35♪ 素直=残酷
「水谷くーん!」
まただ。
「何?」
「ね、ココがわかんないの~。教えてほしいな~」
可愛い子ぶっちゃって。何よ。
「いいよ」
あーもう! また春くんもそんな風に……。
皆さん、お久しぶりです。寒いですね。2月ですものね。
2月といえば!
そう! バレンタインデーです。巷では友チョコなんてのも流行ってるみたいですけど、私はそういうの、断じて許しません! 頑固と言われようと何だろうと、私はバレンタインデーっていうのは、女性が男性に想いを伝える日だと思ってるの。古風かもしれないけど。
いや、そもそも、バレンタインデーにこんな風にチョコがどうとか、告白云々と騒いでるのが日本くらいのものなんだろうけれど。別に、それはその国の文化なんだからいい気もする。
そういう意味では、友チョコも文化が変化しつつあるってことかな。ま、そういう難しいことはあまり考えすぎないようにしてるんだけど。
これが私の場合、放っておくわけにはいかない。
去年もビックリしたけど、私の彼氏――水谷 春樹は思いのほか女子に人気がある。
確かに、あの笑顔を見れば惚れるのも無理はないかな、と思う。高校生離れした可愛らしさ(本人はそれを嫌がってるんだけど)した笑顔。それに比例した温和な性格。成績も良いほうで、母子家庭なのでお母さんの手伝いもよくする。運動神経も悪いほうではない。去年の9月の体育大会。学年全体でよさこいソーランを披露したんだけど、小さな体に似つかわしくない、勇ましい踊りで男子も女子も驚かされた。何でも、お母さんが高知県出身なんだとか。なるほどね。
話がずいぶんそれちゃった。
まぁ、一言で言うと私の彼氏は“モテる”。しかも、彼、素直でかつ鈍感なところがあるので恋愛的好意もすんなり受け取ってしまう。そして、私が怒る。去年、数人の女子が告白してきたというからもう開いた口が塞がらない。
今年もこの様子だと、チョコもらうんだろうな。
私の一番嫌いなタイプ・吉田 千晶が春くんに古文のことを聞いてる。私は耳をダンボにして聞いてたら、ほらほら! だんだん話がバレンタインデーの方向に向いてきた。
「ね! あたし、バレンタインデーにチョコ作るの。良かったら、春樹くんにも頑張って作っちゃうよ!」
こら! いつの間に下の名前で呼ぶ関係になったんだ!
「え~! ホントぉ!?」
やっぱり。予想はしてたけど、食いついてきたよ春くんは……。
「うん! 頑張るから、楽しみにしててね!」
フン! 気に入らない!
「ど、どうしたのエミリン……」
「別に!」
「別にって……」
お昼休み。デレデレする春くんを見ているだけでイライラするから、私はA組の雪ちゃんとミサッチの教室に押しかけてお昼を食べてた。
「いつもは、水谷くんとお昼食べてるじゃな~い。ほら、もうすぐバレンタインデーなんだし、ここは仲良くしとかな……」
「バレンタインデーと春くんの話はしないで!」
あまりの勢いにミサッチも押されて目が点になってる。
「何があったのよ~」
「いいの! 私はもう、バレンタインデーには参加しないから!」
「えぇ~……」
とにかく、今は春くんの優柔不断さにイライラするばっかり。わかってる。春くんが浮気なんかするような、軽い人じゃないことくらい。でも、別の女の子にあんな風に楽しそうに話、しないでほしい。
「ねぇ、ミサッチ、雪ちゃん。今日、帰り一緒に帰ろう?」
「え?」
ミサッチがまた目を丸くした。
「いいの? 水谷くんといっつも帰ってるのに……」
「春くん、今日用事があるんだって! 何だか知ったこっちゃないけど、一緒に帰らないって」
「……そう」
雪ちゃんがあからさまに落ち込んでいる。この子、すぐに感情移入するからな~。それだけ、人情に厚い子なんだけどね。
「よっしゃー! そうと決まれば今日はコンビニで寄り道してパーッと行こう!」
「それ、女子高生の発言じゃないよミサッチー」
おもしろい。そうだ。何も毎日春くんと帰る必要なんてないじゃないか。常にベッタリ一緒の必要なんて、全然ない。
「じゃーお疲れ~」
部活の終礼が終わるなり、春くんは部室を飛び出していった。本当にアッサリ帰られてしまった。ミサッチもあまりの春くんのドライさに「水谷くんらしくないねぇ」と呟いてた。
「なんかさぁ、もう、泣けてくるよね~」
もうネタになりそうな感じだ。まさか、こんなに距離が開いてしまうとは思いもしなかった。
「先輩、ケンカでもなさったんですか?」
珍しく、クールな瀬戸くんが私に話をしてきた。
「ん……ケンカってわけでもないんだけど……」
「そうですよね。先輩、優しいし、水谷先輩も橋本先輩命ですもんね」
「そ、そんなことは……」
瀬戸くんがそんなことを言う子には見えなかったから、ビックリした。顔が熱い。
