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3☆ 弦の貴公子

「三宅くんって、話しづらい」

 こんなこと、初対面で言われる筋合いないんだけど。

 俺の名前は()(やけ) 亮平(りょうへい)。このたび、七海高校に入学しました。1年A組になったんだけど、まぁあんまり初対面の人と接するのが得意ではなくて。話も途絶えちゃうし、笑顔(そう、作り笑顔ですら)もなかなか作れない。なので、入学4日目にクラスメイトに言われたのが、この「三宅くんって、話しづらい」だった。しかも、これ言ったの女子です。

「まぁ女の子ってキツい印象あったけどな〜……」

 ため息が出る。俺は中学校から吹奏楽を続けてきたので、女の子のいろんな面を見てきた。表では仲良くしといて、その子がいなくなった途端悪口言ったり、あからさまに避けてきたり。いったいどういうつもりなんだか、俺にはサッパリわからない。

「部活案内配ります」

 先生の声が聞こえる。別に、案内もらわなくても俺の入る部活は決まっているようなもんだけど。母親は「できたばっかりの部なのにいいの?」とか言ってるけど、俺としてはそのほうがいい。変なしがらみとか伝統とかないだろうからね。

 その日の放課後、すぐに音楽室ヘ向かった。やっぱり初めてのところへ行くのは緊張する。

「あの〜……」

 コッソリ戸を開けると、フルートを持った先輩二人がいた。

「はーい! あ、1年生?」

「あ、はい。1年A組です」

「そっかそっかー! 楽器は?」

「弦バス経験者です」

「弦バス? 弦バスって何? サキティ」

 なんだこの人。弦バス知らないのか。そんなに目立つ楽器でもないかもしれないけど、吹奏楽やってるなら知っといてほしかった。

「さっき本堂くんが一所懸命出してたじゃない。ほら、デッカいヴァイオリンみたいなの」

「あー! あれね!」

 デッカいヴァイオリン。表現が気に入らないけど、発音が良かったからヨシとしよう。

「それで、本堂くんは?」

 サキティって人にまだ名前を聞いてない人が喋る。なんだかホワワ〜ンとした、掴みどころのない人だ。

「さっき勧誘に行ったから今は留守よ。それに、水っちも今日は欠席」

 サキティって人がクールに言い放つ。何だそれ。バスパート誰もいないのかよ。どんな部だよ。

「えー? じゃあバスパ欠席者と行方不明者しかいないの〜」

 なかなかヒドい言われようだな。ま、楽器触れるし大丈夫なんだけどね。つか、誰もいないじゃん欠席と行方不明じゃ。

「仕方ない。由美子、彼のこと任せていい?」

「わかったー! おいで弦バス君」

「あ……三宅っていいます。お願いします」

「オッケー! こっちこっち」

 名前がわからないじゃないか。自己紹介してくれよ。

「ちょっと、由美子。自己紹介しといてよ。彼、名前がわかんないじゃない」

 サキティという先輩が由美子とかいう先輩に釘を刺した。

「あ! そうだった。ゴメンね、あたし、2年生でフルート吹いてる宮部って言います。ヨロシク!」

「宮部先輩ですね。よろしくお願いします」

「先輩……! いいなぁ、この響き」

 宮部さんは目をキラキラさせて一人、何か違う世界へ飛んでいってしまった。本当に大丈夫なんだろうか、この部。


「へ〜……明らかにあたしより上手いね」

 宮部さんは弦バスを弾く俺をマジマジと見つめながらため息混じりに呟いた。

「いつからやってるの?」

「中1からです」

「へ〜。あたしも中学からやっておけば良かったと思う、今日この頃」

「え? 高校からなんですか?」

「そうなの。だからまだまだヘタっくそでさぁ」

 知らなかった。2年生が10人で3年生がいないのは知っていたけど、初心者がいるんだな。となると、なかなか演奏レベルって微妙じゃないの?

