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37♪ 執事カフェへようこそ

「うわーっ!」

 思い切りボールの中に入れてあった溶かしたチョコを台所の壁にぶちまけてしまった。その悲鳴を聞いて、母親が慌てて雑巾片手にこっちへ来る。

「まったく! 普段料理なんてしないのに、急にそんなことをするからメチャクチャになるんでしょう! 後始末するのはお母さんなんだからね!」

 怒られた。

「ゴメン……」

 シュンとなる俺の横で、兄貴が顔を出してきた。壁についたチョコを指で取って舐める。

「でもさぁ、初めての割に上手くできてんじゃない?」

「そ、そうかな!?」

「智也! やめてちょうだい。この子、意外と褒められると図に乗るタイプだから」

 こうなると兄貴曰くヒステリーだそうだ。逆らわないほうがいいと言う。

「へいへい」

 兄貴はブルブルと体を大げさに震わせて台所から退散した。

「まったく。いい? あと1回失敗したら、もう料理させないからね!」

 母親は雑巾を洗いに洗面所へ行ってしまった。

「そ、そんなぁ……」

 それじゃあ、ホワイトデーに考えていることができなくなる。せっかく、すっごいことして驚かそうと思ってたのに……。


「どないしてん、元気ないな」

「あぁ……翔」

 佐野 翔。俺、川崎 慎也の所属する吹奏楽部の部長だ。関西出身で陽気な性格。副部長の朝倉 陽乃と付き合っている。

「実はさ~。ホワイトデーのお返しを美里にしようと思ってるんだけど」

「へぇ! 珍しい」

「珍しいって何だよ」

 翔は俺の椅子に強引に入ってきた。俺の座り位置が半分ほどずれる。翔は続けた。

「お前ってさ、こう、ツンとした感じするやん?」

「うん……」

 俺も最近、自分のこの性格が本当に嫌だ。

 美里のことは好きだ。生まれて初めて、ここまで人を好きになったことなどないといってもいいくらい。美里が教室に来て「教科書貸して! お願い!」と言ってきたり、部活後に「帰ろう! 慎也!」と寄り添ってくるのも嬉しい。

 なのに、俺ときたら「お前、また忘れたのかよ。バーカ」とか「くっつくなよ! そんな寒くねぇだろ」とか。まぁ、アレですよね。(はた)から見てたら可愛くない。いや、俺男だから可愛さとかいらないけども。

「そんなんやから、てっきり『ホワイトデー? なんで俺がそんなこと』みたいなキャラやと思ってたわ」

「……。」

「どないしてん?」

「別に……」

 図星だった。去年、そういう考えでいたら美里にたいそう怒られた。そのときはかなり必死に謝ったのを覚えている。

 実は俺、ツンデレなんかじゃない。ツンツンだ。

 みんなの前でも美里と二人きりのときでも、この態度ってのは変わらないのが困りものだ。俺自身のことだけれども、俺自身でもうまくバランスが取れない。本当に美里のことは好きだ。もっとこうしてあげたい、あぁしてあげたい。そういう気持ちは山々。

でも、素直になれない。こんな自分がムカつく。

「おい、慎也」

「ん?」

「しかめっ面。そんな顔しとったら、普通でもそんな顔になってまうで?」

「う、うん」

 顔をぱしぱしと叩いて気合いを入れる。

 吹奏楽部での俺たちの学年は10人。そのうち、男子4人、女子6人。さらにその中で男子3人(俺、翔、水谷春樹)と女子3人(朝倉、橋本絵美、美里)が付き合っているのだから、すごいものだ。

 けど、見ていると俺と美里のカップルは明らかにデレデレしていることが少ないと言われる。翔と朝倉のカップルは、登下校は必ず一緒。橋本と水谷のカップルは、登下校はもちろん、休日でも一緒に駅前で買い物をしているのを何度も見たことがある。翔たちは、知り合いに会うのが恥ずかしいから、という理由で七海市内で遊ぶのは避けているそうだ。

