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44♪ Pass me the ……


 彼は3年E組だった。

 私は、3年F組だった。

 つまり、これはクラスが違うということになる。

 でも、体育の割り振りはこういう感じ。

 A&B。C&D。E&F。以下省略。

 つまり!

 私と彼は体育では一緒になれるということなんですよ~!

「サキティ、顔が緩みっぱなし」

 お昼休み。私はクラスメイトの朝倉 陽乃と宮部由美子にそう言われた。

「さては、次の体育が楽しみで仕方がないんだね?」

 陽ちゃんの言葉に思わず頬が緩む。

「あーあ。いいよなぁ、サキティは。あたしも恋したぁーい」

 由美ちゃんがジャムパンを頬張ってだらしなく言った。

「またまたぁ。どうなのよ、由美ちゃん?」

 私はあえて聞いてみた。

「何が?」

「み・や・け・く・ん・と!」

 あっという間に由美ちゃんの顔が真っ赤になる。

「や、やだなー! 別にあたしたち、そういうつもりは……」

「あれぇ? あたしたちじゃなくって、あたしの間違いなんじゃないのー?」

「どういうことよ?」

「三宅くんは案外、由美ちゃんに告白する気マンマンだったりして!」

「やだぁ! もう、そんなことありえないありえない!」

「わかんないわよー? 今日か明日あたり、危ないかもねぇ?」

 由美ちゃんをおちょくっていると面白い。私はいつも陽ちゃんと一緒になって由美ちゃんをおちょくるんだ、昼休みはこうして。

「あのさぁ」

 聞き覚えのある声が耳に届いた。

「あ、川崎くん! ヤッホー!」

 陽ちゃんがご機嫌で挨拶をする。

「ヤッホーじゃなくて……男子、そろそろ着替えるんだけど」

 ふと気づくと、女子が全然いなくて男子ばかりになっていた。

「ギャー! 大変!」

 陽ちゃんが慌ててお弁当箱をしまい、体操服入れをむしり取って教室を飛び出した。

「ひどーい! ちょっと待ってよ!」

 私と由美ちゃんも慌てて後を追った。

「キャ!」

 教室を出てすぐに、誰かに激突した。

「っと……あぶね~」

 相田くんだった。

「何やってんの、(おお)チャン」

 大チャン。大谷の「大」を取って、相田くんは私をそう呼んでいる。

「あ、慌ててて……ゴメン!」

「いいよいいよ。ってか、体育一緒だな。ヨロシク」

 早くも日焼けした顔で、ニッと笑う相田くん。歯が、真っ白だった。


「もう。サキティ、さっき相田くんと激突してからずっとあぁなんだよ?」

 由美ちゃんが陽ちゃんにブツブツ文句を言っているのが聞こえるけど、仕方がないじゃない。体育が好きな人と一緒って、舞い上がっちゃうものよ。仮に三宅くんと由美ちゃんが一緒になったら、ゼーッタイ由美ちゃんだってこうなっちゃうんだから。

 体育の先生の話なんて、全部右から左。もう私の脳内は相田くんの声がエンドレス・リピート。

「大チャン」

 あぁ、ほらもう。リアルに声が聞こえてくるように……。

「大チャンってば」

「え?」

「皆チームに分かれてるぜ」

「チーム?」

 何、それ。

「全然聞いてないじゃん! 今日は、男女混合でドッジボール。俺と大チャン、同じチーム」

 マージですかぁ! 

 あぁ、神様……。ありがとうございます。大谷 沙希17歳、今日ほど貴方様の存在をありがたく感じる日はありません!

 なんだけど。

 私、球技は全っ然ダメ! もう、運動音痴ゼロもいいところ。私はきっとお母さんのおなかの中に、運動神経を忘れてきたんだ。

 今日のドッジボールも多分、2秒で外野行き。別に初めから外野へ行けばいい話なんだけど、相田くんと一緒にいれる時間をみすみす犠牲にして、外野なんかに行くことは考えられない!

 というわけで、私は内野。

 ヤッター! 相田くんと一緒だぁ……!

 ゲーム開始。ちなみに、反対側のコートには川崎くんと由美ちゃん、陽ちゃん、エミリンの姿。あぁ……吹奏楽部でこちら側にいるのは私だけなのね。寂しい。なんちゃって。

「うひゃああああ!」

 ボーッとしていたら、川崎くんの投げたボールが私に向かって飛んでくる。バシッ!と大きな音がして私の肩にボール直撃!

 痛いなぁ。そんなんじゃ、モテないぞ川崎 慎也。いや、別にミサッチという彼女がいるんだからもうモテる必要はないだろうけど。

 あぁ、あえなく大谷 沙希、外野行き……。

 ザザザァーッとすごい音がした。

「ウォー! やるじゃん、相ちゃん!」

「セーフ!」

 相田くんが私に当たって斜め上に飛んだボールを、スライディングして受け止めた。

「大チャン、セーフ!」

 ニッと笑う相田くんに、私はドキドキしてしまう。

「っしゃー! 反撃!」

 相田くんが投げたボールが、エミリンを直撃した。

「きゃー!」

「よっしゃ、もらい!」

 エミリンに跳ね返って私たちのコートに入ったボールを、相田くんがもう一度投げた。今度は由美ちゃんに直撃。しかも、女の子向けだから微妙に弱い球。コントロールしてるんだ……。あっという間に二人が外野へ移動した。

