33☆ ニケの宅配便
夕食の時間。僕はいつもご主人のお母さんの横でご飯を食べる。お母さんがご主人にこう言った。
「順調にできてる?」
「それがね……なかなかこう、理想の味に近づかないの」
すると、横からお兄さんがツッコミを入れてきた。
「そもそも、男女のお前に料理なんて上手くできんのかよ?」
「ちょっと、一成!」
ほらね、やっぱり。お母さんに叱られた。ご主人の2つ上、大学生のお兄さんはいつもご主人をバカにしている感じがする。また、男勝りなご主人だから、すぐ本気になって返すんだよな。
でも、今日は違った。
「それが問題なのよね~。相手も、あたしのこと完全に女として見てないと思うの。これ、大問題」
あ、自分から認めた。珍しいな。
「そうなの?」
「入部当初からそんな感じ。まぁ、向こうもちょっと童顔だから、女の子っぽく見えると言えば見えるんだけど」
「それ、逆転カップルじゃん」
お兄さん、笑いすぎだよ。僕も想像するとおかしいけど。
「そうなの。絶対上手くいかせたいんだけど……いったらいったで部活で散々ネタにされそうなのよね~」
「かといって、それも嬉しいんでしょ?」
「ちょ、ちょっとお母さーん!」
……。つまんない。僕より、好きな人ができたのか。
その日の前日。ご主人はなんだかよくわからない形の食べ物を仕上げた。
「やったぁ! 上手くいったわ」
つまんない。何だろう、あの形。
「よし! 後はうまくトッピングして……あ」
ご主人の携帯電話が鳴ってる。慌てて電話を取るご主人。そのまま、話しながらリビングのほうへ行ってしまった。
「もしもし? あー! メグじゃない。どう? え? 上手くいった!? 偶然~! あたしも今、あとトッピングを済ませたら完璧ってとこまでいっててさぁ……」
ふぅーん。こんな茶色い、よくわからない食べ物を人間は好むのか。
変な匂い。ご主人、失敗したのかな。
お、なんだ。意外と固いんだな。
そんな風にいろいろイジッて遊んでいたら、僕はやってしまった。
スローモーションみたいにそれが僕の視界から消えていった。ものすごい音と一緒に落ちて、覗き込んでみたら、それが落ちて真っ二つに割れていた。
「あ――!」
ビックリして振り向くと、ご主人が電話を掛けたまま目を丸くしていた。
「どうしたのよ?」
お母さんがやって来た。マズい。僕、完全に悪いことしちゃった……。
「ゴメン、ちょっと緊急事態だわ。また後でかけるね」
電話を切ってご主人が慌てて駆け寄る。
「あちゃ~……コレはダメだわ」
漏れるため息。お母さんがすごい剣幕で僕を叱る。
「ダメじゃないの!」
「まぁまぁ! ね、これが美味しそうに見えたのよね~」
ご主人が撫でてくれる。いつも優しいご主人。僕、本当にご主人が大好きだ。
だけど。
後で台所を覗いてみたら、ご主人、泣いてた。
「頑張ったんだけど……。これって、ダメってことなのかな~」
ひょっとして僕は、取り返しのつかないことを?
「ま、しょうがないか。今年は諦めてまた来年かぁ」
ご主人はため息をついて自分の部屋へ戻っていった。僕はご主人のいた場所へ行って、その箱をジッと見つめた。真っ暗になっちゃったから、何が書いてあるのかはよくわからない。
突然、電気が点いた。
「お、何やってんだ?」
お兄さんだ。
「あ、それアイツの駄作だろ?」
僕の近くへ座る。
「アイツもそういうの、渡すような人ができたんだな~」
ウシシッと笑うお兄さん。おもしろいことなの?
「お、なんだその顔。嫉妬か?」
嫉妬の意味はよくわからないけど。
「まぁ、お前のご主人が幸せになるかもしんないからさ、嫉妬しないで応援してやりなよ」
意味がわからない。
「ふーん……ヒダカくんへってか。同級生か、年下だな」
聞いたことのある、名前だった。
「え? 割れちゃったの!?」
「うん……」
「そうなんだ……」
次の日の朝。お友達とご主人が学校へ行く準備をしながら玄関でお話していた。
「でも、今日約束したんでしょ?」
「うん」
「どうするの?」
「なかったことにしてもらうよ」
「そっか……」
「じゃ、行ってきます」
ご主人は寂しそうな顔をしながら出かけて行った。僕はすぐにご主人の部屋へ駆け上がり、昨日の晩見た、あのよくわからない箱を咥えた。良かった。僕にも咥えられる大きさのものだった。
ご主人の行ってる学校までの道はよく覚えてる。僕の散歩コースだもの。
何だろう。僕には、この字が何かよくわかる気がする。普段、こんな字っていうのは全然わからないけど、これだけはよくわかる。
走って、走って、走りまくって。やっとご主人の学校に着いた。けど、同じ服を着た人はほとんどいない。何か、キ~ンコ~ンっていう音が鳴ってる。
すると、誰かが走ってきた。
「ヒー! ギリギリだぁ!」
「急げよ! 早く、早く!」
男の子が二人。
「わっ!」
僕にぶつかりそうになって、一人が足を止めた。
「どした?」
すると、見覚えのあるお兄さんがいた。
「あ! なぁんだ、ニケじゃーん!」
健之佑が目を丸くする。
「え? ニケ? 何、お前この猫知ってるの?」
「うん!」
俺がニケを抱っこすると、すぐにニケが口に何かを咥えているのに気づいた。
「お? 何、これ」
青い包み紙に小さな手紙。そこには「日高くんへ」と書かれていた。
「誰が飼ってる猫?」
「……。」
紙を見るまでもない。ニケがこれを持ってきたということは。
「そそっかしいご主人だからな。どうせ、持って来るの忘れたんだろ。ありがとな、ニケ」
ニケを撫でると、「にぃ~」と可愛い声を出して嬉しそうに鳴いた。
昇降口で上履きに履き替え、すぐに教室へ向かう。
「じゃ、また部活で」
「あ、待って」
俺は別れようとする健之佑の後を追った。
「何?」
「G組に用事」
「?」
G組の教室のドアを開ける。A組の俺がG組に来ること自体、珍しすぎる。ドアの開く音に、G組全員の視線が俺に集中した。伊原さん、ジュンペー、ひろぽんの3人も目を丸くしてみている。それより目を丸くしていたのは――。
「西嶋」
「な、何?」
俺はニケが咥えてちょっとシワクチャになった箱を右手に持って掲げた。
「ありがとな!」
西嶋の顔があっという間に赤くなって「え!? ちょ、それどこから……!」と言う声が上がった。それをかき消すようにクラスメイトたちの黄色い声。俺はクスッと笑って、戸を閉めた。
健之佑が真っ赤になっている。
「じゃ、また部活で」
「お、おう……」
なんでニケがこの箱を咥えて学校に来たのかはわからない。
「ニケの宅配便……なんちゃってな」
甘い匂い。それに混じって、ニケの匂いが少しだけ、した。