「あのさ、翔」

「ん?」

「素直になるのって、どうしたらいい?」

「うーん……」

 翔はしばらく考え込んだ。

「つまり、慎也は普段の自分をさらけ出すのがちょっと抵抗あるんやな?」

「……わかる?」

「まぁ、2年近く一緒におったらな」

 恥ずかしい。ツンデレじゃなく、ツンツンしっぱなしなのがわかるくらい、俺は素直じゃないのか。

「ほな、普段と違う自分になってみたらどないや?」

「普段と違う自分……?」


 ホワイトデー当日。


「ねぇ、どういうつもりかな?」

 美里が心配そうに陽乃に聞いた。

「何が?」

「3カップルでホワイトデーを過ごそうだなんて」

「あぁ! 何でも、翔が水谷くんと川崎くんを無理やり誘って、自分の計画に巻き込んだんだとか」

「そうなの?」

 絵美が驚いている。

「うん。翔言ってたよ。普段とちゃうオレらを見せたるから、楽しみにしとけって」

「ふぅ~ん……」

「何か変なことするんじゃないでしょうね」

 美里が苦笑いする。

「無きにしもあらず、だね」

「ハハハ……」

 不安の色を隠せないまま、3人は集合場所の慎也宅へ向かう。

「緊張するなぁ……」

 美里が代表ということで、インターフォンを押すことになった。

「ちょっとぉ。慣れてるんでしょ? 一番」

 陽乃がグイグイと美里の背中を押す。

「そうは言われても……」

「ほら、早く早く!」

 インターフォンを押そうとした瞬間、ドアが開いた。

「あっ……」

 その少年の姿に、全員が唖然となる。

 黒のスーツに身を包み、蝶ネクタイをしたスラリとした少年。

「いっ……いらっしゃいませ、お客様……!」

 顔を真っ赤にしながらそういうセリフを口にしたのは、ほかでもない慎也だった。

「お待ち申しておりました」

 春樹が同じ格好をして出てくる。最後に翔。

「それでは、お入りください」

 部屋に案内されるも、女子3人は呆然としたままだった。

「ちょっと……何、あれ」

 美里がオロオロした様子で陽乃に聞く。しかし、陽乃もサッパリ意味不明だ。

「執事みたいな格好してたけと……」

 絵美も困惑の色を隠せない。まるで異世界に放り込まれたような気分だ。


「これでいいのか?」

 翔に聞いた。

「バッチリや!」

「お前……どっからこんな格好する方法、考えついたわけ?」

「なんかな、黒執事とかいう漫画見て」

「へぇ~」

 俺は漫画には疎い。翔には妹も弟もいるから、少女漫画も少年漫画も溢れかえっているそうだ。

「それにしても、俺ホンット恥ずかしいんだけど!」

 机を叩いて必死に抗議した。

「俺もちょっと……」

 さすがの春樹も顔を赤くしている。

「何を言うとんねん!」

 翔はビシッと人差し指を立てて続けた。

「慎也! お前、自分を変えたいんとちゃうんか!?」

「ん……。それはそうだけど」

「やったら!」

 グイッと翔が俺の顔を指で上げてきた。

「これで自分の皮を剥ぐこと! OK?」

「わっ……わかりました」

 恥ずかしすぎる! でも、美里に本当の気持ちをぶつけるためには、仕方のないことだ。自分に素直にならないといけない。

「では、よろしく!」

 春樹にココアを渡された。それから、春樹のおばさんが作ってくれたクッキーをお皿に入れて、俺の部屋で待つ美里たちのところへ行く。

 ドアをノックすると、朝倉が開けてくれた。

「あ……」

 朝倉が顔を真っ赤にしたって意味ないじゃん!

「失礼いたします」

 声が震える。橋本まで赤くなってるじゃん!

