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41☆ ラスト・プレゼント


「寒い……」

 別に、誰かを待っているわけではない。私は、結局何もできずにここに佇んでいる。

「……。」

 2月14日。この日は男女にとってみれば特別な日かもしれない。バレンタインデーだもの。でも、私にとってはもっと特別な日。

 私の幼なじみ。水谷 春樹の誕生日だ。

 小さい頃から誕生日プレゼントを兼ねて、チョコレートを渡していた。それがいつからだろう。単なる誕生日プレゼントで済ませることができなくなってきた。チョコレートの包装紙がどんどん、派手になっていった。ずっと買っていたチョコレートが、いつの間にか手作りになっていた。チョコレートだけではなく、マフラーがひっついていたり、ニット帽がついていたりした。

 でも、幼なじみは幼なじみ。

(ありがとー、めぐ!)

 いっつも軽いノリで済まされていた。

 違うんだよ?

 私はそう言いたかった。けど、言えなかった。

(ううん! だって、幼なじみだし!)

「バッカみたい……」

 なんで言えなかったんだろう。簡単じゃない。違うんだよ。貴方のことが好きなんだよ。ただそれだけだった。

 それで結局、私はチョコレートを永井先輩と一緒に作った後、先輩に背中を押されてこの場所――春くんの家の前までやって来た。

 春くんの家はアパートだ。お父さんが亡くなる前から、春くん一家はこのアパートで暮らしている。私の家は、そのアパートの斜め前。一戸建て。でも、築30年。春くんの家は築20年。古さでは私の家が勝った。そんなどうでもいいことで笑い合ったりした二人。懐かしくて、泣けてくる。

 いま、春くんの家は真っ暗だ。おばさんはお仕事で遅くなる日なので、春くんはこういうときは外食で済ませることもあるらしい。多分、今日は外食にしたんだ。おそらく、彼女であるエミリン先輩と一緒に。

 春くんとエミリン先輩は長い。もう、私が入部してしばらくしてからお付き合いしていたように思う。私の想いを伝えることはできなかった。

 永井先輩と話したとき、こう言われた。

(メグちゃんは、水谷くんにちゃんと気持ち、伝えた?)

 全然伝えてない。伝えても、無駄だと思っていた。だって、春くんにはもう……。

「……ックシュ!」

 寒いし、寂しいし、悲しいし。

 春くんが帰ってくるどころか、人っ子一人通らない。寒いもんなぁ、今日。それに、雪まで降ってきたし。

 あーあ。肩に雪積もってきちゃった。

 あと……30分待って春くんが帰ってこなかったら、帰ろう。

 チョコレートは……弟にあげようかな。(けん)()なら喜んで食べてくれそうだし。

「……。」

 結局、30分経ってしまった。

「あーあ。ばっかみたい」

 私は立ち上がって、肩に積もり始めた雪を払って家に帰ることにした。サクサクと雪の踏む音が聞こえる。

「あー! よく降るなぁ!」

 涙がこぼれそうになるのをごまかすために、私は上を向いて歩いた。でも、涙がこぼれても雪の上に落ちてしまえば見えない。大丈夫だ。

 どうせなら、雪の降る七海の街を楽しんでいこうじゃないか。暗い気分なんか、吹っ飛んじゃえ。

 春くんの家の斜め前という超近距離なのに、反対側に歩いてバカみたいに遠回りして、家に着いたのは9時前だった。

「ヤバ……。さすがに怒られるかな」

 なんだかんだ言って、遠回りしたりして春くんに会えることを期待していたんだな、自分は。

「……。」

 春くんのアパートを見つめる。部屋の灯かりは、まだ点いていない。

「……ばいばい、春くん」

 ゆっくり門を開けて自分の家に入る。

 サクサクと積もった雪を踏んで、ドアの前まで来て気づいた。

「……誰?」

「ん……あ、あぁ。メグ」

 へ?

 は、春くん?

「な、何やってんの?」

「メグ、待ってた」

「何でよ」

「なんていうかさ……毎年、メグに誕生日プレゼントもらってたじゃん? 今年ももらわないと、なんとなく落ち着かない感じがしてさ……」

 バカじゃないの。

 彼女いるクセして。

「知らないよ。エミリン先輩に怒られても」

「大丈夫だよ。絵美も、俺とメグの関係はよく理解してくれてるし」

「……。」

 嬉しい。やっぱり、幼なじみという絆はそう簡単に、壊れないんだ。

「今年の誕生日プレゼントは、何?」

「これだけだから」

 渡した。

「チョコレートか、また」

「悪かったね。またで」

「いいよ。俺、なんとなく誕生日プレゼントはチョコレートじゃないと落ち着かない感じになっちゃっててさ」

「……。」

「誰のせいだろうね?」

 ズルい。そんな顔するの……。

「知らない」

 私はチョコを押し付けて家の中に入ろうとした。

 したのに。

 手を引かれた。

 私はそのまま春くんに吸い寄せられるように――彼の胸に顔をそのままくっつけてしまった。

「は……る、くん?」

「ゴメンな」

 え?

「絵美に、鈍感って言われた。いい加減、気づけって」

「……。」

「いつからだった?」

 いつからって……。そんなの……。

「わかんない」

 いつの間にか、幼なじみは好きな人へ変わっていた。追いかけるように七海高校へ入り、吹奏楽部へ入り、トロンボーンからユーフォニウムへと転向した。

「……ゴメン。俺、気づいてあげらんなくって」

 いいの。

 最後に……わかってもらえたなら。

「いいよ。いま、私の気持ちをわかってくれたなら」

「……。」

「春くん。私、ホワイトデーのお返し、いらないよ?」

「え? でも……」

「その代わり、ここで抱き締めて」

「……。」

「お願い」

「わかった」

 春くんが力を込めて、私を抱き締めてくれた。いつの間にか「男の子」から「男性」に変わっていた春くんは、力が強くなっていた。

 私から、春くんを放した。

「ありがとう」

「ううん……。俺、何もできてないし」

「いいの」

 貴方はいっぱい教えてくれた。恋することの楽しさ、嬉しさ、辛さ、悲しさ。

 本当に今まで、ありがとう。

「もう遅いから、帰りなよ」

「うん……」

「じゃあね」

「おう」

 春くんの背中が遠ざかっていく。

「バイバイ……」

 涙が、止まらない。

「バイバイ、春くん」

 ありがとう。

 私に、素敵な恋を教えてくれて。

「バイ……バ……イ……」


 さよなら。


 私の、初恋。





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