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43〇 おもひでの河原


 前から思ってたんやけど、あたし、なんかこの河原……見覚えがあるねんなぁ。

「どないしてん、綾音。川のほうばっかジーッと見て」

 兄の翔が買い物袋片手にあたしを呼ぶ。今日は両親が留守。おばあちゃんもお花のお稽古友達と一緒に横浜へ出かけてるので、家におるのはあたしとお兄ちゃんと弟の智輝だけ。

「ううん……」

「早く帰ろうや。もう12時やし、はよ帰らんと智輝がうるさいからな」

 お兄ちゃんが先を歩き出す。あたしは気になって聞いてみた。

「お兄ちゃん」

「なんや?」

「あたしたち……七海市に遊びに来たこと、ないよな?」

「なんや急に」

「いや、あたし……このつくし野川の土手っていうか、河原、来たことあるような気ぃしてさ」

「デジャヴってヤツちゃうんか、それ」

「デジャヴ?」

「おう。既視感。既に見たことがあるような気がするってこと。どっかで見たことあるねんけど、それがいつどこで見たのか思い出されへんなぁ……っていうようなこと。でも実際には経験してなくて、夢とかで見たことを勝手に経験したって思い込んでるらしいで」

 2歳違うだけでこれだけ知識が違うんか。あたしはちょっとお兄ちゃんを尊敬した。

「んで? 河原で何しに来とったような記憶があるん、綾音は?」

「え?」

「気になるやんけ」

「き、気にするほどの内容ちゃうよ! ほら。智輝待ってるんやろ? はよ帰ろう」

 あたしはワザとらしいくらいの明るさでお兄ちゃんの持っていた買い物袋をひとつ奪い、先を走り出した。

 いつからかわからへん。いつからかわからへんけど、あたしには好きな人ができた。中学から同じ。同じっていうか……あたしは中2からその中学校へ転校した。七海市立葉島中学校。彼とはそこで初めて会った。

 朝倉 夏樹。

 クラスは中学の2年間、一緒やった。偶然やったけど、2年連続同じクラスやとお互いのこともいろいろわかってくる。まずわかったのは、彼のお姉さんとお兄ちゃんがこりゃまた偶然、同じクラスで同じ部活に(当時はサークルやったけど)入ったってこと。そこから、冬のコンサートとか一緒に出かける機会もチョクチョク出てきた。

 そしたらまぁ、いろいろ気ぃ遣ってくれる優しい子ってこともわかってきた。でも、あたしにはそれだけではない気もしてきた。

 どこかで彼に会ったことがある気がする。

 気のせいと言われれば、それまでの話やねんけど……。ちょうど、こういうつくし野川の河原みたいな場所で、今より季節はもう少し後――タンポポの咲く頃に、二人で座ってなんか話してる。

 しばらくしたら、彼がフーッとタンポポの綿毛を吹いた。それがあたしのほうへ飛んできて、あたしの髪の毛が綿毛だらけになって、彼が笑う。

 そんな記憶……いや、既視感。

「綾音」

 お兄ちゃんに呼ばれてハッと我に帰る。

「なんかボーッとしとんなぁ。大丈夫か?」

「だ、大丈夫!」

 何やろ。何かちょっと……センチメンタルな感じ?

 アホみたい。

 早く帰ろ。


 携帯電話が突然鳴り出した。

「んー……」

 気づくと、ソファでうたた寝をしとったみたい。ご飯終わってから、智輝は友達とサッカーをしに公園へ出かけた。お兄ちゃんは部活の友達、あたしも知ってる川崎さん、水谷さん、本堂さんと遊びに出かけた。

「朝倉さんとデートは?」

「アホ! アイツらはアイツらで、遊びに行ってるんじゃ」

 なんやつまらんなー。デートせぇへんのか。まぁ、毎日会って部活一緒やったら、そうそうしょっちゅう一緒にもならへんのかもなぁ。

 誰かからのメールかと思ったら、宣伝メール。そんなしょーもないことで起こさんといてほしかった。

「あ~……まだ2時かぁ」

 休日っていうのは、長い。あたし、高校では吹奏楽部に入ろうと思ってる。中学時代は転校して部活に入るのもなんか、中途半端な気がして入らんかった。その分、休日めっちゃ暇。みんな部活やってたし。