「単なる意地っ張りなのかも……」
「そうなんですか?」
「え! エミリンでも意地張るの!?」
ミサッチがビックリして私の肩をガクガク揺らした。
「やだなぁ。私だって人間だもん。意地張ったり、嫉妬もするよ」
「わー! そういうの、私だけだと思ってたぁ」
「お前は自分中心で世界がグルングルン回ってるもんな」
後ろで川崎くんがミサッチの頭をグリグリ撫で回しながら、笑ってる。
「な! グルングルンってほどじゃないわよ!」
「でも、多少は回してる自覚あるんだ?」
「うるさい、うるさーい!」
あ~。私と春くんも、こんな風に言い合えるくらいの仲になりたいな……。
結局、水曜日のバレンタインデーになってしまった。私は日曜日に陽ちゃん、ミサッチ、サキティとチョコを一緒に作った。みんな、上げる気マンマンで可愛い包装紙を巻いてる。私は……上げる気になれない。私より、可愛い子から春くんはチョコ、もらえるんだもん……。
「エミリン……包装紙、巻こう?」
「陽ちゃん……」
「彼女でもない子からのチョコより、彼女からチョコもらったほうが、絶対水谷くん、嬉しいよ?」
「……。」
「ね?」
「……うん」
陽ちゃんたちの後押しもあって、私はチョコを完成させた。
「では! 各々の健闘を祈る!」
ミサッチの軍隊調の挨拶に笑って、みんなそれぞれの想い人の元へと水曜日、向かう。
そして水曜日。
部活を終えて帰宅後、春くんの家まで向かった。
インターフォンを鳴らす。
「はい」
おばさんだ。
「こ、こんばんは。橋本です」
「あら? 絵美ちゃん」
「は、はい」
「春樹なら、留守よ?」
え……。出かけてる? そんな話……あぁ、最近、まともに話してないから、知るわけないか。
「そう……なんですか?」
「入れ違いかしらねぇ?」
入れ違い?
「入れ違い……ですか?」
「うん。あの子、今しがた、絵美ちゃんの家へ向かって行ったのよ」
どういうことだろう。
「わかりました! ありがとうございます!」
私はとにかく、急いで家へ戻ろうとした。
「キャッ!」
春くんの家は、アパートの2階。慣れない階段につまづいて、転びそうになった。私は落ちなかったけど、チョコが私の手から離れていく。
「あっ……」
落ちたら100%、割れるだろう。
そのとき。
「あっぶね~……」
「は……春くん……」
「よっ!」
よっ、て……。どこ行ってたの? 誰と会ってたの? チョコ……もらったの……?
その春くんの右手には、私のチョコ。左手には、別のチョコ。
「春くん……それ……」
「あっ!」
やっぱり。他の人のチョコなんだ……。
「あぁ、バレちゃったか」
私……フラれるんだ……。
「このチョコ、実はな」
やだ! 聞きたくない!
「俺が作ったんだ~」
……はい?
「いやぁ、大変だったよ~。誤解されるの承知でいろんな子から昨日、チョコもらって研究して、一日で作ったんだよ」
どういうこと?
「中には俺のこと誤解しちゃう子もいてゴメンね~って感じなんだけど、まぁ、そこは素直に謝って~。いろんな手作りチョコ研究して、俺らしいチョコを作ったんだ。見てよ!」
春くんの左手が、私に伸びる。
「これ……春くんが?」
「そう。俺が」
「誰に?」
「絵美に」
「私……に……。なんで?」
春くんのおしゃべりは止まらない。
「いやさぁ、雑誌読んでたら、なんか逆チョコ?とかいうのが流行るっていうから。男の子から女の子にチョコ上げるんだってさ! そういうの、流行るっていうから、早速取り入れてみた」
なんだ……。私の杞憂だったって……こと?
「どう? 今年はチョコ交換バレンタインデー」
この笑顔に私はいつも、ヤラれる。
「どうぞ」
春くんの、寒さで赤くなった手が伸びる。
「いただきます……」
同時に封を開け、手作りチョコを食べる。
「絵美の、甘~い」
春くんって、ホント素直。それがたまに、残酷な感じがすることもあるけど。
「春くんの……苦い」
「え!? マジ!?」
「ウッソー」
私は素直になれないなぁ、なかなか。
「なんだよ~!」
ホントは甘くて、美味しい。素直に、そういえばいいのに。
「ね、絵美」
「何?」
「キスしよっか?」
「へ!?」
「ウッソー!」
「な、何よバカ! ビックリするじゃない!」
良かった。こういうときは素直じゃなくって。
「もう! 私、遅いからそろそろ帰らなきゃ!」
「え? もう?」
「うん! じゃーね!」
私はとにかく急いで帰りたかった。なんだか、今までの嫉妬とかが全部バカらしくて、恥ずかしいから。
「絵美!」
「なに!?」
「好きだよ!」
「……!」
恥ずかしい。いつもなら、バカ!って言うところだけど。
「知ってるわよ!」
今は……このくらいの素直さが精一杯。
ゴメンね、春くん。
私も、大好きだから。