「2年生で初心者の方ってどれくらいいるんですか?」

「部長とさっきのサキティ除いた全員だよ」

 マジかよ。何だこの部、ホントに。さっきからビックリさせてくれるなぁ。でも、去年の演奏会か何かで、停電した真っ暗闇な会場なのに10人で見事に演奏したとか何とかいう話を聞いた。きっと、上手い人ばっかりだろうと思っていたから拍子抜けだ。

「それより、ホラ、なんだっけ? 弦バス? 自由に弾いていいよ」

「ありがとうございます」

 弦バスに触れてみる。うん。悪くなさそう。弾いてみると、弓も弦もしっかり手入れされている。長年休止状態だったこの部で、いったい誰が手入れをしていたのか不思議なものだけど、まぁこんないい楽器めったに弾かせてもらえないし。

 曲を弾きたいんだけど、この宮部さんって人が凝視してくるのでなんだか恥ずかしくて思うように弾けない。

「あ、ゴメン。こんなに見てたらやりづらいよね」

「いえ……」

 まぁ、実際そうなんだから気づいてくれたならよかった。

「じゃああたしもここで吹くから、気にしないで練習して」

「はい」

 宮部さんはフルートを部室から持ってきて、ロングトーンっていう、音を伸ばす基礎練習を始めた。まだ吹き始めて1年ちょっとしか経っていないにしては、音が安定してるな。

(ま……これで気にせず弾けるな)

 何を隠そう、俺はジブリ映画が大好き! ジブリ映画になるとテンションがおかしくなりそうなほど。とりあえず一番いいのはやっぱり『となりのトトロ』でしょ。でも『天空の城ラピュタ』もいい感じだ。それに『君をのせて』がジーンとさせるんだよな。うまくマッチしてるっていうか。監督こそ違うけど、『耳をすませば』も大好き。通称『耳すま』とも言ったりする。耳すまみたいな恋愛、そうそうないだろうけど。

 とりあえず、となりのトトロで「まっくろくろすけ」が森へ移動するときに流れる『風のとおり道』でも弾こうか。たまに「通り道」って書く人がいるけど、俺は「とおり道」のほうが正しいと思ってる。こういう小さいコダワリも大切なんですよ。

 弾いているうちに、いつのまにか音が俺だけになっていた。後ろを向くと、宮部さんがジーッと俺のほうを見ている。

「上手いね〜、ふつうに」

 それ、さっきも同じようなこと言ったよね?

「まぁ……中学からやってますし」

 間違いない。同じ答え方したぞ。

「ね、それって『風のとおり道』だよね?」

「そうですよ」

「今ね、ちょっと音色の研究してて、フルートソロ集っていうの練習してるの。それに載ってる曲なんだけど、なんか一人じゃ寂しくってさ。よかったら一緒に弾いてくれない?」

「いいですけど、それ調一緒ですか?」

「え? どうなんだろ……」

 ト音記号とヘ音記号じゃわかりにくいのかもな。

「あ、同じですよ。一緒にします?」

「いいの!?」

「一人じゃ退屈でしょ? 先輩も」

 うわ〜。なんか上から目線。怒られそう……。中学でも、これが原因でケンカになったっけ。

「やったー! 弾こう弾こう!」

 天然なのか? あまりそういうのを気にしない人なのか? 怒られなかった。

 音楽室には、俺と宮部さんだけ。高音楽器と低音楽器。1年と2年。奇妙なデュオが始まった。でも、すごく新鮮。なんだか、居心地がいいというか、気持ちいい。

「やっぱ楽しいね〜! 一緒に合わせると」

「そうですね!」

 久しぶりにテンションが上がった。いつもは一人で演奏していたほうが楽、とか思ってたのに、今はなんだか気分が違う。ちょっと汗もかいてる。珍しいな、俺がこんなに熱くなるの。

「ね! 明日も来る!?」

「え……?」

「もうこの部、入るでしょ!?」

 ずいぶん展開が速いな。でも……。

「はい!」

 

 言葉が考える前に出ていた。この人と、もっといろんな演奏をしたい。


 その気持ちがなんだったのかに気づくのは、もう少し後。


 開け放った音楽室の窓から、春風が吹き込んできた。ここで、頑張ってみようかな。





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