4☆ でっけーな
「でっけーなぁ」
何なの!? レディに向かっていきなり失礼! つーか、アンタが小さいの!
「クラス名簿、見えないよ」
残念だけど、アンタ、あたしがここからどいてもきっと掲示板見えないよ。
「あーはいはい。失礼いたしました。アタシみたいなデカい女、アンタみたいなチビの前に立ったらそれはもう、邪魔ですよねぇ」
君との出会いは最悪。チビとデカ女。あぁ、なんて対照的。そんなあたしたちは出会うはずなどなかった。そもそも、アンタの動機が不純。
「ゲッ!?」
アンタはあたしを見るなり、顔をしかめた。
「わっ!? な、なんでアンタがここにいんの!?」
「それはこっちのセリフだよ! お前、G組なんだろ? 知ってるぜ。デカ女がG組にいるって」
「うるさいな〜。別にいいでしょ。スタイルが良けりゃそれでオールオッケーよ」
「へっ。よく言うよ。鏡の前に立ってみたことあんのか?」
ムカツく――! コイツ、絶対あたしのこと女の子と思ってない!
「ありますよ〜。背が高いですから。アンタと違って鏡に全身映るもの」
「なんだよお前! ホンットむかつくヤツだな! 名前、なんて言うんだよ!?」
「西嶋はるか! チビ、あんたの名前は!?」
「日高 優だよ! デカ女!」
こんな具合。あたしたちの出会いは、あたしの人生の中で最低の出会いだった。聞けば、この日高とかいうチビ、成績も運動も全然ダメ。それなのに、一丁前に偉そうにする。こういう男子、はっきり言ってあたしは一番嫌い。
「はるかって、ハキハキしてるもんね〜。ほんとボーイッシュ」
同じクラスで中学から一緒の友達があたしを茶化す。
「そうじゃないの! 相手がヘナヘナなだけ。自分を変えたいからって吹奏楽部を選ぶとか、動機が不純!」
「いいんじゃないの? 向上心があるってことじゃない」
「あたしはそんなの、認めないわ」
自分を成長させるダシに、吹奏楽を使っている。そんな風にしか思えない。どうせ、コンクール前の6月下旬とかに辞めてしまうに決まってるわ。
センスない。そう思ってたのに、アンタのサスペンドシンバルが、どんどんキレイな音になっていく。海をイメージした、コンクールの課題曲。なぜか、アンタが奏でる音色になるとあたしは耳を自分の音ではなく、アンタの音に集中させてしまう。
「あっ」
アンタの声まであたしはしっかり覚えてしまっていた。その声に反応して見てみると、叩き損ねてバチを落とすアンタの姿が見えた。
「何やってんだ! 日高!」
顧問の東先生に怒鳴られる。バーカ。初心者なのに調子乗ってるからそういうことになるの。
「すいません!」
「……。」
何だろう。心の中じゃ毒づいてる。バーカ、とか、マヌケ、とか。そういうヒドイ言葉しか出てこない。なのに、目が、君を追う。
「君とか……バカじゃないの?」
思わず自分に毒づいてしまった。隣にいた同じパートの中野さゆりが「何? 何か言った?」と反応した。
「ううん! なんでもない!」
なんだろう。ドキドキする。この気持ち、なんだろう。わからない。
「ねぇ、西嶋さん」
副部長の朝倉さんが珍しく、あたしに声をかけた。
「はい?」
「ゴメンね〜! ちょっとお願いがあって……」
今日は部長の佐野さんは欠席だった。部長会議があるそうだ。高校の部活ってやっぱり中学とは少し違うな。でも、朝倉さんも用事があって、早く帰らないといけないそうだ。鍵閉めをする人がいないので、あたしに頼みたいってことだった。
「いいですよ! あたし、暇ですし」
「ありがとう! ゴメンね〜、1年生にこんなこと頼んじゃって」
「いえ。それじゃ、また明日」
「うん! またね〜」
朝倉さんはあたしの見送りを背に、急いで部室を出た。ふと気づけば、部室にはあたし一人。もう部活も終わっているのだから当然よね。
