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30○ 同窓会~由利SIDE~

 まったく。我が子の成長というものは目を見張るものがある。ついこの間までは中学生だった娘が、ボーイフレンドを作ってその子が遠くへ出かけるというだけで心配するほどになってしまうのだから。箸が転がってもなんとやら、という年齢なのだろうか。

 しかし、私にも予想できない展開がいま目の前で繰り広げられている。私たちの座る目の前の席から聞こえてくるのは、聞き覚えのある口調。

「なぁなぁ、俺らもホンマにくっついてきて良かったん?」

「えぇて言うてたもん。久しぶりやろ?」

「まぁそうやけど……。明らかに俺たちアウェーやん」

 心配そうに呟くのは、岩切くんという子だったかしら。その隣は、修平くん。そして、翔くん。幸い、岩切くんと修平くんは私のことをよく知らないけれど、翔くんの場合はそうはいかない。陽乃も最近、頻繁に翔くんを連れてくるものだから、私とも頻繁に顔を合わせる。すっかり、覚えられているのよね。

「お母さん……」

 小声で陽乃が私を呼ぶ。

「何?」

「バレないかな……」

 そう。もしもこんな場所で出くわせば、陽乃にとっては大問題なのよね。いったいこんなところで何してるんだ!?っていう話になっちゃう。

「大丈夫よ。あの子たちなりに盛り上がってるから、あまり私たちのことは眼中に入らないから」

「うん……」

 何を言っても心配そう。やはり、ここはこの手で行くしかないわね。

「陽乃。アンタ、ちょっと寝不足でしょ?」

「ん~……まぁ朝早かったし」

「そうでしょ? アイマスク持って来てるの。貸してあげるから、少し眠りなさい」

「うん。ありがと」

 陽乃にアイマクスを貸し、私は持ってきた雑誌を読むことにした。相変わらずワイワイと朝からハイテンションな翔くんたち。陽乃もいつのまにかスゥスゥと寝息を立てている。その時だった。

「うっわー! 何やっとんねん、お前!」

 突然叫んだのは、岩切くん。

「うわぁ! ちょ……オレがおもらししたみたいになったやんけぇ!」

 泣きそうな声になっているのは翔くん。何があったのかと隙間から覗いてみると、修平くんの持っていたジュースがひっくり返って翔くんのズボンを思い切り濡らしていた。ちょうどなんというか、男のこの大事な部分があるあたりが、妙な形で濡れている。

「ゴメン……。ど、どないしょ」

 修平くんは明らかに動揺している。

「ズボンの替えなんか持ってきてへんし……。これ、しかも……」

 どうやらお気に入りのズボンらしい。先日、夏樹のズボンで洗濯の仕方を間違って縮めてしまったのだが、そのときのショックの大きさといえば、とんでもないものだった。オシャレに関心を持ち始める年齢だから、お気に入りの服に何かあれば、ショックもひとしおのようで。しかも……の後を言わなかったけれど、きっと大切なズボンなのね。

「どうかしたの?」

 私はバレるのを覚悟で3人に声を掛けた。

「あ……」

 半泣きのような顔で修平くんが私を見上げる。

「俺がジュースを友達のズボンにこぼしちゃって」

 あららら。結構ヒドい濡れ方。でも、今ならまだ間に合うかも。

「ちょっと……あなた、お手洗い行こうか」

「え!?」

「ズボン、洗えばなんとかなるわよ。あななたち、泊まりでどこか行くの?」

 大阪ってわかってるけど、知らない設定でね。

「大阪です」

 岩切くんが答えた。

「泊まり?」

「はい」

 翔くんがうなだれた様子で答える。

「こんなことならズボン余分に持って来とくんやった」

「ゴメン……」

「ねぇ、あなたは替えのズボン持ってないの?」

 修平くんに聞いてみた。

「いちおうありますけど、パジャマ用のダサいジャージで……」

「今日は予定あるの?」

「いえ。明日同窓会ですけど」

 明日なら今から洗っても乾くわね。よし、問題なし。

「それじゃ、お手洗い行ってそのジャージに悪いけどあなた、履き替えてくれる?」

「えぇ~!? でも……」

「ササッとここで洗ってジュースを落として、後はホテルでしっかりズボンを乾かせばオッケイよ。大事なズボンでしょう? それ」

「はい」

「よし、じゃあ決まりね! 行きましょ」

 お手洗いに移動して、ズボンを脱いでいるであろう翔くんに気になることを聞いてみた。

「ねぇ、あなたね」

「あ、佐野といいます」

「うん、佐野くん。そのズボン、何でそこまで気に入ってるの?」

「え……」

 何か答えにくい質問だったかしら。できれば、夏樹の感覚を知りたいから聞いてみたんだけど、マズかったかしらね。

「答えにくかったらいいのよ! 変なコト聞いちゃって……」

「オレの」

 私の言葉を遮って翔くんが話し始めた。

「オレの彼女が……選んでくれたんです」

 声が急に優しくなった。

「やから……。その、一緒に旅行とかまだ早いし。けど、大阪って彼女、まだ行ったことないんですよ。お土産話とかね、いっぱい聞かせてあげようと思うんです。変に思われるかもしれませんけど、ズボンだけでも一緒に行けば、ちょっとはオレの気持ちもちゃうかなぁと思って……」

 すごく考えていることが可愛い。私は思わず笑みがこぼれた。

「だったら、絶対に乾かして旅行中に絶対履かないとね」

「はい!」

 とりあえず受け取ったズボンからしっかりとジュースを落とし、なんとかシミにならない程度にまでもっていくことができた。後はしっかり乾かせば大丈夫そう。

「はい。これで大丈夫。後はしっかり乾かしてね」

「はい……」

 翔くんがジッと私を見つめている。そういえばなかなかバレないみたいだけど、どうしてかしら。

「あの……」

「なぁに?」

「……。」

 あっ。

 髪をだいぶ切ったんだ。それでイメージが変わったのかしら。

「いえ! なんでもないです。ありがとうございました!」

「いえいえ。それじゃあ」

 私はバレないうちに切り上げてサッサと自分の席へ戻った。良かった。陽乃も寝ていて気づいてないし、あの様子だと翔くんも気づいていない。

 それにしても、翔くんも可愛いところがある。我が娘のプレゼントしたズボンを娘の代わりに旅行へ連れて行くだなんて、本当に可愛い。

 あの子なら安心して陽乃を任せられるかも。

 ふとそう思う自分が、あった。






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