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2♪ 白球、空へ

 私は、パート練習が大好き。いつも部長が鍵を持ってきたら、必ずあの場所に近い教室を選ぶ。ベストポジションは、2年A組の教室。

「はいよ、鍵」

 部長の佐野(さの) (かける)はいつも適当に鍵を手渡してくる。でも、きっと彼は私の気持ちに気づいているのだろうか。他のパートはコロコロと部屋が変わるのに、私たちのパートはいつも同じ部屋。

「どうして私たちだけ、部屋が変わらないんだろうね」

 同じパートの(みや)()由美子(ゆみこ)は不思議そうに首を傾げる。後輩の井上(いのうえ) 佳菜(かな)もかなり不思議なようだ。もちろん、この理由は私と恐らくは、佐野くんしか知らない。

 あ、申し遅れました。私の名前は大谷(おおたに) 沙希(さき)。七海高校吹奏楽部に在籍する2年生です。中学からいちおうフルートは続けているので、特技とでも言いましょうか。まぁそれはいいとしまして。

 私には気になる人がいます。1年生から彼とは何かと接点があったんです。それが2年生になって同じクラスになって、もうそれは毎日ときめいちゃってます。キュンキュン!みたいな感じで。

 あぁ。自分で言っていて気持ち悪い。

 え? 誰が好きなのかって?

 ……。

 言わなきゃダメですか?

「おーい! 雄平〜!」

「!!」

 この名前を聞くとやたらと心臓がドキドキ鳴るんです。なんだろう。なんで彼なんだろう。わかりません。いつからとか、どうしてとか。なんで彼なんだろうとか。よくわからない上にこんなことは初めてだった。なので、由美子には恥ずかしいので佳菜ちゃんに相談。

「先輩! それはズバリ、恋ですよ!」

「こ、恋……ですか」

「そうです! 恋以外の何物でもありません!」

 バン!と佳菜ちゃんは机に身を乗り出して私の顔にググッと近寄ってくる。近いよ、近い。

「ちょ、近いよ佳菜ちゃん!」

「思うんですが……先輩、何かと奥手ですよね?」

「おっ、奥手?」

「そうですよ〜! だいたい、私知ってるんです」

「何を?」

「佐野先輩はきっと、大谷先輩に好きな人がいること、気づいてます」

「ん……」

 なんでわかるんだろう。そんな素振りも会話もないはず。

「図星でしょう?」

「ま、まぁ、佐野くんの勘違いかも」

「それはないですね〜。きっと、知ってて確信犯です」

「どういうこと?」

 佳菜ちゃんはニッと笑って耳打ちしてきた。

「だって、パー練教室ずっとフルートだけ一緒です」

「!?」

 この子、鋭い!

「きっと……窓から見える誰かが先輩は好きなんですよね〜?」

「……さぁ」

 ごまかしてみた。けど、きっと佳菜ちゃんにはバレてる。また外から声が聞こえた。

「雄平今度バッティング!」

「ウッス!」

 顔が赤くなる。佳菜ちゃんはニコニコと笑いながら私と並んで、彼――(あい)() 雄平(ゆうへい)のほうを見た。

「背が高いし、野球部の中でもイケメンですもんね」

「……まぁ、それは認めるけど私は」

「知ってます。大谷先輩、絶対内面で人を好きになりそうですから」

 急に相田くんがこっちを向いた。ニッと笑って手を振ってくれる。赤くなりつつ、私は手を振り返した。

「あれ? 二人して窓際で何してんの?」

 由美子が急に帰ってきたので心臓が飛び上がるほど私は驚いた。けど、佳菜ちゃんがうまく由美子を外へもう一度連れ出してくれた。

「大谷先輩が休憩にしようって! 宮部先輩、ジュース買いに行きません!?」

「あー! いいねぇ、行こう行こう! ねぇ、サキティは!?」

「あ、私はいいよ。ありがとう」

「そぉ? じゃ、行こうか佳菜ちゃん」

「はい!」

 佳菜ちゃんと由美子が出て行った。同時に、相田くんが私のいる窓のすぐ下に来る。

「練習頑張ってる!?」

「うん。コンクールも近いしね」

「1年生、いっぱい入ったんだろ?」

「うん! だから、コンクールにも安心して出れるよ」

「ゴメンな」

 急に相田くんが寂しそうに俯いた。

「何が?」

「コンクール、試合と重なって聴きにいけない……」

「やだなぁ! 別にいいよ、そんなの」

「でも、俺たちの応援には来てくれるんだろ?」

「それとこれとは別だよ。ホントに。ありがとうね」

「……。」

「雄平! なにやってんだ!?」

「あ……戻ります! ゴメンな、大谷」

「ううん。部活、頑張ってね」

「お前こそ! じゃ!」

 相田くんはそう言うと走って行ってしまった。どこからか、蝉の鳴き声がする。もうすぐ、夏だ。

 カァン!といい音がした。相田くんの打った打球は高く放物線を描き、はるか彼方のプールまで飛んで行った。

「ホームラァン!」

 私は気づけば叫んでいた。白球はさらに高く、空へ飛んでいく。夏になりかけた青空に、丸い白い点が、ひとつ。

 私はフルートを置いて、ボールを投げるフリをした。


 彼に向けて。


 いつか届け、この想い――。




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