40〇 君のウソ
君はどこか暗い。
明るく笑えば笑うほど、どこか、脆さが出てる気がするのはあたしだけ?
「ねぇ、佐野」
あれは、バレンタインデーの日のこと。
「何?」
「やっぱりコレ、もらえない」
そう言って突き返されたんは(いや、そんなヒドい態度やないけどね)、今朝渡したばかりのチョコレート。
「え? 何で?」
「うーん……何でも」
理由になってへんやん。何でもって。
「何でよ。だって、真紀ちゃんのんとか、ミキティのとかはもらってるんやろ?」
「……まぁ」
恥ずかしそうにする。ほな、なんであたしのはもらわれへんの?
「何でよ。もらっといたらえぇやん」
「ゴメン! 返す……」
思い切り箱を押し付けられた。そこまであたしのチョコ、欲しくないん……?
とにかく納得の行かんあたしは、彼と同じ出身小学校の子を探して当たりまくった。けど、返ってくる答えは冷たいもんばっかり。
「知らない」
「ゴメン。あんまり言いたくない……」
彼の出身小学校は冨樫小学校。あたしは大阪から転校してきて、中学からこっちにおるから小学校のことは知らん。けど、知らんからって終わらせたくない。あたしの知らん彼の部分を、知りたい。
人を好きになるって、こういう気持ちなんかな。
その人の全部を知りたい。明るい部分も、翳の部分も知りたい。あたしだって、明るく見えるだけで、お兄ちゃんや弟、両親には言ってないこと、たくさんある。いま、好きな人がおるっていうのも、そのたくさんのうちの、ひとつ。
もうすぐ、中学卒業やん。なんで、あたしのチョコだけもらってくれへんのか、その気持ちを知りたい。あたしのことが嫌いなら嫌いでいい。ホンマのこと、教えて。
あたしと彼は3年2組。この葉島中学には3年生のクラスが6クラスある。2組の冨樫出身者は10人。後は別クラス。別クラスの子には聞きにくいから、同じクラスの10人をピックアップしてみた。
嘉村 恭輔。片岡なぎさ。和田ちひろ。速水 騎士。常呂 安里。杉沢 泰央。椿 美波。浪岡龍太郎。九条 克久。磯貝 衛。全員に当たってみたけど、全員が「ゴメン。あんまり話したくない」の一点張り。これにはさすがのあたしも参った。
別に、彼は中学では孤立していない。友達だってたくさんおるし、もう辞めてしまったけど、サッカー部で活躍もしてた。部活を辞めても、サッカー部のメンバーとは今も仲良さそうや。
ふと気づいた。
いま挙げた10人とは、クラスが同じにもかかわらず、彼のほうから関わろうとせぇへん。その逆もそのとおり、10人から彼に関わろうとはせん。なんでやろう。
結局、何の解決にもならんまま、返されたチョコだけがあたしの目の前に残った。
「……。」
アカン。泣きそう。
教室には誰もおれへんけど、いつ誰が入ってくるかわからへんやん。
泣くな、あたし。泣くな……。
「……!」
アカン。我慢できへん。
「佐野さん?」
「!」
急に入口から声がしたから、慌ててあたしは涙を拭った。
「どうしたの?」
「あ……飯沼さんこそ」
飯沼 水穂さん。あたしと選択国語の授業で一緒のいい子。
「今日の授業でちょっとここに忘れ物して……」
「そうなんやぁ。どこの席?」
あたしは涙をごまかすために立って、忘れ物を探すフリをした。うん。ちょっと演技くさいけど、いいねん。
「佐野さん……これ……」
「あー! それね。うん、義理チョコっていうか友チョコ? 配ってたけど余っちゃったから、しゃあなしでお兄ちゃんに上げよう思てるねん」
「……そう」
飯沼さんはしばらくチョコを見つめてた。そんな見んといて~! なんか、バレそうな嫌な予感がする。
「あのね」
突然やった。
「朝倉くん、チョコダメなんだよ」
「へ? な、なんで朝倉が出てくんの?」
あたし、心スケスケ!?
「ううん。ちょっと、チョコで朝倉くんに辛い思いさせたの。小学校のときに」
「そうなんや……」
「朝倉くんね、チョコアレルギーなの」
チョコアレルギー!? そんなん、全然知らんかってんけど?
「誰も知らないと思う。冨樫小出身でないと」
「うん。あたし、全然知らんかった」
ん? でも、それっておかしない?
「んじゃ、なんであたしのチョコだけもらってくれへんかったん?」
「う~ん……あくまで、想像だけど。私、朝倉くんはこう思ったと思うの。多分、他の子のチョコはもらったんでしょ? だけど、佐野さんだけには返した。多分、彼、ウソつきたくなかったと思うの」
「ウソ?」
「うん。チョコは大丈夫、なんていうウソは絶対嫌だったと思うの」
「あ……」
それって……。
「多分、ウソをつきたくないのは、佐野さんが大切な人だからだと思うの」
「……。」
恥ずかしい。あたし、いま絶対顔が真っ赤……。
「チョコ、もらってもらえなくて寂しいかもしれないけど……。わかってあげてね、朝倉くんの気持ち」
「……うん」
「それじゃ。ゴメンね、お邪魔して」
「ううん。また……」
パタンとドアが閉まった。シン……と教室が静まり返る。
「何よ……ウソつきたくないとか言うて、ウソついたやん」
あたしはチョコの包装紙を破って、箱を取り出した。
「食べられへんなら、食べられへんて言うてくれたら、別のもん用意したのにさぁ!」
一気に箱を開けて、チョコを頬張った。
「苦い……」
おかしいなぁ。昨日は甘く感じたのに。
「あーあ……おいしい!」
行き場のない、あたしの思い。
行き場のない、あたしのチョコ。
いつか、君に行き着くように。
来年は、チョコをやめよう。
もっと、気持ちを込めた、形に残るものにしよう。
君にいつか、あたしの想いが形となって、届きますように……。