妄想させて!~彼に壁ドンして欲しい♡ 『テスとクリスタ』番外編
このお話は『テスとクリスタ 第一話あたしの秘密とアナタの事情』の番外編ですが、本編を未読でも(たぶん)お楽しみいただけるようになっています。
登場人物紹介
✩テス…………カヌレ大学に通う奨学生。18歳。ごくごく普通の女の子だが『准A級認定証』を持つ超常能力者。恋人だったリックとは最近別れたばかり。
✩クリスタ…………テスの幼馴染みで大親友。カヌレ大学生。18歳。テスとルームシェア中。長身のスタイルを活かし子供の頃からモデルの仕事もしているが、近年人気デザイナーに見出され人気に火がついた。テスが能力者であることは知っている。
✩メリル……カヌレ大学生。テスとクリスタの友人。18歳。ペタンクール財団の会長の孫娘。お金持ちのお嬢様。テスが能力者であることを知らない。
✩マオ……テスが気になっている男の子。17歳。女の子と見間違うほどの美少年。先日テスが事件に巻き込まれたとき助けてくれた。
人類が木星辺りまで生活圏を広げた遠未来。新興住宅地と化したアステロイドベルトの人口改造惑星レチェルを舞台に、テスの超常能力が巻き起こす騒動を描くSFラブコメディ。ですが、こちらはホームコメディ感覚でお楽しみください。
その日はクリスタと一緒にメリルの部屋にお邪魔していたの。
彼女の部屋は、あたしとクリスタがルームシェアするアパートメントの15階にある。高層集合住宅の最上階。俗に言うペントハウスってところ。
さすがお嬢様、でしょ。
メリルの感覚で言うと「それほど豪華な間取りでもなく学生らしく質素なお部屋」だそうだけど、貧乏酪農家の娘の感性からすると「とっても贅沢なお部屋」です。
だって下層階だと、この床面積を4等分して賃貸しているのよ。それでも十分贅沢な間取りだと思っているのに、彼女に言わせればワンフロア独占していても手狭なんだそう。
ルーフテラスが付属しているのも、この建物内でもここだけ。内装も設備も、あたしたちのお部屋より格段にグレードは上等。
お家賃も、あたしたちが借りているお部屋とは桁が違う、とか。
そこもハイグレードなのね。
惑星レチェルのロクム・シティは景観保護条例が厳しくて、15階以上の建物の建造は禁止されている。
シティの中心部に近い地区だと、7階建ての素敵なバルコニーが特徴の白亜のオスマニアンスタイルの建築が主流だけど、下町のニュータウンと呼ばれるボストック通り周辺の住宅地には高層集合住宅が何棟か背比べをしているの。
その中でも建物の外観が一番モダンなデザインで、ルーフテラスからの眺めが気に入ったから、彼女はここを大学生活の拠点に決めたんですって。
ただメリルの希望は、吹き抜けのメゾネットタイプがよかった――んだとか。
それは、ともかく。
同じアパートメントから同じ大学に通うあたしたちは、共用玄関でたまたま知り合って、何度か顔を合わせる内にすっかり親しくなった。
積極的で情報通で好奇心旺盛なメリルは、お嬢様だけどツンツンしていなくって、人見知りの激しいあたしにも優しくあれこれと声を掛けてくれて。良すぎるくらい、面倒見が良くって。
――で。あたしはすっかり彼女に懐いてしまった。
クリスタのことも、高名なモデルだからってヘンな色眼鏡を掛けてみることも無い。友人だからって、自慢して吹聴することもしない。
自然体で、気持ち良く付き合ってくれるメリルだから、親友も心許して悩みや相談事を持ちかけることもある。
メリル・ペタンクールは上品なファッションや磨かれたセンスが光る、でもちょっとユニークな一面も持ち合わせたお嬢様なの。
でも。
ただひとつ。あたしたちはメリルに隠し事をしている。
これはどうあっても、秘密にしておかなければならないことだから。
それは、あたしが『能力者』だってこと。
まあ、今回は隠し事はあっちに置いといて――!