 高校では仕切りなおしっていうか、中途半端ではないと思う。お兄ちゃんがサックス吹いてるのん見てたら、普通にカッコよかったし。

「アー! 一人ってものすっごい退屈。部屋戻ろう」

 自分の部屋に戻っても、することがない。勉強なんてしたくないし。高校入るまでに仕上げんとアカン課題はあるけど、まぁ数学と化学以外終わってるし。数学なんか別にえぇやん。ギリギリにやってもちゃんとやっても、あたし数学嫌いやから空欄の多さは変わらへんし。

「だーれーかーあーそーぼー!」

 揺り椅子をしながらそんなことを言ってたら、椅子がバランスを崩してあたしは思い切り椅子ごと後ろへ倒れた。

 ものすごい音がしてちょっと頭を打った。

「いったーい……」

 ちょっと空しい。衝撃で机が揺れて、バサバサと本が落ちてきた。

「もう! アホみたい……」

 一冊、やけに分厚い本があった。

「アルバム……?」

 最近は開けた形跡のないアルバムが落ちてきた。お兄ちゃんが――あたしとは血が繋がってないとわかってから、なんとなくウチのアルバムは開けてない。全然考えたことなかったけど、ウチのアルバムにはお兄ちゃんが赤ちゃんの頃の写真ってのが、全然ない。そりゃそうやろうな。お兄ちゃん、その頃は全然違う家族と一緒やってんもんな。

 ショックやった。なんでもないフリしてたけど、アカンかった。心の中がグルグル、なんか渦みたいなんが巻いてて、モヤモヤしてばっかりやった。でも、こんな重いこと、誰にも相談できへんかった。

「何か最近、元気ないことない?」

 唐突やった。朝倉が、そんなことを言ってきたのは。

「べ、別に!」

「そう?」

「うん……」

「ま、なんかあったらいつでも言えよ」

「うん」

 そう言うて、朝倉はアッサリ友達と教室を出て行った。

「はぁ~……」

 ため息をついて机の上に顔を伏せた。そしたらまた、朝倉の声。

「やっぱなんかあるんじゃん」

 ビックリして飛び起きた。

「俺でよかったら、話聞くよ?」

 あたしの涙腺はそこで一気に崩壊した。


 つくし野川で、話をすることになった。あたしは友達とかに勘違いされたくないから、もっと別の場所でってお願いしたけど、朝倉は別にいいって言うて、結局この場所になった。

「そ……っか……」

 重すぎた。朝倉も言葉が途切れ途切れになる。

「……佐野はさぁ」

「何?」

「お兄さんのこと、好き?」

「はぁ?」

「あ、ラブじゃなくって、ライクな」

「何を言うてんの……」

「俺はお姉ちゃんのこと、好きだぜ」

「うわ、大胆発言!」

「ラブじゃないぞ!」

 朝倉は顔を赤くして言った。

「わかってる!」

 いちいち恥ずかしい人やな。

「佐野はどうなの?」

「す……」

 顔が熱い。

「好き」

 朝倉はニッコリ笑った。

「だろ? だったら、別に血が繋がってようと繋がってなかろうと、お兄さんのこと、これからもお兄さんって思えるなら、それでいいじゃん。それ以上、何も考えることはないんじゃない?」

「……でも、なんか普通に接するようになれへんなってしまって」

「それは佐野が単に、そう思ってるだけじゃないの? 佐野さんは、別に普通だろ?」

 思いのほか、お兄ちゃんはあたしにも智輝にも、お父さん、お母さん、おばあちゃんにも普通やった。ドラマとかマンガみたいにありがちな、家を飛び出す……みたいなクサいシーンはなかった。

