32♪ キミへの想い
「私……中学のとき、佐野のこと好きやってん」
え? えぇ?
「し、下田……?」
下田はオレの袖をギュッと引いたまま、放そうとしない。
「……。」
ヤバイ。すっごい……可愛い。あれ? 下田ってこんなに可愛かった? 中学のときは、なんか男勝りな感じで全然こんな雰囲気なかったのに。すごい可愛くなってる。
でも、混乱するな。オレには今、陽乃っていう大切な人がおるんやから。ほら、漫画とかでよくあるやろ? 一時の気の迷いで行動すると、後でエラいことになるやん。大丈夫。冷静に対応すれば……。
「好きやってん、ってことはさぁ、ほら、今は違う!って感じなんやろ」
「そんなんちゃう! 今も……」
下田の体がオレに密着してきた。ヤバい! オレ、絶対いま真っ赤や……。
「今も、佐野のこと、好きやねん……」
どう答えていいのかわからへん。ほら、告白なんて、陽乃以来やから。陽乃が初めてやったしな、そもそも。オレ、いまモテ期?
別に、ここで下田を抱き締めたって陽乃はおらへんから、問題ないよな、とか考える自分がすっごい嫌い。逆にどうやろう。例えば、修平がオレの留守中に陽乃にこういうことをしたら、どう思う?
最低とか、最悪とか、そういうマイナス要素しか浮かばへんな。
でも、ここで適当な答え方をしたら、それは下田の気持ちを踏みにじることになる気がする。しっかりと気持ちを汲み取った上で、答えたい。いい加減な答えは、出したくない。
「佐野は……いま、好きな人とかおるん?」
「……。」
正直に。気持ちにウソをつくと、ろくなことがない。
「おるよ」
「……!」
下田の顔が一気に寂しそうな顔になった。それは、自分ではないことを自覚したからやろうな。
「そう……なんや」
「うん」
静かになった。春はまだ少し先。風が冷たい。
オレも、この話……するべきなんやろうな。
「あのさ、下田」
「何?」
顔が熱い。絶対、オレいま真っ赤やわ。
「オレも……中学のとき、下田が好きやってん」
下田の目が丸くなる。すぐに下を向いて、こう言った。
「そんなん……私に気ぃ使わんでいいよ?」
気なんて使ってない。ホンマに。
「気なんて使ってへんで。オレ……ホンマに下田のこと、中学のとき好きやった」
「……。」
「オレがさ、吹奏楽部辞める言うたとき、誰も止めようとはせぇへんかったよな」
「うん」
「でも、オレ覚えてるよ。最後の日、下田だけが、こう言うてくれたん」
下田が真っ赤になった。今も、オレの心の中で響いてる、この言葉。
好きなものを……好きなことを、簡単に切れるなんて信じられへん!
その言葉が、転校してからも引っかかってた。言い返したかった。諦めるわけやない。切るわけやない。ただ、続ける自信がこの場所ではなくなっただけ。あの時のオレは、ホンマ幼稚やったな。今もそれは変わってへんけど。
でも、神奈川に引っ越してきて、一気にそれを変えてくれたのが、陽乃やった。
入試のとき、シャーペンの貸し借りをした。あの時、オレはもう陽乃のことを好きになってたんやと思う。気づけば、彼女を目で追ってた。その後、好きなものはもう、失いたくない。吹奏楽もそうやし、生まれてまだ、二度目の恋。それを今度は失わず、自分で築き上げたい。そう思った。
転校の日。オレは特に誰にも告げずに家を出ようとしたのに、下田だけが何でか引越しの日を知ってて、見送りに来てくれた。もしかしたら……という気持ちはあったのに、言えんかった。
好きやで。
たった、4文字。それが何で言えんかったんやろうな、オレ。
やがて、神奈川で吹奏楽を再開して、陽乃と付き合いだして。いつの間にか、下田への気持ちは消えていくような感じになっていった。けど、ここでもう一度出会って、こんな状況になって、混乱してる自分がおる。
けど、いま、ここで下田と付き合ったりしたら。それは最低やけど、結局、誰も良いことにはならへんのちゃうか。オレも苦しい。けど、それ以上に下田も苦しい。陽乃は……こんな状況も知らんだけに、後で知ったらショックなんていう域は超えてるな。
答えは、簡単やのに。
「下田」
オレの声に恐る恐る顔を上げる。答えがわかってるから、やろうな。
「オレ……」
痛い。心臓というか、胸というか。痛い。そんな顔、せんといてくれ。
「オレ、下田とは……付き合われへん」
「……そう言うと思った」
「……なんで?」
「だって、佐野。カッコいい顔してるもん」
「はぁ!?」
何や、急に。
「それは、大切な人ができた時の顔やもん」
「……まぁ」
下田が笑った。
「気にせんといて。私、佐野にこの気持ちを伝えられただけで、十分やから」
「……うん」
アカン。コイツ、絶対泣きそうなんを堪えてる。
「寒いのに呼び出して、ゴメンな!?」
「ううん。オレのほうこそ……なんか、ゴメン」
「佐野が謝ることなんて全然ないやーん! ほら、皆のトコ戻ってて!」
「お前は?」
「私、もうちょっと後で戻るから」
そうやんな。普通、フラれた男と一緒に戻る気になんか、なられへんよな。
「わかった」
下田を置いて、オレは皆のおる場所へ戻ることにした。
「……。」
フるって、こんなにしんどいのか。
フラれるって、もっとしんどい?
オレ、そんな経験ないからな~。フッてばっかりや。陽乃の一回振って、永井ちゃんもあれは振ったことになるやろうな。下田で……三回目か。
オレのやってること……正しい?
気づけば、オレの足が下田のおったところへ戻ってた。
大丈夫。陽乃なら、わかってくれる。
下田へ近づく。
それから……。
「ふぇ!?」
下田が変な声を上げた。オレは構わず、下田をギュッと抱き締めてあげる。
「ありがとうな。オレを、好きになってくれて」
オレの手のひらに、下田の涙がこぼれ落ちた。
翌日。
新横浜駅を降りて改札を通ろうとしたら、その向こうに陽乃がおるのが見えた。ショー先輩が「おい、走って抱き締めたれや」って言うてきたから、とりあえずみぞおちを肘で突いておく。それから改札を潜って、陽乃に声を掛けた。
「何やってんの、お前」
「あっ……そ、その! 急に会いたくなっちゃって……」
ニーッとオレは意地悪な顔をして聞いてみた。
「何? オレ不足?」
絶対「バッカじゃないの!」って言うてくるぞ、これは。と思ってたのに、返ってきた答えは、予想外のもの。
「うん」
「え……」
ヤベ。真っ赤っか。修平とショー先輩がニヤけてるのが後ろにおってもわかる。
「翔。あのさ」
陽乃が笑顔で言うてくれた。
「あたしのこと、好きでいてくれて、ありがとうね!」
「……。」
下田にオレがかけた言葉に似てるなぁ……。オレも、嬉しいよ、陽乃。
「陽乃も、オレのこと、好きでいてくれて、ありがとう」
ホンマに、そう思うよ。
「どうやった? すっきり、した?」
オレは電話越しに彼女へ問う。
「はい。ありがとうございました、ホンマに」
彼女の声に、オレの鼓動が速くなる。
「でも、何で先輩は私にそこまでしてくれるんですか?」
「……そんなん、決まってるやん」
「え?」
「オレは、貴方が好きです。下田さん」
岩切 翔平。キミへの想いをいま――伝えます。