♡ ♡ ♡ ♡
今日もメリルに誘われて、彼女の広いリビングルームの大きなスクリーンモニタで、お菓子を摘まみながらのドラマ観賞会と云うことになったの。
スクリーン前にコの字型に設置された、座り心地満点のソファーセット。ひとり一脚を占領して、悠々と好きな格好で好きなだけお菓子を摘まみながらドラマを満喫。
しかも今日のドラマのお供は、クリスタのバクラヴァ土産の芋けんぴ。
サツマイモを短冊状に切り、フライにして砂糖を絡めた和菓子。最近バクラヴァのデパートに出店した有名和菓子店の品で、SNSでも結構話題になっていた。
しかもこの芋けんぴ、人気デザイナーロマン・ナダルがクリスタにプレゼントしてくれたものなのよ。甘さがお上品なのは、そのせいかしら。
お嬢様は大層お気に召したみたいで、お取り寄せするって、速攻で通販サイトのスイーツ部門で同じ商品を探し出し購入ボタンを押していたわ。
砂糖でコーティングしてあるとはいえ、しつこい甘さがないからなのか口の中に重さが残らない。スティック状っていうのは食べやすくっていいわ。ポリポリという食感もクセになる。もちろん個人の感想だけど。
なんにしても、手が止まらない美味しさ。
ああん、極楽~!
そんな芋けんぴを手に鑑賞するのは、最近話題になっている恋愛ドラマ。大学でも、ランチルームではこのドラマの話題で持ちきりなの。
人気イケメン俳優と、売り出し中の若手女優の王道ラブストーリー。
コメディ仕立てなんだけど、次々とトラブルが発生して、ふたりの距離が近づいたり遠のいたり。
すれ違いに、事故に、周囲の反対、ライバル出現。よくある展開でツッコミどころも多いけど、ついつい夢中になっちゃうのよね。
楽しい女子会よ。芋けんぴを次々と口に運びながら、あたしたちはドラマにセリフに一喜一憂していた。
で、観終わったあとはドラマを肴にお喋りが始まるの。
今日のストーリーは出張先で偶然ふたりは再会(なぜか有名観光地!)するも、そこで殺人事件に巻き込まれて、地元警察から容疑者扱いを受けてしまう……という突飛な展開だった。
先週のラストシーンでヒロインの恋の邪魔をしてやると息巻いていたライバルはどこへ消えちゃったの? 今週はドロドロ展開だと予想していたのに。
この斜め上行く意外なストーリー進行がこのドラマの魅力でもあるんだけどさぁ……。
頭を捻るあたしの横で、ストーリー展開に納得できなかった人物がもうひとりいた。
「なんであそこで壁ドンするんだよ? 死体の横でするか、あんなこと!?」
ここは先に死体の確認と犯人の推理だろう、と名探偵はいたくご不満だった。
このクリスタの疑問から、方向性を持たないお喋りはあちらこちらに飛躍していく。だって、誰も真っ当な結論なんて期待していないから。話がどこへ飛んでいこうが、楽しければいいんだもん。
そんな中、
「ところで、おふたりはご経験がありまして? 壁ドン」
メリルがキッチンから運んできたお手製のシフォンケーキを切り分けながら、あたしたちに質問を振ってきた。
本日彼女のお部屋で女子会が開催された理由のひとつは、ここにもあるの。
最近ケーキ作りに凝り出したメリル。なんでも昨晩ケーキ作りを始めたら、いろいろと試したくなって、気付いたらレモンに抹茶にチョコレートと3種類の味のシフォンケーキを焼いていたんですって。
当然ひとりで食べきれる量じゃ無いから、品評も兼ねてご馳走になることに。すでに芋けんぴでお腹が満杯になりつつあるんだけど、なぜか甘いものはペロリと入っちゃうのよね。
恐るべし、別腹。体重計が怖いなぁ。
まあ、あたしはともかく。
学生生活のかたわらモデル業も熟すクリスタは、後日ジムで体重とスタイルの管理に大汗かかなきゃならないことになるんじゃないのかしら? 一緒になって食べまくっているけど、大丈夫かなぁ。
「だからって、ここであたしひとり、美味しいケーキを指をくわえて見ているだけなんてヤだからね。ストレス溜めるくらいだったら、その分量動いて調整す方を取るさ」
さすが男前女子、言うことがカッコいい! 惚れ惚れしちゃう!
