復讐神
後ろを振り向くのが怖い。
夜だけじゃない、朝も昼も、家の中でも、学校でも、安全な場所なんかない。
ほっとした瞬間、はっとした瞬間、心に隙ができた瞬間にあいつは襲ってくる。
なぜか眠っている時には襲ってこない。
無意識の獲物を狩っても得るものがないからだろう。
僕たちの恐怖心が、神であるあいつへの捧げ物なのだ。
あいつはずっとずっと昔から、学校ができる前からこの場所に住みついている。
たそがれ時があいつの目覚める唯一の時間。
あいつを起こすな。
一度目覚めると、飢えを満たすまであいつは眠らない。
背後から呼びかけられても絶対振り向くな。
振り向いたら最後、あいつの贄となってしまう。
いつからあいつは復讐神になったのだろうか。
元はどこにでもいる土地神様だった。
新しい校舎を建てる時に、あいつの祠は校舎の屋上に移された。
その時だってあいつは普通の神様、いや普通以上の神様だった。
午後5時に好きな相手の持ち物を誰にも見つからずに供えると、その相手と結ばれる。
そんな噂が昔、学校で広まっていたらしい。
僕たちの親の世代は、あいつのことをお結びさんと呼んでいた。
噂が暗転したのが10年前のこと。
首なし茂田の事件から、あいつは復讐神と呼ばれるようになった。
復讐神は昼の陸上競技場に突然やってきた。
100メートルを走り終え、ほっとした茂田の首は振り向こうとして、見えない斧で切り落としたかのように落ちた。
近くにいた人は、「おい、お前・・・。」という声が聞こえたと言う。
警察がいろいろ調べたが凶器は見つからなかった。
茂田に恨みを懐く人物は多かった。
彼にいじめられて校舎から飛び降り自殺をした後輩もいた。
その後輩の家族や友人が調べられたが、皆アリバイがあった。
彼の死は謎のまま、迷宮入りしたが、学生たちは知っていた。
その後輩が飛び降りたのは祠のところから。
茂田を殺したのは神。
平和な神はそれから復讐神へと変化したのだ。
でも僕たちは茂田のように、後輩を自殺するまでいじめたことなどなかった。
伝説のことなど信じていなかった僕らは、ただ午後5時に屋上で遊んでいただけ。
そして彼女のことをからかわれたアキラが
「お前ら殺すぞ」と笑いながら言った言葉を復讐神が聞いて目覚めただけ。
神への供物は依頼者の命。
最初の犠牲者はアキラだった。
次の日の朝、僕たちはアキラが急死したことを知った。
風呂場で心臓麻痺で倒れているところを家の人が見つけたらしい。
それが事故だったのか、あいつのせいかは今となってはわからない。
僕たちはアキラの死を悲しんだが、その時はまだ知らなかった。
アキラの死が連鎖のはじまりだったことを。
次の犠牲者はオサムだった。
校門を出たところで、一番後ろを歩いていたオサムが突然「ぎゃっ!」という叫び声をあげた。
僕たちは振り向いたが、オサムの姿は消えていた。
グラウンドの方から女子の悲鳴や叫び声が聞こえる。
僕たちは不安を抱いて声の方へと走り出した。
グラウンドのフェンス沿いに植えられた大木の太い枝にオサムはまるで百舌の速贄のように突き刺さって死んでいた。
さっきまで一緒にいたはずのオサムの体から滴り落ちてくる血がグラウンドの土へと吸い込まれていく。
それはあまりにも非現実的な光景で、僕たちは言葉を失い呆然とした。
その事件で学校は1週間休校になり、僕たちは自宅待機を命じられた。
夜にシュンからなぜか突然電話がかかってきた。
なぜ、電話?
SNSじゃなく??
「あいつがくる・・・・。助けて。」
シュンはかなり取り乱しているようだ。
「あの日、俺聞いたんだよ。オサムの後ろから気味の悪い声がするのを。おい、お前・・・って。」
「シュン、あいつって誰だよ。」
「助けて。怖いんだ・・・。今日、父ちゃんも母ちゃんも泊まりで出かけて誰もいないんだよ。」
僕は、急いで自転車に乗ってシュンの家に駆けつけた。
インターホンごしにシュンの震える声が聞こえる。
「タケシ、きてくれたんだ。ありがとう。」
そう、シュンは僕がきて安心してしまったんだ。
そして、僕はあの声を聞いてしまった。
「おい、お前・・・・。」
叫び声がインターホンと同時にシュンの家の中からも外に響いてきた。
近所の人たちが驚いて家から出てくる。
周囲が騒がしくなる中、僕は逃げ出した。
それからみんな死んでいった。
生き残ったのはもう僕ただ一人。
振り向かなければあいつは襲ってこない・・・、けど疲れた。
僕は、藁にもすがる思いで、ネットで評判の有名な霊能力者の家を訪ねた。
霊能力者は運良く会ってくれ、僕の話を信じ、除霊をしてくれることになった。
「オン・・・・、タリキ・・・ソバカ・・・、破!」
霊能力者が呪文を唱えると、巨大な影が現れ、それは徐々に形となる。
あいつは、昔見たインドのシヴァ神の絵画のような姿をしていた。
「誤った手法で悪神を召喚してしまったようじゃ。ひたすら許しを乞い、神の住む場所に帰ってもらうのじゃ。」
僕はひたすら謝った。
「神様、すいません。どうかお許しください・・・・。」
一心不乱に祈り続けると、やがて禍々しい気配が遠ざかっていくのを感じる。
「喜びなさい、祈りが通じた。神は本来の姿を取り戻して天界に戻られたぞ。」
ほっとして涙が溢れ出す。
霊能力者は威厳に満ちた声で僕に告げる。
「安心せよ。もう大丈夫じゃ。」
「ありがとうございます。助かりました。」
僕は霊能力者に何度も礼を言い、謝礼を渡して部屋を出た。
高校生の僕にとって、決して安い金額ではなかったけど命に比べれば。
霊能力者が突然、僕に呼びかける。
「そうじゃ、忘れておった。おい・・・・、お前。」
僕は振り向いた。