7★ 君がいるから
「え? 吹奏楽部?」
俺は思わぬ言葉に反応してしまった。この言葉聞くの、2年半ぶりくらいだろうか。
「そうなの! 最初はサークルだったんだけど、今年の4月で部になったんだって!」
いまは5月。俺たち3年生は、そろそろ受験を考えないといけない。申し遅れましたが、俺の名前は三河 岳彦。吹奏楽部は小学校から在籍していて、高校でも続けよう。そう思っていたけれど、入学してみれば吹奏楽部は既に廃部。しょうがないから、俺は市内の一般バンドでチューバを続ける形になった。
2年生の7月。突然だった。
「ねぇ、三河くん」
振り向くと、君がいた。
「三河くん、一般バンドでチューバ吹いてるって、本当?」
「あ……う、うん」
君は名乗りもせず、どんどん話を進めたよな。そういう、少し強引なところ、けっこう、好き。あぁ、これじゃMだよな。
「本当なんだ! 良かった! 私ね、クラリネットを続けたかったの。それでちょうど所属団体を探してたところで……。ねぇ、私にもそのバンド、案内してほしいな!」
「い、いいよ。じゃあ、今日の放課後一緒に来る? ちょうど練習日なんだ」
「本当! 嬉しい! あ、名前を言ってなかったね。私、豊田めぐみって言います。2年H組です!」
それから、楽団の練習日には一緒に行って、楽器を吹いて、帰りにドーナツ食べたり、コンビニで肉まん食べたり。いろいろしたな。
3年生に上がってから間もない5月。下旬に差しかかろうとしていた頃、君は突然、俺に言ったね。
「三河くん! 吹奏楽部、できたんだって!」
「へぇ〜。そうなんだ」
「ね! 入ろうよ、私たちも!」
俺は飲み込もうとしていた肉団子を喉に詰まらせそうになった。
「ンガッ……な、何言ってんだよ!? もう5月で……」
「コンクールにも出るそうよ!?」
「なおさら迷惑だろ? 2年生ばっかりで、突然3年生が入ったら先輩風吹かしそうで嫌だ、とか思われるかもしんないよ?」
「やだなー! 三河くんと私なら、きっとうまくやれるわよ〜」
君っていつも根拠のない自信があったね。俺は最初、拒否したけどあんまりにも君がしつこいから、俺は折れた。
2ヶ月はあっという間だった。当然だが、発足したばかりの部でコンクール突破なんて、無理だ。でも、君はひとつも無理だなんて口にせず、ずっと練習をしていた。俺は正直、チューバがヒドすぎたりユーフォの音が堅かったりでウンザリしていることもあった。でも、君はいつも笑顔を絶やさず、先輩風も吹かさず、優しく後輩たちの(急にできた、後輩たち)指導をしてたね。
コンクールが終わって、俺たちは涙を流さないって決めてた。なんだか、急にできた後輩たちと別れるかのような感じで嫌だった。
帰り道。どこかで虫の鳴き声の響く中、俺と君は沈黙を保ったまま自転車をこぎ続けた。いつ終わるかもわからない沈黙。俺は黙って君の後ろをついて行く。
「……?」
頬に水が当たった。
「雨?」
「えぇ……?」
君も見上げた。ちょうど暗い道を通っていたから、顔はよくわからない。ただ、いま思い返せば君の声……。
「気のせいじゃない? こんなに晴れてるのに」
「あ〜……そうかもな」
俺、鈍いんだよな。自分の気持ちには敏感なのに、君の気持ちには鈍感だった。いろんな意味でね。
次の日。君は急に俺を呼び出した。
「どうしたのさ」
「アイス食べたくなって。ほら、駅前にオープンした新しいアイス屋さん」
「あぁ。いいけど」
素っ気ないフリして実はテンションが狂うほどに高かった。
「ねぇ、進路どうするの?」
「あ、俺? 俺は湘南音楽大学をAO入試で受ける予定」
「ふ〜ん……」
会話が続かない。なんだ? この間……。
「ねぇ、この後予定ある?」
そして連れて行かれたのは、昨日後輩たちが泣いていたあの場所。
「……あーあ。終わっちゃったな、高校の夏も」
「そうだな……」
どうして俺たちはこんなに間が続かなくなるんだろう。
「ね」
「ん?」
「わかる?」
「何が」
また間が開いた。
「いいよ。わかんないなら」
「あ……そう?」
君は振り返って先を歩いていってしまった。俺は慌ててついていく。すると突然、君は振り返った。
「ねぇ」
「ん?」
「私ね、ホントは吹奏楽部入るつもりなかったの」
「えぇ!?」
「でも、三河くんが入ってくれるって言ってくれたから……私も決めたの」
「そうだったんだ……」
「ありがとうね。いい想い出、できた」
それは俺だって同じ。言いたい。言いたい。でも、言葉が出ない。
「さっ、帰ろうか!」
君はまた、先に歩き出した。
「俺も君がいるから頑張ったんだ!」
驚いた顔をして、君が振り返る。
「俺も君がいるから……だから……」
「……ありがとう」
その先は言えなかった。意気地なしな俺。
あと、半年になったね。俺と君が同じ空間で、同じ時間を過ごすのは。
それまでに、どうか言わせて。
君がいるから、俺は頑張れる。
だから……俺と……。
「三河くん?」
「!」
君は神出鬼没。でも、その姿を見ると、いつも想う。
俺と一緒に、いてください。
ってね。