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46♪ 男子と女子の事情~後編~



-Side 春樹-

 俺も絵美も、沈黙のまま時間ばかりが過ぎていった。外からソフトボール部の掛け声や、野球部の球を打ついい音が響いてくる。春の空気はやわらかいせいからか、普段よりも音を素直に運んでくれる。

「あのさ」

 絵美がようやく口を開いてくれた。

「うん?」

「私たちって……どうなんだろう」

 それ、どういう意味?

「私たち……周りから、生ぬるいって言ったら変だけど……。普通のお付き合いしてるカップルとは少し、違うように見えるのかな」

 普通って……何?

「普通って……なんだと思う?」

 俺は絵美に聞いてみた。

「え? 普通?」

「うん。普通」

 普通は。一般的に。通常は。

 よく聞く言葉だった。歴史でも一般的には。政治でも一般的には。一般的にはこう言われています。俺はそういう枠組み作りが嫌いだった。一般とか、普通とか、通常とか。それって何なのさ。

 普通の高校生?

 普通の音?

 一般的な音楽作り?

 何それ。何でもかんでも一般化してどうすんのさ。意味あんの?

「普通って……なんだろう」

 絵美が真剣に頭を抱えて考えている。俺は俺なりの考え方を絵美にぶつけてみた。

「普通ってさ、恋愛には当てはまらないんじゃないかな?」

「……。」

「翔と慎也ってさ、いつも朝倉さんと田中さんと別れるとき、キスしてんだって」

「えぇ!? キ、キス!?」

 絵美が真っ赤になった。

「それがアイツらの、普通」

 言っている俺もなんだか恥ずかしい。

「他にも、俺たちには考えられない普通がいっぱいあるよ。絵美が知らないだけ」

「どんな普通?」

 絵美は意外と興味津々のようだ。

「大谷さんは、相田くんが見える教室を毎日、翔に選んでもらってパート練習をする」

 俺はいろいろ知っている。いろんな子から相談を持ちかけられる。絵美にだけだったら、言うのも許されるんじゃないかな? 勝手だけど、俺は皆にゴメンと謝ってから、続けた。

 メグは俺を下の名前で呼ぶのが普通。絵美にとっては、俺を春樹と呼ぶのに半年かかった。

 みーやんは宮部さんとパート練習をするのが普通。高音楽器と低音楽器が一緒に練習なんてなかなかないけど、二人はそれが普通。

 トミと中野さんは、家庭科の時間にコッソリ忍び込んで授業を一緒に受けているのが1年生のときは普通だったらしい。

 俺たちにはドイツもコイツも全然普通には感じない。でも逆に、大谷さんにもメグにも、みーやんにも宮部さんにも、トミにも中野さんにも、ましてや翔、慎也、朝倉さん、田中さんにとっては、俺たちの普通は普通ではないのだろう。

「春樹は……普通がいいの?」

 絵美が心配そうに聞いた。

「いや……。俺たちは、こういうマッタリしたのが普通だって、俺は思ってる。だから、今さらこうした雰囲気を変える気はないよ」

「そう……」

 絵美の顔が曇った。マズいよ、こういう雰囲気。

 こんな雰囲気になったとき、普通はどうするんだ? 俺、恋愛小説も漫画も読んだことがないから、もうどうしたらいいか全然わかんない。

 不意に、翔が昨日、朝倉さんと言い合いしていたことが頭の中をよぎった。


「信じらんない! 普通さぁ、彼女のことをそんなにアホアホ言うもの!?」

「うるさいなぁ! 普通なんて、オレには無用じゃ!」

「何様!? バッカじゃないの!?」

「何やと!? 普通お前も彼氏に向かってバカバカ言うかぁ?」

「うるさーい! 普通なんて、アンタが無用ならあたしにだって無用よ!」


 普通なんて無用だ……。

 普通なんて、無用だ……。


「絵美」

 俺は、普通をぶち破ることにした。もちろん、俺が破る普通は、皆が考える普通じゃない。俺たちの普通だ。

 絵美が振り向いた瞬間に、俺は絵美の唇に自分の唇を重ねた。

「……。」

「……ゴメン」

 絵美は真っ赤になっていた。おまけに、涙を目にいっぱい浮かべている。

「びっ」

 絵美が上ずった声を上げた。

「ビックリした……」

「……俺も自分にビックリした」

「……。」

 絵美はしばらく呆然としてから、ようやく次の言葉を言った。

「悪くないね」

「何が?」

「キス」

 その言葉に俺は真っ赤になってしまう。

「ねぇ!」

 絵美が俺の手を引く。

「私たちも早く、普通のカップルになれるといいね!」

「……うん!」

「皆に謝りに行こう。私たち、幼稚すぎたって」

「おう!」

 俺と絵美は手を繋いで階段を駆け下りた。遠くから「エミリーン!」「春やーん!」という聞き慣れた声が届いてきた。


 俺たちの世界は、普通に一歩近づいたかな?








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