「やだ……」

 二人が真っ赤なんだから、これなら美里だってきっと……。

「アッハハハハハハハ!」

「!?」

 美里がおなかを抱えて笑い出した。

「ちょ、ちょっとミサッチ!」

 朝倉が慌てて美里のところへ駆け寄る。首を横に振っている顔が、焦りの色でいっぱいだ。

「だって……だっておもしろすぎるんだもん! アハハハハハ!」

「~~~ッ!」

 恥ずかしすぎるけど、仕方がない。自分の気持ちをさらけ出すんだ!

「お待たせいたしました、ご主人様」

「へっ!?」

 とびきりの、低音で。

「こちら、当店の本日のスペシャルメニューでございます」

「ちょ……!」

 美里に近づいて、ココアとクッキーを置こうとしたそのときだった。

「もー! 慎也らしくないからやめてってばぁ!」

「うわ!」

 はたかれた拍子にスーツがズレて(親父のを勝手に借りたから、サイズが合わない。中年太りなもんで、親父は)、おまけに美里が強くはたいたもんだから、カッターシャツのボタンが取れて――俺の胸がはだけた。

「―――――!?」

「ひぇやあ!」

 次の瞬間、美里が顔を真っ赤にして鼻血を出して倒れた。

「おっ、おい! 美里!?」

「キャー! ミサッチぃ!」

 その後は大変だった。鼻血を拭き取るからと男子は全員追い出された。何でも、レディの鼻血姿を見るのはNGだとか。俺もそう思うけど、介抱もしてやりたかった。

 翔はこっぴどく朝倉に叱られていた。こんなムチャクチャなことするなと言われたが、慎也のためと言ってくれている。あいつ、世話焼きだもんな。

「どう? 目、覚ましそう?」

 春樹が聞いた。

「いや……まだちょっと」

 朝倉も困った顔をしている。しかし、もう時間が時間だ。

「いいよ」

 俺は決めた。

「美里が目ぇ覚ますまで、そこで寝かせておいて」

「で、でもさぁ……」

 男子の部屋に女子を一人きりで置いておくなんて、不安なのはよくわかる。

「心配しなくていいよ」

 そう言ったのは、春樹だった。

「慎也なら大丈夫だよ。ね?」

「うん……」

「そっかな……」

「大丈夫や」

「じゃあ……あたしたち、先に帰るね」

 橋本が帰り支度を始めた。

「うん。今日はゴメンな」

「いいよ。悪いのはこのバカケルだから」

「何やと!?」

「まぁまぁ。それじゃ、また学校で」

 翔たちが帰ってから20分後。美里が目を覚ました。

「やっと起きたか」

「うん……」

「ぶっ倒れるほど……俺、変だった?」

「え?」

「俺……俺、その……」

 何て言えばいいかわからない。とにかく、言葉なんかで説明できる気持ちじゃない!

 えぇい! もういい!」

「え……」


 美里の唇に、俺は自分の唇を重ねた。


「おっ、俺……お前のこと、ホントに好きだから……」

「何言ってんの、今さら!」

「俺、普段からツンとした感じしてるから、お前、不安なんかじゃないかと思って……その……」

 美里がポンッと頭を撫でてくれた。

「いいよ」

「いいのか?」

「うん。慎也は、今のままが一番カッコいいもん!」

「……ありがと」

 美里が帰ると言って、立ち上がった。

「あのさ!」

 最後の勇気。

「これ……マズいかもしんないけど……」

「何?」

「チョコ……」

「……わぁお!」

 美里が嬉しそうに笑ってくれた。

「ありがと!」

「へ!?」

 チュッと頬にキスされた。

「それじゃーねぇ!」

 美里がご機嫌で帰っていく。俺はしばらく、まだ冷たい風が吹く家の前で呆然とするしかなかった。


 慎也は、今のままが一番カッコいいもん!


「今のまま……か」

 わざわざ自分を変える必要なんて、今はないのかも。俺にしてみれば、周りからツンとして見える態度が、俺なんだから。

 何かが吹っ切れた気がする。

 今日は、早く寝よう。


 美里に「好きだよ☆」ってメールをしてから、寝よう。





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