の上の白いものが、何か知りたくて登った。冷たい風をまとって、一気にてっぺんまで駆け上がると、ミルチャは息を飲んだ。

 丘の上は地面が見えなくなるほどの、シロツメクサで覆われていた。そしてたくさんの真っ白な花が、誇らしげに空に向かっていた。

 まるでノシが、約束を守ったよ……、と笑っているようだった。

「うん、ずっと一緒だね」

 あふれてくる涙は、あたたかな命の水となって、シロツメクサにこぼれ落ちた。

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