5♪ 0.5mmの出逢い
2005年3月15日。オレは神奈川県七海市にある七海高校の前に立っていた。
「っは〜……キレイな学校やなぁ」
オレの関西弁に周りの子たちは物珍しそうな顔をして通り過ぎていく。そうでしょうな。ここはもろ、いわゆる標準語(これをオレは東京弁と呼ぶ)を話すヤツばっかですから。
「まぁええわ。別に関西弁やからってテストできへんわけちゃうし〜」
オレはウキウキ気分で受験する教室に入った。1時間目は社会。2時間目がちょっと嫌いな理科。ほんで、3時間目は数学。なるほど、うまいこと持ってくるね〜。一番頭が動く時間帯に数学ですか。まぁ、オレは数学大ッ嫌いなんで関係ないけど。
「はぁ〜……ご飯、ご飯」
3時間目を無事乗り切って、午後0時ジャスト。今から1時間の昼休み。周りは中学が一緒の子たちが多いみたいで、仲良さそうに集まってるグループが多い。一人モン(?)なのはオレと隣にいる女の子くらい。確かに制服が周りの子たちとは違う。でも女の子やから一緒に食べる?なんて気軽に声掛けることは、オレにはできへんかった。
昼ご飯の後、仮眠して目を覚ますとちょうどいい時間。今は0時40分。じゃあトイレ行って、後は国語と英語を頑張りますか。
トイレもキレイでした。大阪のオレの出身中学校とは全然ちゃうわ〜。大阪もはよ、トイレきれいにしてくれたらえぇのになぁ。
席に帰ると、まだ仲の良さそうなメンバーで話を盛り上げていた。どうでもいいですけど、君らあと10分で着席せなあきませんよ〜。とりあえず席に着いて、筆記用具の再確認。シャーペンの芯も入ってるし、消しゴム余分に持ってきてあるし。
「よっし、これでオッケィっと」
オレは安心して机に顔を預けた。左を向くと、さっき昼ご飯のとき一人やった女の子が何か慌ててる。どうしたんやろ。
「どうしよ……。持ってきてたはずなのに」
筆箱の中身全部ひっくり返して。あーあぁ。もうすぐ試験監督の先生来るで?
「ウソでしょ……どうしよう、替えのヤツなんて持ってきてないのに」
その子の手が震えてる。誰か友達がおったらえぇんやろうけど、あいにくこの部屋にはおらへんみたいやし。
先生が入ってきた。その子の顔色がどんどん悪くなる。アカンって。こんな状態で試験、オレならまともに受けられへん。そうこうしているうちにざわめきが収まって、静かになる。その子のトコだけ、音がする。先生もジッとその子を見てる。状況察してあげてぇや。
「どうしよう……どうしよう」
アカン。我慢できへん。ゴメン、人見知りとか言うてる場合ちゃうわ。あ、実はオレ人見知りやったんですよ、中学生の頃は。
「なぁ、どないしたん?」
「え?」
あ、関西弁に戸惑ってる。どうしよう。東京弁ではなんて言うんや?
「ど、どうしたん?」
「あ……入れたはずのシャーペンの芯がなくって。シャーペンの芯がなくなっちゃったから……どうしようもなくって」
「余分のシャーペンは?」
「入れたんだけど、それも芯がほとんどなくって」
「ほな、オレの芯あげるから。オレが入れてあげるから、とりあえず君は深呼吸」
「えぇ? 深呼吸?」
「そんな慌てた状態でまともに受験なんてできへんやろ?」
「そ、そっか……」
「ほーら、まずは吐いて、次に大きく吸って、吐いて」
ハー、スー、ハー、と大きな呼吸が聞こえる。オレはとりあえず彼女が持ってたシャーペン2本に芯を入れておいた。これであと2時間分は余裕で持つやろう。
「ホラ、もう大丈夫や」
「ありがとう。ゴメンね、急に」
「えぇんや。それよりお互い頑張ろな」
「うん!」
試験が終わってからオレはすぐに帰らないとアカンかった。受験生でごった返してる教室や廊下を掻き分けて、なんとか校門まで出ることができた。
「あの!」
振り返ると、あの子がおった。
「あ、お疲れさん!」
「ありがとう……。あの、君のおかげで……」
「えぇよえぇよ! それより、試験どうやった?」
「おかげでなんとかできた」
「それはよかった」
「あの……それで……」
その子が何か言おうとしたとき、オカンが持たせてくれたケータイが震えた。
「もしもし? あー、いま終わった。うん。うん。あ、七海駅? わかった。うん。発表? 20日やで。うん。あー、アカンかったら別の高校に行けるから大丈夫やって。説明したやん。うん、わかった。すぐ行くわ」
電話を切ってオレはとりあえず彼女に言っておいた。
「なぁ、もし合格して同じクラスになったりしたら、仲良くしてな!」
「え?」
「オレ、大阪から引っ越してくるから友達全然おらへんねん。今日、君と話せてよかった!」
「う、うん……」
「んじゃ、オレ急がんとアカンから。バイバイ」
「あ……ありがとうね! バイバイ!」
オレは彼女に手を振る。ちょっと人見知りを克服できたかな?
そして4月4日(月)。オレは七海高校第40回入学式の会場におった。キョロキョロと辺りを見渡すけど……。
「おらへんなぁ……。アカンかったんやろか」
あの日、見た女の子の姿はどこにもない。けっこうカワイイ子やったから、オレが忘れるはずないねんけど。でも、全然姿が見当たらへん。やっぱ、アカンかったんやろか。
「二人とも通ってたら運命感じるけどな〜、なーんて」
やがて式が始まった。こういう厳かな雰囲気、ちょっと好き。滅多に味わうことができへん空気やから。中学でやってた、吹奏楽の本番と似たような感じというか、空気が一緒のような気がする。
式はいよいよ終わりを迎える感じ。あぁ、司会の先生がマイクに近づいてくる。これは多分、号令かかるな。
「それでは、第40回入学式を終了いたします。全員、起立!」
ほら、やっぱり。と思ったら、後ろで強烈な音。誰か椅子を倒したな。
「あ、あははは〜! どうも失礼しました〜」
「……!」
聞き覚えのある声。オレは、そっと後ろを振り返る。女の子の列。椅子を戻そうとする女の子。その子を見た瞬間、オレは自然に笑みがこぼれた。
これが、君との出逢いやで。まぁ、君が覚えてるかどうかは――わからへんけどね。
「ね〜、シャーペンの芯なんて見つめて何やってんの、翔?」
「あぁ……なんでもないよ。ちょっと想い出に浸ってるだけ」
「ふ〜ん……」
「それよりさ、そろそろ帰ろうや」
「うん!」
なんていうかな。君との出逢いは――。
「0.5ミリの出逢い?」
「何それ?」
「なんでもない! なぁ、それより帰りどっか寄らん?」
「いいねー! 行こう行こう!」
出逢いは細々とした出逢いやったけど、君との毎日はめっちゃ太く、輝く毎日です。
ずっと、大好きやで、陽乃。