49♪ 遠距離恋愛
「先輩……」
不意に声を掛けられたのでオレが振り返ると、パーカッションの後輩・ヒロポンこと冨岡 洋之がおった。
「お、おおぅ。どないしたんや、めっちゃ暗いやんけ」
「相談があるんです」
「オレに?」
「はい」
ヒロポンの言うには、こういうことらしい。
オレを信用して言うてくれたらしいが、何でもヒロポン、始業式の日に正式に付き合ってほしいと、告白されたらしい。オレと同じパートのシャキシャキ娘・中野っちこと中野さゆりから。
中野っちが、ヒロポンのことを好きなんはオレもよぉ知ってた。パート内で休憩中とかに恋バナをしてると、まず確実に中野っちとヒロポンの話題で盛り上がる。いつやったか忘れたけど、調理実習でヒロポンが勝手に中野っちのクラスの実習に忍び込んで、中野っちの料理を手伝ったのが始まりとか。
中野っちはそのお返しってことで、カップケーキを作ったそうや。それ以来、急速に二人は仲良くなった。けど、一線が越えられへんかったらしい。その一線をとうとう、中野っちが越えたってわけ。
「ふん。流れがいい感じやん! 何がアカンの?」
「実は……俺、大学を受けるんです」
「うん……って、それは普通ちゃうか?」
「なんですけど……俺、北海道の大学受けるんです」
「へぇ~……って、北海道!?」
ビックリした! 北海道!? なんで!?
「なんで!?」
オレは心の叫びが思い切り外に漏れた。
「北海道立農業大学校に行きたいんです。俺、料理得意なんですけど、その料理の原材料がどんな風にしてできるのかに関心があって……それで、北海道の農業大学校に行きたいんです」
「それはわかる。でも待って。なんで、北海道? 東京にも、農業大学はあるやろ?」
実際、東京農業大学という大学がある。わざわざ北海道に行かなくても、ここで十分に勉強はできるはずや。
「それは百も承知です。でも、俺はやっぱり自然に囲まれて自然に感謝できる場所で、そうした勉強をしたいんです」
ビックリした。この子、オレよりずっと考えてることが先まで見据えられてる。オレが高2のとき、ここまで考えてたか?と聞かれれば答えは簡単。Noや。
「でも……中野が、付き合いたいのにいきなり遠距離なんて嫌だって……言ってて」
「なるほどなぁ」
中野っちの気持ちは痛いほどわかる。遠距離恋愛ほど、相手を信じたいけれど不安も大きいことはない。
「先輩は……島根大学、受験されるんですよね?」
「え!? なんで知ってるん!?」
まだ、家族と陽乃にしか言うてないはずやのに!
「田中先輩が、朝倉先輩と佐野先輩のお話立ち聞きされてて、さらにそれを俺たちパーカスメンバーに教えてくれました」
あのお喋り娘……!
とにかく、もうそれは仕方がないとして。今はヒロポンと中野っちの話や。
「うん。まぁ、オレは島根大学受験するねん」
「ということは、朝倉先輩とは、遠距離恋愛に?」
「ううん」
オレは首を横に振った。
「え? それじゃあ、島根大学は諦めるんですか?」
「ううん」
オレはまた首を横に振った。
「え? じゃあ……わかんない。どうされるんですか?」
オレはそっとヒロポンに耳打ちした。
「えぇ!? ホ、ホントですかそれ!」
「ホンマや。まだ、誰にも言うたアカンで?」
「は、はい……」
ヒロポンは赤くなって俯いた。
「すごいですね。先輩たち。そこまで強く、お互いのことを思っていられるんだ」
「……。」
ヒロポンが寂しそうな顔をした。
「俺たち、まだ自分たちのことでいっぱいいっぱいで……子供だなぁ」
おかしくて、思わず吹き出した。
「なんで笑うんですか!?」
「いや……だって、オレたち子供やん?」
「へ?」
「まだ20歳なってへんやん。法律上、子供やもん」
「……。」
ヒロポンはしばらく呆然とした後、クスッと笑った。
「先輩らしいや」
それからしばらく、沈黙が続いた。でも、これは全然気まずい沈黙ちゃうかった。ヒロポンが心の整理をしてる沈黙。オレにはすぐわかった。
「ケンカは、されなかったんですか?」
ヒロポンが聞いてきた。
「いいや。ケンカしまくりや。それこそ、君らの知らんとこで毎日バトル。なんで島根大学に行くんやっていうのはオカンとオトンにも聞かれたし、陽乃にももちろん聞かれた。毎日質問攻めや」
「大変そうですね」
ヒロポンは苦笑いする。
「でも、オレは……自分のやりたいことをしっかりと伝えた」
ヒロポンの表情が変わった。
「オレは島根大学で、教師になるための勉強がしたいっていうのを伝えて、なんで島根かっていう理由も伝えた。そしたら、最初は思い切り反対してきたオカンも、最終的には同意してくれた。陽乃も、同じやった」
「島根大学を優先したいって、言ったんですか?」
「まさか!」
そんなこと言うたら、さすがの陽乃でも、彼女にボコボコにされてまいそうやわ。
「オレは、両方とも大事にしたいって言うた」
「え……」
ヒロポンの顔が真っ赤になった。
「そ、それってまさかプロポー……!」
「アホちゃうか!」
オレは思い切りヒロポンの背中を叩いた。
「それは早すぎる!」
「で、ですよね!」
ゲホゲホとむせながらヒロポンは笑った。
「とにかくやな」
オレは最後にこう言うた。
「しっかりと、ケジメをつけること。何でも曖昧にせず、ハッキリ答えを出す。そしたらきっと、結果が出るから」
「……。」
「頑張れ」
「はい!」
するとヒロポンが携帯電話を取り出した。
「どないしたん?」
「気持ちがグラつかないうちに、言います」
「え?」
そのまま誰かに電話をかけるヒロポン。オレは黙って話を聞くしかなかった。
「もしもし? 中野さん?」
「……うわお」
オレはまさかの展開に驚くしかない。
「俺、決めたよ。北海道立農業大学校に、行く」
ということは、中野っちとは遠距離?
「だから」
やっぱりそうか。
「中野にも、ついてきてほしい」
「え……?」
「農業大学校じゃなくてもいい。俺についてきて……ほしいから、北海道の大学、受けないか?」
しばらく、沈黙が続いた。オレも思わぬ展開に顔が熱くなる。
「……ありがとう」
不意にヒロポンが笑った。その目から、涙がこぼれた。
それから電話を終えると、ヒロポンは笑顔でこう言った。
「先輩のおかげで、俺たち、大きな一歩を踏み出せました」
「ううん。オレなんか全然関係ない。その一歩を決めたんは他でもない、自分らや」
「……。」
「おめでとう。これからも、仲良く頑張れ」
「……はい!」
二人の大きな一歩に、オレたちの出来事が少しでも役に立ったなら、それはそれで嬉しかったかも。
でも、オレたちにはまだまだ課題が山積み。
越えるべきものは、まだたくさん、あった。