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47☆ 連絡網



 俺は本当に苗字が「う」から始まっているのを、これほど喜んだことはない。

「う」の前は当然ながら、「い」なわけで。そして、我が吹奏楽部の2年生は「い」が二人いるけど、気になる相手は俺の真上に連絡先が書かれているわけで。

つまり。

逢沢 → 井上 → 伊原 → 右川

というわけです。

 この流れを俺はどれだけ喜んだことか。

 だけどね。

 いざ電話が来ると、俺ってば最低。

「はい、右川です」

『あ、右川くん? あたし、伊原です』

「!」

『もしもし?』

「あ、おう」

『連絡網なんだけど。ユニフォーム係が、今日の衣装は来週土曜日までに必ずユニフォーム係まで返却お願いします』だってさ」

「おう」

『それだけ。じゃ、次メグに連絡よろしくね?』

「おう」

『じゃあね~』

「またな」

 どうなんですか、これ。

 はい、右川です。

 おう。

 またな。

 会話する気あんのかよ!

 自分がそう思うんだからな。きっと伊原もそう思ってます。

 でも俺、無愛想なわけじゃないんだ。よく誤解される。目つきも悪いから、怒ってるとか睨んでるとか。小学校の時から友達に怖がられたり、中学の時には先輩に絡まれたり。俺自身、全然そんなつもりないのに、なぜかトラブルに巻き込まれる。

「こんな俺が伊原に告白(こく)ったとこで、うまくいくハズないよなぁ……」

 電話を置いて、俺は思わず独り言を漏らした。


 俺は別に、好きな人がいるとかそういう話は、しない。したところで、友達とかにどうこうしてもらえるとも思ってないし、どうにかしてほしいとも思ってない。自分の恋愛くらい、自分でどうにかする。

「なぁなぁ、ジュンペーは好きな人、いないの?」

 おい。

「いるだろ~! だってさ、優輝がいるんだぜ?」

 おい! 勝手に決めるな!

「で、本当のトコどうなのさ?」

 うるさいなぁ。

「いないよ、別に」

 俺は問い詰めてくる優、優輝、智志を無視して楽器を出し始める。

「ウソだー! 絶対いるだろ? いなきゃおかしい!」

 なんでおかしいってなるんだ。意味わかんねーぞ、優。

「だってさ、俺たちくらいの多感な年頃だったら、絶対気になる人いるって」

 おぉい優輝。決め付けるなよ。

「あれじゃない? 実はいるけど、内緒にしときたいとか」

 なんでお前はそう鋭いんだ、智志。だけど、コイツらに言ったところで何か進展があるかといえば、答えは簡単。Noだ。

 だから、相談するならコイツが一番。

「え? 何?」

 ソイツは目を丸くした。

「だから……協力してほしい」

「……マジ?」

 逢沢 駿。同じ中学出身だし、2年生男子の中でも一番冷静で大人びている。おまけに、駿は小林 梨子と付き合っている。恋愛観だって、きっと俺より大人。

「大マジ」

「……。」

「何か言えよ。ハズい」

「わ、悪い。ビックリしちゃって……」

 ビックリするよな。俺に突然呼び出されて「好きな人がいるから、協力してほしい」なんて言われた日にゃ。

「で、今はどういう状況?」

 俺たちは帰り道に話し合いをすることにした。部室でも学内でも、どこで誰が聞いているかわからない以上、リスクを避けるために帰り道に話すことにした。幸いにして、俺の家は駿のマンションに近い。こちら方面の部員はほとんどいない。話をするにはもってつけの場所だ。

「多分、伊原は俺の想いに全然気づいてない……」

「つまりは、完全な片想いってわけだ」

「うん……」

 サワサワと春の風が俺の頬を撫でる。

「勝算は?」

「勝算?」

「あぁ。お前が伊原に告白(こく)った場合の、勝算」

「うーん……」

 伊原は最近まで、本堂先輩のことが好きだった。だけど、本堂先輩に伊原はフラれた。伊原はもう、本堂先輩に告白することはないだろう。けど、伊原はそれでもまだ、本道先輩を好きでいるかもしれない。その可能性は大いにある。裏を返せば、俺の勝算は低い。

「10%……?」

「低いな……」

 駿が苦笑いする。うん、そうだろうな。俺が逆の立場だったら苦笑いする。

「でも、未知数なわけだ」

「?」

 未知数?

