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特別編◆音楽室のエリーゼ(2)

「徹っち、最近遅くまで練習してるらしいな」

 急にそんな話題を振ってきたのは優輝だった。

「え? そんなこともないけど……」

「でも、東先生が言ってたぜ。あんまり遅くまで吹きすぎるとバテないか心配だって言ってた」

 先生らしい心配だな。

「大丈夫だよ。ちゃんとペース配分考えてるから」

「ホントかなぁ? 俺、どうも徹っちは真面目すぎるところがあるから心配なんだよ」

 それ、よく言われるよ。徹っちはもうちょっと遊んでみる必要があるんじゃないかって、クラスでも結構なお調子者から言われたりする。でも、俺にはそういう遊ぶとか正直言って必要ないもんな。

「え? じゃあ今は吹奏楽が一番!って感じなの?」

 なぜか雛子さんにも同じような質問をされた。「冨士原くんって真面目そうだけど、クラブがない日はどうしてるの?」という質問。俺は部活が休みの日、午前中は授業の予習・復習をして昼からは吹奏楽をメインに音楽を聴きながらパソコンとかをしてる。

「そうですね〜。俺、初心者だし演奏いっぱい聴いて曲のイメージとかをしっかり付けたいなぁと思ってるんで」

「うわぁ〜……スッゴい真面目なんだね! ビックリしちゃう」

「そういう倉科先輩はどうなさってるんですか? 休日とか」

「私? 私はね〜……そうだな。まずは勉強かな」

「それじゃ俺と同じじゃないですか」

「午後からは違うわよ! お気に入りの映画のレンタルビデオ見たり、ラジオで音楽聴いたりするもん」

 レンタルビデオ? 今時? 今はDVDとかじゃないのかな。あ〜、でもアナログな物のほうが自然でいいから好きってヒロぽんが言ってたことあったな。ひょっとしたら先輩もそうなのかも。

「どんな音楽聴かれるんですか?」

「私? そうだなぁ……米米CLUBとか、大黒摩季とかかなぁ」

「……?」

 なんだろう。いや、名前は知ってるけど……なんか古すぎない?

「どうかした?」

「いえ……あ、どこか出かけたりされます??」

「そうだなぁ……。家の近所なら、ブレイクセンター七海にはよく行くかな」

 え?

 ブレイクセンター七海? なんだそりゃ。俺は聞いたことない。最近オープンしたのかな。

「そうなんですか〜」

「徹くんは?」

 そっと雛子さんが俺の手を握ってきた。

 冷たい……。

 思わずゾクッとしたけど、雛子さんを見るととても温かい笑顔だった。ウソをついているようには思えないけれど……。なんだか話がかみ合わないところがある。違和感を覚えつつも、俺はその日も結局、楽しく話をして練習を続けるだけだった。

「そろそろ帰りましょうか」

 その言葉に、異常にギョッとした様子で雛子さんがこっちを見た。

「ど、どうかしました?」

「うぅん……」

 少し俯き加減。うわ……。か、可愛い……。

「そうだね……。そろそろ、帰らないとね」

 なんだか、帰りたくないように俺には感じるんだけど。どうなんだろう。勘違い……かな。勘違い……だろうな。

「あの!」

 俺のちっぽけな勇気を、振り絞った。

「一緒に、写真撮りません!?」

「え……?」

「ホラ! フルートとトロンボーン持って。俺、ケータイちょうどあるし!」

「でも……誰に撮ってもらうの?」

「そんなの、自動で撮れますって!」

 俺はケータイを適当に置いて、タイマーをスタートさせた。

「ほら、もうすぐですよ!」

 ギュッと思い切り顔を近づけた。雛子さんも俺もきっと、顔は真っ赤。

「はいっ、チーズ!」

 シャッターの下りる音が響いた。

「うまく撮れましたよ!」

「ホントだ」

 二人でディスプレイを覗き込む。

「これ、送りましょうか?」

「ううん。私、そういうの持ってないから……いいよ」

「え……」

 そうなんだ。真面目なのかなぁ。

「それじゃ、家で印刷してきますよ?」

「できるの?」

「もちろん! 楽しみにしててくださいね?」

「ありがと……!」

 ニッコリ笑う雛子さん。その笑顔を見ると、俺も嬉しくなる。

「それじゃ、また明日!」

「うん。写真、よろしくね!」

 俺は手を振って雛子さんと校門で別れる。

「あれ? 徹っちじゃん」

 ドキッとして振り向くと、健之佑がいた。

「一人だったの?」

「ううん。知り合いと一緒だった」

「知り合い……?」

 なんだか怪訝な顔をされた。

「ま、いいけど。寒いし、早く帰ったほうがいいぜ?」

「そうするよ」

「同じ方向だし、行くか?」

「うん!」

 後ろを振り返ってみたけど、雛子さんはもう見えなかった。

「徹っち?」

「なんでもない。行こう!」

 思ってもみなかった。


 これが、最後だったなんて。




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