「さて……あたしも帰ろ」
カバンを持って、部室を出て電気を消す。音楽室の電気と戸締りも確認して、入口を閉める。この扉、重いのよね。防音のためだから仕方がないんだろうけど。
鍵を閉めてから、ガタン!と打楽器庫から音がしたのにあたしは気づいた。
「誰ですか〜? そろそろ帰るんですけど」
しかし、応答がない。聞き間違いだったのだろうか。
「あの〜……」
そっと打楽器庫を開けると、誰かがヌゥッと前に立っていたのであたしは驚いて悲鳴を上げてしまった。
「ぎゃああああああああ!?」
「うわっ!? 何だよ!?」
MDを聴きながらシンバルの練習をするアンタがいた。
「なっ、なにやってんのよ!?」
「何って。居残り練習」
「居残り? 先輩に許可は?」
「田中先輩にもらってるよ」
「……あっそ。あたし、帰るけど」
「一人?」
「うん」
「待てよ。じゃ、俺も一緒に帰る」
「何? ビビッたの?」
「バーカ。女の子一人で帰すわけにはいかないだろ」
「え?」
「とりあえず片づけるから待ってて」
何よ。チビのクセしてかっこつけて。まだ5月だっていうのに、うっすら汗なんかかいちゃって。チビのクセにカッコつけて。気に入らない。
「お待たせ」
あたしがモンモンとしてる間に、アンタは片づけを終えて階段を降りてきた。鍵を掛けて、職員室で返却してから靴箱に向かう。この間、あたしたちは全然会話などなかった。
「なぁ」
急にアンタが話し掛けてきた。
「何よ」
「お前ってさ」
「お前っていうの、やめて」
「は?」
何だろう。お前って、言われたくない。
「じゃあなんて呼べばいいのさ」
「名前で呼んで」
「は? 下の?」
自分でもわかるくらい、真っ赤になった。
「バッカじゃないの! 苗字に決まってるでしょ、苗字!」
「あぁ、そういうことか」
このバカチビ。やっぱりバカだ。
「西嶋、でいいわけ?」
「そっ、そうよ。お前じゃなくって、西嶋っていう名前があるんだから」
「へいへい。わかりましたよ、西嶋」
結局、それっきり会話は続かないまま、あたしの家の近くまで来た。
「じゃ、あたしここで」
「あ、そ。じゃ、また明日」
「うん。またね」
「お〜」
それだけ言うと、アンタはバイバイも言わずに……あれ? なんでいま来たほうへ歩いていくの?
「ちょっとアンタ!」
「何だよ。西嶋だって一緒じゃん」
「え?」
「俺のこと、アンタじゃなくって日高って呼べよ」
「ひ……日高! なんでアンタ学校のほうへ帰るの? 忘れ物?」
「んなわけねーじゃん」
「じゃあなんで……?」
「家がこっちだから。文句ある?」
どういうこと? あたしを……送るために、こっちへわざわざ来たってこと?
「早く帰れよ〜。もう7時過ぎてるし。じゃーな」
「あ……」
バイバイ。それだけ言いたいのに。
「あ。そうだ」
日高が振り返る。それから、ニッと笑って言った。
「今日、体育で西嶋が走り幅跳びするの見たけど」
あぁ。無意味に頑張っていい記録出してしまった、アレね。
「素直に、カッコよかったって思った。でっけーと、飛距離も長いんだな」
「え……」
何!? 何なの!? 狙って言ってるの!?
「それだけ。じゃーな! また明日」
そういうと、日高は凄い速さで走っていった。
「……カッコいい、か」
女の子にカッコいいとか使う? ふつう使わないでしょ。でも、嫌じゃなかった。むしろ、嬉しかった。
「……明日からもがんばろー!」
嬉しいな。
クラブに行くのが、もっと楽しくなりそう。
背が高くてよかった。
背が高くなかったら、君とは仲良くなれなかったのかな?
もし……そうだとしたら……。
「背が高いの、万歳!」
そう叫んだ声が、5月の夜空に飛んでいった。