「うん」

「お兄さんが普通にしてる以上、佐野がお兄さんを避ける理由なんてないと思うけどな、俺は」

「……そっか」

「俺の……おばあちゃんなんだけど」

「何、唐突に」

「石川県にいるんだ」

 石川県。ちょっと神奈川からやと遠いな。

「そこに昔、遊びに行ったんだけど、その時にできた友達が、なんかお前と似たこと言ってた」

「え?」

 ドキッとした。

「お兄ちゃんがいるんだけど……私、お兄ちゃんって呼んでいいのかなぁ?とか言ってたよ」


 あたしはハッと気づいてアルバムを捲った。

「あった!」

 あたしたちは昔、あたしが10歳くらいのときに石川県へ旅行に行ったことがある。それまでにあたしは小さい頃の写真を何度も見せてもらった。そこで気づいたのが、お兄ちゃんの小さい頃の写真があるときを境に、パッタリなくなること。5歳くらいまでの写真はあるのに、それ以前――それこそ生まれたての頃の写真がない。

 疑問はすぐに確信へと変わりつつあった。

 お兄ちゃんは、お父さんにもお母さんにも、おばあちゃんにも亡くなったおじいちゃんいもあまり似てない。ウチの家系は鼻がダンゴ鼻みたいな、丸い鼻になるのに、お兄ちゃんはシュッと高い鼻。子供なりに、不自然なことに気づいてしまった。

 でも、聞かれへん。

お兄ちゃん、あたしとホンマに兄妹なん?

そんなこと、怖くて聞かれへんかった……。

そんなモヤモヤした気持ちの中で、あたしたちは夏休み、旅行へ行った。行き先は石川県やった。

旅館の近くに、すっごい綺麗な川があった。あたしとお兄ちゃんと智輝は、その川に遊びに行った。お父さんは車の運転疲れたから昼寝。お母さんとおばあちゃん、おじいちゃんは温泉に入る言うてた。

その河原で、男の子3人と女の子2人のグループに会った。

「オレたちも入れてー!」

 お兄ちゃんは猪突猛進タイプ。人見知りゼロ。これはすごいとあたしも思う。

「いいよ!」

 女の子が笑顔でうなずいた。

「オレの名前、さの かけるって言います!」

「あたしは、あさくら ひなのです!」

「俺は、いしお たくや」

「私、つしま ともみです」

 あたしと智輝は緊張して言葉が出なかった。向こう側も一人、小声で名前を言った。

「あさくら なつきです」

 いつの間にか、あたしはその「なつきくん」と仲良くなっていた。そして、さっきの、つくし野川のときの話をしたのだ。

「あやねちゃんに、そんな暗い顔似合わないなぁ」

 なつきくんはタンポポをちぎって、フーッと綿毛を吹いた。

「ちょっと! やめてぇよ!」

 綿毛があたしの髪の毛に纏わりつく。

「アハハ! でも、オシャレじゃん」

「何よそれ、アホみたい!」

 なつきくんは立ち上がって言った。

「お兄ちゃんのこと、好きなんだろ?」

「うん……それは、そうやけど」

「だったら、いいじゃん。好きなんだー! それで、いい」

「……うん」

 この人は、あたしと同い年なのに考えていることがずっと大人やと、思った。それっきり、またね~とは言うたものの、会うことはなかった。


「この写真……やっぱり、朝倉と朝倉さん……なんかな?」

 別れる間際、お母さんに写真を撮ってもらった。その時の一枚が、まるで、つくし野川のあの河原にそっくりなのだ。

「ただのデジャヴじゃなかってんな」

 あたしは嬉しくなって、思わず笑ってしまった。

 あたしとお兄ちゃんの関係が、少し崩れそうになったとき、その状態を打開してくれるのはいつも、彼――朝倉 夏樹なんだと知った。

「嬉しいな~」

 あたしは嬉しくなって、写真をしばらく見つめていた。

 心が温かくなる。この気持ちが恋だなんていうのは、あたしは全然気づいていなかった。









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