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42☆ フォークダンス


「フ、フォークダンスゥ?」

 隣にいた秦野 恵梨が素っ頓狂な声を上げた。俺は、そんな声すら出ない。ただただ、呆然とするしかなかった。

 今日の体育は男子と女子の合同。それも、1年生全体で体育だ。こんな変な学校ありかよ。いや、いま実際にしてるんだから、あるんだけどさ。

 なんで学年単位で体育をやってるかって?

 実はこの七海高校、春休み前に学業成果発表会っていうのに1年生は毎年出演しないといけないらしい。市の教育委員会主催の行事なのだから、俺たちがどれだけ文句を言おうとどうしようもない。強制行事だ。

 毎年、演目が偏らないようにくじ引きが行われる。厳正なクジの結果、はい、おめでとうございます。我らが七海高校は、時代遅れとも感じられるフォークダンスに演目が決定しました。はい、おめでとうさん。

 めでたくねぇ……。

「おい、瀬戸」

 後ろから声を掛けられて俺はようやく気づいた。みんな、移動し始めてる。

「悪い悪い。行こう」

 俺はなんとなくやる気が出ないまま、第二体育館へ移動した。ちなみに、今までいたのは第一体育館。今回の学業成果発表会はフォークダンス。クラスの人数から、普通に組み合わせるのではないようだった。

 俺たち1年E組の人数は男子16名、女子18名。合計34名。この34名という人数が偶然にも、1年Ⅰ組と一緒だった。

 ちょっと、ドキッとする。

「亜紀~! こっちこっち!」

 その名前に心臓が飛び跳ねた。

「ゴメンゴメン! 体育館シューズ忘れちゃってて」

 ついつい、そっちに視線が行く。

「瀬戸っち」

 秦野の声に我に帰る。

「嬉しいんでしょ?」

「な、何が?」

「んもー! わっかりやすいんだからぁ」

 秦野は鋭い。俺の恋心に真っ先に気づいたのが、俺本人じゃなくて秦野なんだから、ビックリする。俺の呆然とした視線とか、漠然とした感情を彼女は読み取った。

「瀬戸っち、いつも亜紀ちゃん見てるよね~」

 そこで初めて気づいた。

 俺は、吉山 亜紀が好きなんだ……。


 最近、亜紀とうまくいかない。俺たち、付き合ってるけど、なんとなく部内では恥ずかしくて、俺のほうから距離を置いてしまってる。亜紀は、わりとノホホンとした性格だから、あまり気にしていないようだった。

 そう、思ってた。

 けど、違うかった。

 秦野や、井上に相談していたようだ。俺がよそよそしいと。だからなんだな。最近、秦野が「アンタたち仲良くやってんのぉ?」とか「もうちょっとイチャつけばいいのに!」とかいろいろ絡んでくるのが気にはなっていた。

 気づけば、毎日一緒に帰っていたのが亜紀のほうから俺を避けるような感じになってきていた。今日はエリリンと帰るね、という日もあれば塾があるから、と急いで帰る日もある。またある時は、妹が待ってるからなどという理由で帰る日もあった。

 俺はポツンと取り残される日が増えた。あぁ、そうなんだ。俺、亜紀に同じようなことをしてたんだな、とその時、思った。

「はい! ではE組とⅠ組は合同で踊ります。1年間、一緒に過ごしてきたんだろうから、まぁ知らない人もいるだろうけれど、これを機会に仲良くなるのもいいだろう!」

 訳のわからない体育の先生のポジティヴさに流されそうになった。そのままダンスの練習が始まった。

Ⅰ組っていうのは、教室で言えば西端。俺たちE組はちょうど校舎の中央。接点はほとんどない。だから、俺は相手を組む女子の顔をほとんど知らない。もしも、俺が吹奏楽部でなければ、あるいは亜紀が吹奏楽部でなければ、俺たちは出会うことがなかったのだろうか。

出会いっていうのは、本当に偶然と偶然が重なり合ってできることなんだなと思う。

「あの……」

 気づけばボーッとしていて、手を繋ぐタイミングだったのに全然違う方向を向いていた。

「あ、ご、ごめんなさい!」

 恥ずかしい。そもそも、もう16歳の男子と女子――お年頃の異性同士が大して仲良くもないのに、手を繋ぐこと自体、考えられない。

 体育館全体が、妙な雰囲気に包まれている。先生、気づけよ。俺たちの違和感に。普段のテンションと違うでしょ?