まず切り分けられたのはレモンシフォンケーキ。
文字通りふんわりと空気を含んだシフォン生地は、口の中に入れた途端にほわっと舌触りもなめらかに消えていく。そのあとホワっと鼻に通るレモンの香り。
たっぷりの生クリームとベリーが添えられたレモンシフォンケーキは、メリルお得意の一品でもあり、あたしとクリスタの大好物でもあるの。
ん~、今日も美味しいわ。メリル! と感想が出たところで、話題は『壁ドン』に戻る。
「あたしゃ、無理だね。この身長がちょいとネックになっちまう。
ほら。やったとしても大抵の場合、相手の目線の方が下で、仕掛けたあたしを見上げる事になるだろ。『壁ドン』ってのは、相手を威圧するくらいじゃないと効果が無いってのに、それじゃサマにならんとオトコ共は思うンだろうなぁ」
つまらなそうに唇を突き出すクリスタ。彼女は191センチの高身長だから、おおかたの男性より背が高いことになっちゃう。
クリスタ自身は、パートナーの身長は高かろうが低かろうが気にする性格じゃ無いんだけど。ランウェイを歩くモデルとしては有利な一面も、実生活ではそうもいかない面も多いようなの。
「オトコってのは見栄っ張りなところがあるからな。ここ一番見栄を張りたいって時にそれが決まらないンじゃ、面白くないだろ」
「でも、ソファーとかに座れば……」
「それじゃ、壁ドンにならないだろうが!」
抹茶のシフォンケーキを切り分け始めていたメリルが、そこポソッとスバラシイことを言った。
「そうですわね。むしろクリスタがお相手の方に仕掛けた方が、カッコいいかもしれませんわね」
「逆壁ドン!!」
あたしが声を張り上げる。
「コラ、おまえさんたち。あたしになにをさせたいんだい!!」
「カッコいい壁ドン!!」
メリルとばっちり意見が合った。あたしたちは顔を見合わせ、にっこりと笑う。
だって、絶対カッコいいと思うんですもの。クリスタの壁ドン。
大きな深緑色の瞳でキッと相手を睨みつけ、「ウダウダ細かいこと言ってんじゃないよ! ここでバシッと決めとくれ!」なーんて迫ったら相手のオトコは惚れ直すわよ。
なんて思っていたら。
クリスタは不満そうに口を尖らせ、頭をかいていた。
まさか、すでにそういった経験があるとか?
あの表情。……あるかもしれない。
怖いから、これ以上は聞けないけど。
「そういうメリルはどうなんだい?」
「わたしは残念ながら、まだ壁ドンなるモノは経験がありませんの」
目の前に抹茶のシフォンケーキが置かれた。抹茶のいい香りがふんわりと香る。和テイストの大人な一品ね。こちらには生クリームと粒あんが添えられていた。
はぅん、これも絶品!
「お嬢様だから?」
「そうとは限りませんでしょう」
メリルのヘイゼルの瞳が苦笑する。
それは、そうよね。でも今まで単に機会が無かっただけで、これから素敵な彼氏にしてもらえるチャンスが無いとはいえないわ!
「もちろんですわ!」
あたしとメリルはシフォンケーキを頬張りながら、期待に胸を膨らませる。
「……で、テスはどうなんですの?」
き……来た! クリスタとメリルの好奇心満々な、肉食獣が獲物を見つけて舌舐めずりしているような視線がぁぁ。
シフォンケーキが喉に詰まったよぅ。
「まがりなりにもリック・オレインと3年もステディとして付き合っていたんだ。手の早いヤツのことだから、壁ドンのひとつやふたつやらかしてンだろう?」
「まぁぁぁ。後学のために、どんな状況でそうなるのか教えていただかなくては!」
ちがーう。ふたりは単に好奇心を満たしたいだけなんでしょう?
「ちょっと想像してみてよ。あたしとリックだと身重差が40センチもあるのよ。例えリックが壁ドンしたって、そのドンした腕の下にあたしの頭があるような状態になって、壁ドンの意味がズレてくるでしょう!」
ふたりはパチクリと目をしばたたいた。
「う~ん。壁際に女性を追い詰めて手を壁にドンと突き迫るのが、この行為の真髄だからなぁ。ドンと突き迫る手が頭上じゃあ、今ひとつ壁ドンされたって気分にはならんか」
そうよ。突き立てられた手は顔の横あたりが理想でしょ?