「お前はまだ、伊原に気持ちを伝えてないだろ?」

「うん」

「ってことは、告白した場合の可能性っていうのは、10%かもしれないけど、それ以下なのかそれ以上なのかは、未知数じゃん」

「……なるほど」

 思わず言葉が出た。そういう考え方もあるのか。

「まぁ……今の場合は、まずお前と伊原の中を深めないとな……」

「そうだよなぁ」

 本堂先輩にフラれた伊原。泣いている彼女に俺は以前、ハンカチを渡したことがある。この程度じゃたまたま居合わせて気まずいから、ハンカチをとりあえず渡したっていう解釈をするほうがほとんどだろう。

「頑張れよ! 恋する少年」

 駿は俺の肩をポン、と叩いて俺と別れた。

 

 帰宅してカバンを置く。ベッドにすぐ寝転んで、意味もなく携帯電話を触ってみた。

「恋する少年……ねぇ」

 そんなにいいもんかな、今の俺。ただ単に自分の想いを伝えられもせずにヤキモキしてる、中途半端な男じゃないの?

(まぁ……今の場合は、まずお前と伊原の中を深めないとな……)

「どうやったら深まるんだよ。そもそも接点少ないのに」

 俺はなんとなく落ち着かなくなって、とりあえず駿に電話をしてみることにした。

「出ないじゃん。塾か?」

 いや、あいつは木曜日だけのはず。今日は火曜日だ。

「夕飯食ってんのか?」

 10回ほど発信音が鳴り、プッと音が聞こえてようやく繋がった。

「あ、もしもし? 右川だけど。ちょっといい?」

 俺は間髪要れず続ける。

「さっきはありがとな。ところでさ、お前さっき伊原と俺の仲を深めないと……みたいなこと言ってたろ? あれ、どうすりゃいいんだ? いきなり電話ってウゼェから、やっぱメールかな?」

「……。」

「もしもし?」

 なんだよ。なんで何にも喋らないんだ?

「聞いてる?」

「う、うん。聞いてる?」

 へ?

「だ、誰?」

 声が高い。駿じゃない?

「えと……い、伊原だけど……」

 へ?

 イハラ?

 伊原!?

「えぇ!?」

 俺は携帯を耳から放して発信先を確認した。ディスプレイには「通話中 伊原」の文字。

「あ……」

 恥ずかしくなって言葉が出ない。

「わ、悪ぃ! 掛け間違えたみたいだ! い、今の話、なかったことにしてくれよ!」

「なかったことにするの?」

「お、おう」

 気まずい沈黙。しばらくして、伊原からその沈黙を破った。

「どっちを?」

「え?」

「どっちを、なかったことにするの?」

 選択肢なんかあるのか?

「どっちって……」

「右川くんの話をいま、私が聞いたことをナシにするの?」

 そうそう。できればそっちを。って、他にないだろ!

「それとも、右川くんが私を……」

 伊原は少しためらったが、こう続けた。

「右川くんが私を、好きだってことを、なかったことにするの?」

「……。」

 ダメだ。もう、バレてる。最悪だ。てっきり駿に電話していたつもりなのに。俺は意図せず、何の脈絡もなく伊原に……告白してしまった。

 ダメだ。俺が伊原を好きだってコト、なかったことにするのか?

 ありえない。

 だって、俺……。

「で、できないよそんなこと!」

 声に出た。もう、なんとでもなれ!

