38☆ 繋がっているだけで……
こんにちは。伊原光瑠です。七海高校吹奏楽部に入っています、高校1年生。クラリネットを吹いています。
そんな私ですが、いま、気になる人がいます。
私が初めて携帯電話を買ったときに出逢った先輩。本堂 拓真先輩です。
「ほーんどう先輩!」
「あ! ちょうど良かった、伊原さん」
「え!?」
ちょうど良かった!? それって……どういう意味?
「ちょっと聞きたいことあるから、ここ座って、座って!」
本堂先輩にしては珍しく、テンションが高いな。
「それで? 聞きたいことってなんですか?」
「うん! 伊原さんだったら、こっちとこっち、どっちがいい?」
そう言って先輩に見せられたのは、ブローチの写真。どこかのサイトから印刷したらしく、ちょっと画質が荒い。
「そうですね~……。私だったら、こっちのほうがいいかな」
「なるほど~。ゴチャゴチャしてるのより、シンプルなほうがいいのか」
「誰かに、プレゼントですか?」
先輩の顔があからさまに真っ赤になった。
「う、うん……」
「そうですか~! 喜んでくれるといいですね!」
「うん……」
「私でよかったら、またいつでも相談に乗りますよ!」
「ありがとう……」
「いえいえ! それじゃ、失礼しまーす」
「え……あ、伊原さん……」
私は先輩がまだ聞きたいことがあるような顔をしているのをわかりつつ、その場を後にした。
知ってるんだ。私。先輩には、私じゃない想い人がいること。
「それって、辛くなーい?」
西嶋はるかがお菓子片手に呟いた。
「辛い……かもしれないけど、今さらここまでの想い……消すこともできないし」
「そりゃあそうかもしれないけど。だからって、光瑠はその想いをどうするつもりなの?」
「それは……えっと……」
「言うの? 言わないの?」
そんなの、言えるなら言いたいよ。でも私は、はるかや梨子みたいに相手と両想いなんかじゃないの。先輩には、別の人がいるってわかってる以上、それにも関わらず告白するのは玉砕しに行くようなものだ。私は、それが怖かった。
だから、答えは決まってる。
「言わない……」
はるかがフゥッと呆れた表情を見せた。
「そう」
「うん……」
チャイムが鳴った。5時間目の授業が始まる。5時間目は、新井田先生の現代社会だ。
「はい、委員長~号令!」
「起立!」
冨岡 洋之の声が室内に響く。でも、私は声が聞こえているのに意識は違うほうへ飛んで行っていた。
グラウンドに、体操服姿の本堂先輩がいた。2年生の先輩で、本堂先輩と同じクラスの人はいない。だから、クラスでの本堂先輩の情報を手に入れることもできない。もし、一緒の人がいたとしても、私は多分、聞かずにいるんだろうけれど。
「ちょっと、伊原さん!」
「あ、は、はい!」
「号令掛かってるよ!?」
「す、すいません! キャッ!」
慌てて立った拍子に筆箱をひっくり返してしまった。ドッと笑い声が起こる。
「あわわわ!」
スッと手が伸びてきた。
「何やってんの……」
「あ……」
右川くんだった。私と右川くんはあまり接点がない。だから、いまだにクン付けで呼んでる。向こうも伊原さんだ。ちなみに、日高くん、富岡くんなど他の男子は伊原っちって気軽に呼んでくれる。どうして右川くんだけ私をさん付けで呼ぶんだろう。向こうもそう思ってるかもしれないけどね。
結局、授業の間ずっと上の空。掃除の時間もボーッとした感じは拭えないままだった。
「伊原さん」
「……。」
「伊原さんってば!」
右川くんの大声でハッと気づいた。
「あ、はい!」
「掃除終わってる。机運ぶのにそこに立たれたら……」
「あ、ゴメンなさい!」
もう。私、何やってるんだろう。
本当に私らしくない。こんなの、私じゃない!
結局、この日は散々だった。合奏にも集中できず、何度も東先生に叱られた。
「……。」
「どうしたの、光瑠ちゃん。今日、体調悪い?」
エミリン先輩に心配されてしまった。私、ダメじゃん。みんなに心配や迷惑ばっかり掛けてる。
「いえ……大丈夫です」
「本当?」
「はい」
「何かあったら、いつでも言ってね! 何でも相談に乗るから」
「はい……」
後ろから水谷先輩が「絵美~、帰ろう」と嬉しそうに声をかけてきた。エミリン先輩はもっと嬉しそうにしながら、部室を出て行く。いいな。私も、早くああいう風になりたい。
「楽器でも磨いて帰ろう」
そのときだ。本堂先輩が楽器片手にやって来たのは。
「あれ? 伊原さん。まだいたの?」
「……!」
マズい。心臓がドキドキする……。
「今日、伊原さん体調悪かった?」
「いえ……」
「普段、先生に叱られるコトなんて少ないじゃん? だから、何かあったのかなと思って」
「ホント、何でもないんですよ」
「そう?」
「はい」
ウソ。
ウソばっかり。私のバカ。
言っちゃえ。あなたのせいですって。
「なぁんだ。てっきり、体調が悪いのかと思ってた。でも良かった。体調は悪くないんだ」
本堂先輩がホッとした表情を浮かべた。もう。そういうところがズルいんだ、この人。
「でもやっぱ心配だな……。ねぇ、俺と一緒に帰ろうか?」
「えっ……」
何言ってるの、この人。
やめてよ。
これ以上私に思わせぶりな態度見せるの、やめて。
「いいです……」
「まぁまぁ。そう言わずに……」
「いい加減にしてください!」
本堂先輩の目が丸くなった。
「先輩……どういうつもりで言ってるんですか!?」
「え……ど、どういうって……」
「先輩、私にそういう風な態度取るの、やめてください!」
「ど、どうしたの伊原さん!」
「先輩、ほかに好きな人がいるんでしょう!? だったら、私なんか相手にしてないで、その人のコト大事にしてあげたらいいじゃないですか!」
「……。」
「私にこれ以上期待させないでください!」
「え……?」
しまった!
私、何やってるんだ……。
「しっ、失礼しま――」
「待って!」
「……。」
「ゴメン……」
あぁ、わかってたけど。
「俺、好きな人がいるんだ……」
辛いな……。
「……。」
「ゴメン……」
「謝らなくていいです」
「……。」
沈黙しか流れない。
「失礼します……」
わかってる。
わかってる。
もう、伝えた。
結果が出た。
次へ行けばいい。
次へ……。
「ウッ……ウウゥ~ッ!」
涙がこぼれ出した。止められない。こんなつもりじゃなかったのに。
「……?」
「ん」
右川くんが階段を降りた先にいた。
「な、なんで……?」
「ハンカチ」
「……ありがと」
「じゃ」
「え、ちょっと……これ」
「明日返してくれればいいから」
「……。」
右川くんはそのまま振り返らず、帰ってしまった。
「……ふぅ」
ようやく落ち着いた。
本堂先輩に、メールをしよう。
もう、今日言ったことは水に流してもらおう。そうして、できれば……こうして、携帯電話だけでもいい、部活の先輩後輩としてだけでもいい。先輩と、繋がっていたい。
もう一人。右川くんにお礼のメールを入れよう。
大丈夫。
私は一人じゃない。