34☆ キミしか、もらわない
「そう思うだろ? 俺も持って帰りたくなったもん」
嬉しかったな~……あの言葉。
「梨子?」
うーん。私をお持ち帰りとかまた妙な展開になっちゃったけど、あのときはホントに嬉しかった。
「梨子ってば!」
どうしよう。あれ、私が彼を好きなこと、バレちゃってないかな。
ノムさんと佳菜ちゃんだから、それはないか。
「梨子! クッキー! 焦げちゃうよ!」
「え!?」
しまった! せっかくのクッキーが焦げちゃう!
私は慌ててオーブンからクッキーを取り出した。ギリギリセーフ。むしろ、今ボーッとした時間のおかげで、こんがりいい焼け具合。
「どう?」
お母さんが心配そうに覗き込んできた。
「バッチリ!」
いい香りがする。ちょうどバランスも良かったみたい。
「梨子。包み紙、これで良かったかしら?」
見ると、珍しいことに、バスクラリネットが描かれている包装紙をお母さんは手にしていた。
「お母さん! こんな包み紙、どこで買ってきたの!?」
「七海駅前商店街の店よ。偶然立ち寄って、アンタのパートの楽器が描かれてる包装紙があったから、買っちゃったの! ほら!」
すると、クラリネット、エスクラリネット、コントラバスクラリネット、アルトクラリネットの包装紙まで出てきた。マイナーなものまで取り揃えているなんて、クオリティの高い店だなと思った。
「それで? どの包装紙使う? アンタの楽器のにする?」
「うーん……」
ホントは決まってるけど、あえて悩むフリ。
「じゃ、これ!」
私が手にしたのは、もちろんバスクラリネット。
佳菜ちゃんからメールが入った。
『今から行くの?』
『うん』
『頑張れ☆ 絶対OKだから!』
『何を根拠に(笑) ありがとう★ 行ってきます!』
自宅を出て、自転車で15分。私の住んでいるつくし野町は、朝倉先輩や佐野先輩と同じ、つくし野川沿いの住宅街。一方の彼が住んでいる東風見台は、七海市の中でも山手に位置する場所で、吹奏楽部内だったらエリリン、本堂先輩、橋本先輩が住んでいる。
「ゼェ~……ゼェ~……」
山手だけあって、坂道が強烈。自転車で15分っていうのは、距離ではなく、この坂道でいつも休憩せざるを得なくなるから。
「ちょ、ちょっとここで休憩……」
この東風見台は山がちな土地なので、一戸建て住宅というのは少ない。昔ながらの公営団地から、最近建てられた高層マンション。いわゆる、集団住宅が中心だ。たくさんの人がこんな山がちな土地に住もうと思うと、一戸建てよりマンションとかのほうがいいのは誰の目にも明らか。
ただ、そうなると平地(?)からの行き来が大変。私みたいに、車を持たない子なんか、悲劇的。
なんてね! ちょっとヒロイン気取り。
「さーて! 続き、頑張りますか!」
自転車に跨って、気づいた。
「あれは……」
前を歩いている子がいる。見慣れた後ろ姿。私のクラスの、平岡 愛海ちゃんだ。
「ま……」
声を掛けようとして、すぐにやめた。手には、チョコを持っている。きっと、私と同じで、今から緊張の一瞬を迎えるんだろうな。
あれ?
ちょっと待って。
あれは……2日くらい前。
二人は教室でこんな話してたな。
「え? チョコ?」
「うん! もし良かったら、上げるよ! 義理だけど」
「いや~、俺、義理はいいわ」
「何~? 釣れないなぁ」
「だって俺、本命しかもらわない主義だから」
だって。
待って。
なんで、愛海ちゃんに彼はそんな話してたの?
もしかして、愛海ちゃんが好きだから?
そうなの?
じゃあ、あの言葉はもしかして……社交辞令?
