50♪ Re:Confession
「陽乃」
オレは部活を終えて片づけをしている陽乃に声をかけた。
「なに~? どしたの?」
「今……時間あるか?」
「うん! ちょっと待ってね~。この楽譜片付けたら時間できるから」
「んじゃ……終わったら楽器庫の階段から屋上に上がってきてくれへん?」
「屋上?」
陽乃は不思議そうな顔をした。
「そこらへんでできる話じゃないの?」
「うん」
オレの真剣な顔つきに、陽乃は何かを感じ取ったみたいやった。
「……わかった」
「よろしくな」
「うん」
オレはニコッと笑顔を向けると、音楽室をそっと出た。
「カケル」
声を掛けられたので振り返ると拓真、春樹、慎也がいた。
「言うのか?」
拓真が聞く。
「うん」
「大丈夫か?」
慎也が聞いた。
「大丈夫。リハなら何回もやった」
春樹が言う。
「カケルなら大丈夫だよ。な?」
オレは満面の笑みで答えた。
「当たり前や」
軽く手を振り、音楽室を出ると階段の前で綾音に出くわした。
「話……すんの?」
オレは小さくうなずいた。
「頑張ってな」
「……うん」
綾音がドンッとオレの胸を突いた。
「痛いやんけ!」
「いい? 絶対、泣かしたらアカンで?」
「はぁ?」
「もうお母さんみたいに、泣かしたらアカンからな!」
「……うん」
「じゃ。頑張って、兄ちゃん」
綾音は小さく手を振ってくれた。階段を上がるところで、田中っちに今度は会った。
「おっ、イケメン君」
「なんやそれ」
田中っちは肩を軽く叩く。
「アンタたちがどうなっても、あたしはアンタたちの味方だからね!」
「……。」
「頑張れ!」
「おう!」
オレは階段をゆっくりと上がって行く。合奏が終わってもみんなはまだ、個人練習とかをしてた。その音がどんどん、遠のいていく。それがちょっと、なんとなく寂しかった。
屋上と階段を繋ぐドアを開けた。ちょっと錆びてるドアは開けるのにいっつも苦労する。オレは力を入れてドアを開けて、屋上に踏み出した。
「わっ!」
思ったより屋上は風がきつい。でも、夕陽がすっごい綺麗やった。
「……。」
5分ほどしてから、階段をトントンと駆け上がる足音が聞こえた。オレは出迎えるために、入口のほうへ駆け寄る。
「お待たせ~! 待ったぁ?」
「ううん。全然」
「良かった」
オレは陽乃の手を取った。
「転ぶで」
「あ、ありがと」
オレは陽乃の手を取り、入口を通過してもその手を放さんかった。屋上の際まで行き、手すりについてもその手を放さんかった。
「……。」
沈黙が続く。5分ほどしてから、陽乃がようやく口を開いた。
「話って……何?」
「うん……」
風が吹く。初夏の匂いを運んできているみたいで、ちょっと湿った感じもした。
「オレな」
陽乃の顔つきも緊張してる。オレが……こんな顔させてるんや。
「進路……決めてん」
「ホ、ホント?」
オレは今まで進路を決めかねてるって陽乃に散々言うてきた。そのたびに相談も乗ってもらった。だから、決めた時にはもちろん、報告を親の次にするって決めてた。
「どこにしたの?」
「……オレ」
言え。
その先に続く言葉を、お前は考えてきたんやろう?
「オレ」
陽乃の目が怯えているようにも見えた。
怖い。
でも、言わんと進まん。
「オレな……島根大学に、行く」
「……へ?
陽乃がそう呟き、黙り込んでしまった。風が吹きつける。肩まで伸ばした陽乃の髪の毛が、ソヨソヨと揺れてる。
「島根……って、島根県……よね」
「うん」
「……なんで?」
陽乃はまず、理由を聞いてくれた。オレは包み隠さず、すべてを言うた。
「島根県だけやないけど、他の地域でもここ最近、市町村合併がいっぱいあるやろ?島根県もいっぱい市町村合併があってな。そのうちのひとつが、島根県 桜田市。2007年、今年できたてホヤホヤの新しい市やねん。市になるってことは、人口が増えてるってことやろ?」
陽乃は小さくうなずいた。オレは続ける。
「桜田市は特に、マンションや住宅街の建設ラッシュやそうで、子供の人口が爆発的に増えたらしい。新しい高校や中学校、小学校ができるくらいやもん。そんで、新しい学校には先生が必要らしい。特に今後4年で、今の倍に桜田市の人口は増えるって聞いてる。安易な考え方かもしれへんけど、単純に考えると、子供の人口も倍増するってことや」
「そ、そうよね」
陽乃が真剣にうなずく。
「そうなるとやっぱり先生の数も必要になってくる。オレはそういう、ホンマに必要とされてるところで……先生になって、子供たちを教えたい」
陽乃は寂しげにうなずいた。
「うん……それが翔の夢……ううん、目標なんだよね?」
「うん」
陽乃がニッコリ笑って言った。
「ねぇ……だとしたら、来年から、あたしたち……遠距」
その陽乃の言葉を遮るようにオレは、陽乃を抱き締めて言うた。
「オレに……付いてきてほしい」
「え?」
陽乃が黙り込む。
「オレ……島根には絶対行きたい。でも……ワガママってわかってるけど、お前と遠距離なんかになりたくない」
「……。」
顔が熱い。でも、いま言わんかったらいつ言えるか、わからへん。いましかない。
「オレ……お前がめっちゃ好きやねん」
「……。」
「やから、オレ……と、一緒に、島根まで……来てくれませんか?」
陽乃がそっとオレから離れた。
「バカ」
ズキッと胸が痛んだ。
「ワガママすぎ」
そうやんな。
お前……神奈川か東京の私立大学受けるって言うてたもんな。
「大変なんだからね」
わかってる。受験とか進路とか、大変なんはわかってる。でも……オレの気持ちもわかってほしい。
「ウチのお父さん、説得するの」
……。
え?
「い、いま……なんて?」
「聞いてる? 人の話。ウチの父さん説得するの、大変だから時間かかるよって言ってるの!」
「……えっと」
「もう! 鈍いなぁ」
陽乃がオレの手を握った。
「アンタが島根行くのに、あたしが行かないとでも思ってた?」
「陽乃……」
「アンタが来るなって言ってもあたし、絶対行くから」
……。
「え? ちょ、翔?」
涙が……出てきた。
「な、なんで泣くの……きゃ!」
気づけば思い切り陽乃を抱き締めてた。
「ありがとう」
「いや……べ、別にお礼言われるほどのことじゃなくない?」
「ありがとう」
それから、もう一言だけ。
「好きやで」
「……あたしも」
そのまま、5分くらいずっとオレたちは抱き合ってた。
「……来年の今頃ってさぁ、合格して、島根にいるんだよね」
「うん……ってかお前、合格する気満々やな!」
「これぐらいの気合いなくっちゃ!」
陽乃はガッツポーズを取った。
「そやな……」
オレは空に手を伸ばした。
来年の今頃。
オレたちは誰と出会い、どこで、何をしてるんやろうか。
幸せな未来が、待っていますように。
頑張りますから。
君との幸せな未来が、待っていますように。
Confessionとは「告白」の意です。Re:をつけて、再告白という意味合いを含ませました。