「俺がお前を好きだってコト、なかったことになんかできるかよ!」

 どんどん言葉が出てきた。俺の胸のうちにこっそりしまっていた想いが、洪水のように溢れ出てくる。

「俺は袴田中学に入学した時からお前のこと、好きだった。髪の毛綺麗だし、美人だし。外見だけじゃなくって、内面も最高。人への気遣い最高だし、言葉のひとつひとつがその相手に対して気持ちをしっかりと汲んで言ってることだってわかるし」

 思い出していた。

『右川って、何でいつもそんな風に人を睨んでるような目つきしてんのさ』

 中学時代のクラスメイトの、何気ない一言。それ以来、俺は人と目を合わせるのが極端に怖くなった。先輩にも絡まれたのは、その頃だ。そんな俺の世界を一気に変えてくれたのは、伊原。君だった。

『ねぇちょっと! 人と話をするときは目ぇ合わそうよ』

 俺はその後、続けた。俺と目を合わせると、みんな怖がったり嫌がったりするから、そんなことできないって。お前は続けた。

『そんなの、言わせておけばいいじゃない。そんなコトいう人たちと、右川くんが仲良くする必要なんてないと思うけど?』

 だけど、やっぱりそういうことでトラブルになることだって多い。仲良くする以前の問題だ。

『別に友達多いのがいいとは思わないわ。少人数で深く深く、付き合うのもアリだと私は思うけど?』

 そんなこと、考えもしなかった。それ以来、俺は狭く深く、友人付き合いをすることにした。まず、吹奏楽部に入った。吹奏楽部のメンバーとは、自分を吐露し、素をさらけ出して狭く深く仲良くすることにした。

 だけど伊原。

 君とは狭く仲良くなれたけど、深くはなれなかった。俺の気持ちをいつか知られるんじゃないかって思うと、怖かった。

 だけど、もう今、後戻りはできない。

「俺は……お前のそういうとこ全部、好きだ!」

『……。』

 気まずい沈黙。

「ゴメン……。急にそんなこと言われたって、困るよな」

『……。』

 応答なし。そりゃそうだよ。

「悪い。やっぱり、聞かなかったことに」

『ちょっと待ってよ』

 伊原がようやく、口を開いた。

『右川くんってさぁ、いっつもそう』

 へ?

「何が?」

『変わってないよね。根本的に。人の目を見て話さないことは減ったけど、人の話は相変わらず聞かない』

「え?」

『鈍い人だな~』

 伊原がため息を漏らした。 

『覚えてる? いつか私が……別に友達多いのがいいとは思わないわ。少人数で深く深く、付き合うのもアリだと私は思うけどって言ったの』

 覚えてる。それ以来、俺はそれを心がけてきたんだから。

『こないだ……本堂先輩にフラれたとき、右川くん……私にハンカチ貸してくれたよね?』

「うん……」

『私あの時……初めて、あなたのことをもっと知りたいって、思った』

 え……。

 そ、それって。

『どう? 右川くんは私のこと、好き。もっと知りたい。そうだよね?』

 クソッ。恥ずかしいけどバレている以上、隠しても仕方がない。

「あぁ」

『私も』

 ……はい?

『私も、あなたのこと、もっと深く知りたくなった』

 そ、それって。

『付き合おう。私たち』

「……。」

 で、でも……。

『いま、右川くんが考えてること、言おうか?』

「え?」

『俺を本堂先輩の代わりにしてるんじゃないか? どう? 図星?』

「うっ……」

『私も初めはそう思った。でも、私……本堂先輩のこと何も知らずに一方的に好きになってた。そんなの、初めからダメに決まってるよね』

「……。」

『私、右川くんにいろいろ教えてほしい』

「……。」

『どうやったら、あんな風に泣いている人にハンカチ渡せるのか……とかね』

 ボッと俺の顔が赤くなった。

『ね! 今から会おうか!』

「え? もう7時半だぜ?」

『大丈夫! まずはやっぱり、お互い面と向かって話さないと! よし、市役所公園で待ち合わせしよう!』

「……。」

『OK?』

「あぁ!」

 俺は元気良く答え、部屋を飛び出した。家の電話の横を通った時、俺の走ったせいで起きた風が、連絡網をハラッとめくれ上がらせた。

 伊原-右川-加藤……。

 線だけで繋がっていた、俺たちの名前。


今は見えないけれど、確かな絆で繋がっている。









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