そうこうしているうちに、愛海ちゃんの歩く方向が私と同じ事に気づいた。
あー……そういうことか。
じゃあダメじゃん? 私のチョコ……。
愛海ちゃんが、マンションの前に立つ。彼のマンションは、オートロック式。部屋の番号を押し、インターフォンを押す。彼の声は聞こえないけど、きっと、いい雰囲気。
「あーあ……先手打たれちゃったか」
悔しいな。でも、恋愛に良い悪いなんてない。その人同士が思い合っていれば、いいじゃないか。
「残念、残念! 次、次!」
帰ろうと思ったけど、やっぱり悔しい。
もう一回だけ、振り返ってみよう。
「あれ?」
まだ、愛海ちゃんは入口に立ったまま。どうしたんだろう。寒いんだし、早く入れてあげればいいのに。
「あ……!」
愛海ちゃんがすごい勢いで走ってきた。ヤバい! 見つかっちゃう!
「……。」
チョコは、手に握ったままだった。
「……渡せなかった? 受け取らなかった?」
訳がわからなくなった。彼は、愛海ちゃんからのチョコを受け取らなかったんだ。
「よ、よし……」
ここは思い切りが必要だろう。私だって、可能性がないわけじゃない。ひょっとしたら、ということがある。
部屋番号、1404。
よし、インターフォンのボタンを……。
「ちょ、ちょっと深呼吸を……」
よ、よし。今度こそ。
「……も、もう一回深呼吸を」
……。
よ、よし!?
同時に、インターフォンの音がした。下を見ると、会ったことのない小さな男の子の姿。
「あらら~、ダメじゃないの透ちゃん! ゴメンなさいね~」
……。
インターフォン、押された?
心の準備、できてないのに?
「……ですか?」
!
「どちら様ですか?」
しっ、駿くんだ!
「あっあっああああのー! こっ、七海吹奏楽部の小林でござます~! さっきさぁ、駿くんの家から愛海ちゃんがすっごい勢いで走っていったから、どうしちゃったのかな~と思ってぇ! 心配になってちょっと駿くんに聞いてみようかなぁと思っちゃってそのつい来ちゃったっていうか~」
あー! 何言ってるの私ぃ~!
「こばやん?」
「……はい」
「平岡とのやり取り、見た?」
「うん……」
「あのさぁ、悪いんだけど……」
その先の言葉は予想できてる。
「そこで待っててくれる?」
ほらね。予想した……え?
「え? あ、逢沢くん!?」
何?
どういう展開?
そうこうしているうちに、オートロック式のドアが開いた。
「よう」
「こ、こんにちは……」
「聞いたかもしれないけど」
「うん」
「俺さ、本命以外からは、チョコ、もらわない主義なんだ」
「……。」
ダメだこりゃ。私……。
「ん」
「え?」
「ん!」
「何?」
「くれないの?」
「何を?」
「それ」
駿くんの指は、私が後ろに持っている箱を差していた。
「こっ、これは……」
「くれるんじゃないの?」
「……。」
きっと真っ赤だ。でも、嬉しい。
「……ありがと、梨子ちゃん」
不意打ちだった。
駿くんの唇が、私の頬に触れた。
そこから先の記憶は、私にはない。
「あれ?」
気づくと、家だった。
「梨子? 目ぇ覚ましたの?」
「お母さん……」
「まったく~。お友達の家に行って、突然倒れるってどういうこと!? 体調悪いのに、無理して行っちゃダメじゃないの。お友達にも迷惑かけて!」
話が読めない。私、駿くんの家へ行って……。
「ところで、梨子」
お母さんの顔が緩んだ。
「あの男の子、どういう関係かしら?」
「え?」
「お母さん見たのよ~」
お母さんが私の頬を引っ張る。痛い。夢じゃ……ない?
「あの子がアンタのチョコを持ってるす・が・た!」
夢じゃないんだ……。
ふとベッドのそばを見ると、置手紙が。
「さっそく梨子と、梨子のチョコをお持ち帰りしました(笑) お大事に。そして、これからヨロシクな」
また真っ赤になって、今度は鼻血が出てしまった。それからまた私が寝込んだのは、言うまでもない事実。