「はい! それじゃあ一旦休憩しようか!」

 やっと終わった……いや、終わってねぇけど。

「お前、ガチガチすぎ!」

 健之佑が肩を組んできた。

「別に……。そんなんじゃねぇよ」

「ふぅん?」

「何、その意味深な言い方」

「別に。俺さぁ、前から思ってたんだけど」

「何」

「お前、表情堅いよな」

「……は?」

「お前はクールな感じが売りのキャラ?」

「そんなんじゃ……」

「あれ? そうなの?」

「そんなんじゃないし」

「でもさ、見てよコレ」

 どこから持ってきたのか、健之佑はポケットから入学式の集合写真を取り出した。

「なんでお前がE組の集合写真持ってんだよ!?」

「さーて、なんででしょう!?」

 健之佑が走り出した。マズい! Ⅰ組のヤツらだっているのに、あんな写真見られたら恥ずかしくて恥ずかしくてやってらんない!

「待てよ、おい! 健之佑!」


「やだ、なんかうるさいと思ったら吹奏楽の男子じゃない」

 エリリンの声に気づいて顔を上げると、確かにウチの部の男子が体育館を走り回っていた。それも、野村くんと私の彼氏と来たもんだ。

「待てよ、おい! 健之佑!」

「へへへ! 追いつけるもんなら追いついてみろ~」

「男子ってさぁ、なんであぁも幼稚なんだろうね!」

 エリリンがおもしろそうに笑う。

「でもさぁ……優輝、私の前じゃあんな顔してくれない」

「亜紀……」

 沈黙が起きた。さすがのエリリンも言葉を失う。

「ほ、ほら! なんていうか……瀬戸くん、緊張してるんだよ~! なんていうか、ホラ! 初めてのお付き合いでしょ? まだまだこれからじゃない!」

「うん……」

 エリリンの言葉も右から左。

「暗いなぁ! 瀬戸くんはクールなキャラじゃない! 亜紀が笑顔で心を開いていれば、いつか瀬戸くんだって笑顔見せてくれるってばー!」

「そうかなぁ……」

 相変わらず優輝と野村くんは走り回っている。そのうちグルグル体育館の中を回って、私たちの近くへ来た時だった。

「うあー!」

 野村くんが派手につまづいて、持っていた写真を思い切り吹っ飛ばして落とした。

「なぁに~? 写真?」

 エリリンがその写真を拾う。

「なんだ。入学式の時のE組の写真じゃない」

 どれどれ。優輝はどこに写ってるのかな?

「ん? やだ、何この人! 一人だけ視線はずれてる~……あれ?」

 私も気づいた。これ……。

「うわあああああああああ!」

 優輝が滑り込んできて、持っていた写真を強引に私たちから奪い取った。

「み、見た!?」

「ゴ、ゴメン……見た……」

 優輝の顔が真っ赤になった。


「……この写真は」

 周りが一気に静かになるのはわかっていた。でも、いま言わなければ、亜紀との距離は埋まらない。そう感じた。

「あ、亜紀を見つけて、なんかこう、心惹かれて、亜紀のほう見てたら、写真撮られて……。写真屋も気づいていなくて、そのまま現像されて……」

「……。」

 亜紀の顔が真っ赤になった。

「お、俺……亜紀が、その、初めて付き合う人だから、どうしていいかわかんなくって」

「……わ、私も」

「本当か?」

 ビックリした。亜紀くらい可愛かったら、中学時代に付き合った人いると思ってたのに。

「初めてだから……なんか、素直になるのが恥ずかしかった……」

「……。」

 プッ、と笑ってしまった。

「俺たち、なんか、結局同じようなこと考えてたんだな」

「……ホント」

 周りに友達とかいることを気にせず、俺たちは誤解を溶いていく。

「おーい! 休憩終わり! 再開するぞー!」

 空気をまったく感じ取らない体育の先生が戻ってきた。俺たちに注目していた同級生がハッと気づいたように立ち上がる。

「亜紀」

 俺は手を差し伸べた。

「一緒に踊ろう」

「……うん」

 俺は亜紀の笑顔を久しぶりに見たことで、思わず笑顔になった。


 あ。


 そうだ。


 さっきのアレ、取り消していい?


 我らが七海高校は、時代遅れとも感じられるフォークダンスに演目が決定しました。


 これ、取り消しで。


 よろしくね。





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