 その後も、男子とたまに女子が投げるボールで、お互いのチームがいい勝負をしていた。私たちのコートは私、相田くん、バレー部の稲峰(いなみね)くん、美術部の西(にし)()くん、陸上部の(おか)さん、剣道部の石森(いしもり)くんと生徒会執行部の斎条(さいじょう)くんの7人だった。

 対する陽ちゃんチームは女子が陽ちゃんと(すず)(ひがし)さんだけ。後は野球部の(ほん)()くんにバスケ部の松坂(まつざか)くん、()(とう)くん、体操部の針本(はりもと)くん、新聞部の()(とう)くん、そして川崎くんの8人だった。

 すぐに石森くんが張本くんを当てた。ところが、厚東くんが意外な素早さで反撃。西尾くんが外野へ。その恨み(?)を晴らすべく、丘さんが男気丸出しで川崎くんのおなかに剛速球をお見舞い。その後は鈴東さんと丘さんの、チームワークを無視した連投が続いて丘さんがリタイア。その後に稲峰くんが鈴東さんをノックアウト。私はというと、しゃがんだり飛び跳ねたりして逃げ回ってなんとか凌いでいた。

「ヤー!」

 陽ちゃんが斎条くんの球を背中に受けてリタイア。残るは私側が私、相田くん、斎条くん、稲峰くん。相手チームが厚東くん、松坂くんの二人。

 どうでもいい話なんだけど、松坂くんはイケメン。まぁ、相田くんには負けるけどね。でもなんていうか、バスケ部なのに背はあんまり高くないし、ブスッとした感じなので人気もイマイチ。

 なんて油断していたら、動きがもの凄く俊敏だった。あっという間に稲峰くんと斎条くんが当てられてしまった。しかも、その球の速さときたら野球部の相田くんや本田くんを上回るくらいのスピードだった。

 松坂くんは表情一つ変えず(怖い!)、私に狙いを定めた。しかも、遠慮ナシの剛速球。やだ! めちゃくちゃ痛そう!

 怖いボールって、よけられないんだ。私は思わず直立不動になって凍り付いてしまった。

「!」

 相田くんが私の真ん前に立って、ボールに当たってくれた。

「セーフ!」

「で、でも……」

 走り回った相田くんは汗だくになっていた。

「いいじゃん!」

「なんで……」

「ほい」

 ボールを渡された。

「負けるも勝つも、どっちでもいいからさ。最後の一人ずつだろ? 真剣勝負」

「……。」

「頑張れ、大谷」

 苗字で呼ばれて、ドキッとした。

「うん」

 外野からは「頑張れ! マツ!」という声と「サキティ! しっかりー!」という声が交互に届く。

 季節はずれの大汗をかいた相田くん。その相田くんの汗が、ボールに少しついていた。嫌じゃない。

 力を入れて、思い切り投げ――ようとして、相田くんの汗で私の手からボールがスルッと抜け落ちた。

 というよりも、上のほうへ見事に吹き飛んだ。行き先を失ったボールはあれよあれよと不安定な動線を描く。松坂くんが慌ててそのボールを受け止めようとする。

「よっしゃ!」

 小さく松坂くんが声を上げるのが聞こえた。

 一瞬、すごく静かになった。けど、その沈黙を破ったのは他でもない、松坂くんだった。

「痛って――!」

 松坂くんの悲鳴が響いた。

「え?」

 突き指だった。見事受け止め損ねた松坂くんは突き指というオマケつきで、外野行きとなったのだった。


「お疲れ、サキティ」

 由美ちゃんと陽ちゃんが駆け寄ってきた。

「スゴいよね! サキティのおかげで、最後勝ったんだもん!」

「いや~……私、何もしてないよ。逃げてただけ」

「そんなことないよ! ねぇ、購買でジュース買って行こう?」

「あ、私今日片付け当番だから、先に行ってて!」

「待つよぉ? それぐらい」

「いいのいいの! ほら、早く行かないとロイヤルミルクティ、売り切れるぞ!」

「あ! サキティの分も買っとくね!」

「よろしく~」

 二人を見送ってから、私は体育倉庫へとボールを片付けに向かった。

「あ……」

 相田くんがいた。

「ウッス! お疲れ」

「お疲れ様」

 沈黙が続く。

「置いとけよ。俺が片付けとく」

「でも……」

「ロイヤルミルクティ、売り切れんだろ?」

「聞いてた?」

「丸聞こえ」

「えへへ……」

「俺にも今度、買ってくれよ」

「ロイヤルミルクティ?」

「おう」

「了解。今度はゲットするから」

「よろしく!」

 私はブイサインを作ってからわざとゆっくり、歩き始めた。君と二人だけの時間を、もっと過ごしたい。そう思うから。

「大チャン」

 振り向いた。

「行くぞ!」

「え?」

「ゆっくり投げるから!」

 今日使ったドッジボールが飛んできた。私のほうへゆっくりと飛んできて、うまく私の手に収まった。

「……!」


 ボールに紙が貼ってあった。





 好きです。付き合ってください。




「……。」

 わかってる。これは、君からのパスだって。

 私はこのパスを待っていた。

 私からパスすることも考えたけど、怖くてできなかった。

 でも、今、私はこのパスを受け取った。

 ちょうど、出欠票を書くためのボールペンが足元にあった。私はそれを手にして返事を一言書き、すぐにパスを返す。

「行くね!」

「おう!」

 私の力ないパスでも、相田くんは受け止めてくれた。

 そのパスを見て、ニッと相田くんが笑う。

「ありがと」

 次の言葉を聞いて、私は真っ赤になった。

「沙希」









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