「そうですわね。リック・オレインは体格がよろしいですもの。前に立ち塞がられたらそれだけで迫力がありますから、わざわざドンをしなくても良いのかもしれませんわね」
そうなのよ――って。ああん、ふたりしてなにを納得しているのよ。あたしはシフォンケーキにデザートフォークを突き立てた。
ちなみに、リックはカヌレ総合大学のバスケットボール部のスター選手。身長は195センチ。
クラッチシューターとしてレギュラーを務めているくらいだから、そりゃあ体格はがっしりとしていて、立ち塞がられたら彼自身が壁になるわよ。
でも、あたし。リックとは、恋人の関係は解消したのよ。
「なんだよなぁ」
彼のことは「お兄ちゃん」みたいな、お友達くらいの感情しか持ち合わせてないから。
「そうでしたわね。こういう行為は特別な好意を持っている男性からされなくては萌えませんものね」
友人たちは少しガッカリしながら、抹茶味のシフォンケーキを口に運ぶことを再開した。
そうね。
もし壁ドンしてもらえるなら……。
もし、可能ならば……。
シフォン生地の口溶けを味わいながら。鼻に通る抹茶独特の爽やかさを楽しみつつ、あたしの頭の中ではまったく別の情景が浮かび始めようとしていた。
ひらりと、頭の中に薄紅色の花びらが散る。
揺れる黒髪。絹糸みたいに艶やかな……。
(……テス……)
息混じりのしっとり声があたしの名前を呼んで……。
イラスト:さば・ノーブ様
あん、妄想が!
頭の中に、イケナイ妄想が!
(無理よ、無理! 彼は無理だって……)
でも膨らんでいくわ。どうしよう!
(とろりと、甘く揺れる琥珀色の瞳。あたしだけを見つめて……)
ドラマが写し出されていた最新鋭のスクリーンモニタより大きく鮮明に、脳内映像は構成される。さっき観たドラマのワンシーンとリンクして――。
役者をすり替え、勝手に進行していくドキドキの……。
(はぁぁぁン!)
やん! どうしよう!
咄嗟に、赤く上気した頬を両手で隠したんだけど――!
「…………ス。テス……おーい、テス。真っ赤な顔してなに妄想してンだい」
「お顔から湯気が出ていますわよ!」
ここでクリスタとメリルの目が、同時にキラララランと輝いた。そして手にしていたケーキの乗ったお皿を、音を立ててテーブルに置く。
「今、壁ドンして欲しいって、妄想していただろう? 相手は誰だい。リックじゃないね。白状おし!」
「きゃああ。テスったら、そんなことをお願いしたい程に、深く心に秘めた方がおいでになるのですね。どなたです!?」
ふたりは一斉にソファーの上を滑るように距離を詰めてきた。そしてピタリとあたしの両側に取り付く。
「ホラホラ、白状するんだよ」
「教えてくださいませ。かわいいテスの恋路ですもの、応援いたしますわ!」
いいいい……言える訳ない!
言ったら、間違いなく餌食にされるわ。
「ち……違うもん。知らないもん! そんなイケナイこと、考えていないも〜ん!」
「言っておしまい。なんだったら当ててみせようか?」
「やめてぇ!」
クリスタの腕が首に巻き付く。
「こりゃあ間違いなく妄想したね!」
「どんな方ですの? 一瞬にしてテスのお顔を真っ赤に染めてしまえる男性って!」
メリルが右腕に絡み付く。
両脇から迫ってくる友人たち。
「考えてない。彼とはそんな……」
「ほほう、彼?」
「彼とは、どなたですの!」
怖い、怖い、怖い。本気で感じる恐怖感!
「ああん、いや〜〜ん!!」
♤ ♤ ♤ ♤
惑星レチェルから離れること、約63000万キロの彼方。
地球の衛星、月――の裏側。
そこに建設されたドーム型居住空間の内のひとつ。
名門と謳われた某有名男子校の自習室の片隅で、鷹栖マオは小さなくしゃみをした。
『妄想させて!』へのご来訪、ありがとうございます。
さば・ノーブ様よりいただいた1枚のイラストから始まったSSですが、いかがだったでしょうか? (詳しいあらましは加純の割烹にあります。https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/2665379/)
さば様、FAとアドバイスをありがとうございました。
3人娘の女子会。
最初はポップコーン片手にドラマ鑑賞だったのですが、ポップコーンじゃ普通で面白くない。丁度家族が芋けんぴを食べていたので「これだ!」と変更してしまいました。
ただ人気デザイナーのお土産が芋けんぴというのはいかがなものかという疑問が浮かんだのですが、羊羹じゃ重いし、クッキーやチョコレートではつまらない。まぁ、コメディと云うことで。
シフォンケーキはメリルの性格のモデル(のひとり)である友人がよく作っていました。メレンゲ作りを手伝わされた思い出のスイーツです。
テスの妄想大暴走。この後どうなったかは、……ナイショです。
『テスとクリスタ』の活躍はこちら。 https://ncode.syosetu.com/n5837di/