28☆ 携帯デビュー!
「うーん……」
ここは小田急七海駅の北側にある、つくし野商店街。商店街の南端にある携帯ショップで私、伊原光瑠は悩みまくっています。
「うーん……。このピンクはいいけど、このライトグリーンもいいよなぁ」
実は私、今まで携帯電話というものを持っていませんでした。けど、部活をするに当たって連絡網とかが先輩から来るから、買ってみようかなと思って。親に相談したら、帰りが遅くなるみたいだから持ってほしいと歓迎された。
で、お父さんとお母さんに一緒に来て選んでほしいって言ったんだけど、お母さんは「機械オンチだからお母さんは勘弁して!」と言われちゃって。お父さんは「年寄りの意見より、光瑠みたいな若い子が自分の勘で選んだほうがいいよ」とまで言っちゃって。まだ45歳なのにお父さんったら……。
まぁ、自分が持つもの、使うものなんだから自分で選んだほうがいいに決まってますよね。そうは思うものの、携帯ショップに来て迷うことはや20分。いい加減、足が疲れてきました。しかも、全然決まる気配ナシです。
「あら……ねぇ、君」
店員さんが声を掛けてくれたので振り向くと、どこかで見た顔が。
「やっぱり! あなた、ナナコウの吹奏楽部でしょ?」
「え? あ、はい。そうですけど……」
「あぁ、突然ごめんなさいね。私、パーカッションっていうの? 田中 美里の姉の、田中 美優です」
「ミサッチ先輩の!」
「いつも妹がうるさいと思うけど、ゴメンね〜」
「いえ! いつもお世話になって……」
「へぇ〜。あの子でもお世話するんだ」
クスッと思わず笑ってしまった。
「それで、今日は携帯を替えに?」
「あ、替えにじゃなくて、買いに」
「え!? ひょっとして、ケータイデビューなの?」
小さくうなずく。なんとなく恥ずかしい。
「わぁ〜! おめでとう! 良かったね。なんか、大人になった気分にならない?」
「少し……」
「でしょうね〜。私もそうだったわ。懐かしい」
美優さんは遠目で何かを思い出すように呟いた。
「あ、まだ選んでる途中だったわね。とりあえず、自分が気に入ったのを選ぶといいわ。何か聞きたいことあったら、私を呼んでね」
「あ、はい。あの、アルバイトされてるんですか?」
「うん。いま大学3年生だから、もう3年目かな。今年の4月で4年目になるわ」
スゴいなぁ。私、何でも長続きしないタイプだから。吹奏楽は奇跡的に続いてるけど。
美優さんは小さく手を振ってすぐ仕事に戻った。結局、私はアレコレ選んでも選んでも一向に決まる気配がない。
「私って優柔不断だなぁ……」
「いらっしゃいませ〜」と私がお店に来てから何人目かわからないお客さんが入ってきた。でも正直、私にその人たちを見ている余裕はない。
「あ、機種変更よね」
「はい」
機種変更なんて、私には何年後の話だろう。そもそも、このままでそういう話へたどり着けるような結果が出るのかな。
「話は美里から聞いてた。ホントはこういうのダメなんだけど、ちゃんと確保してあるわ」
ミサッチ先輩の友達かな。
「すみません、ホント」
男の人だ。
「いいのよ。美里の知り合いは私の知り合い。これくらいしかできないけどね」
「嬉しい。俺、水色好きなんです」
男の子らしい色……かなぁ。私はピンクかライトグリーン。
「偶然1機だけ残ってたの。あなた運、良いわ」
「エヘヘ……」
私の好きな色はたくさん残ってる。私って、もしかしてラッキー?
「あ、そうそう」
「はい?」
「あなたの後輩、そこでずーっとどんな携帯にしようか悩んでるの。ちょっと様子見てあげて」
それって、私?
振り向くと、
「おぉ、伊原さん」
本堂先輩がいた。
「ケータイデビューなんだ」
「はい……」
ヤバいよ。恥ずかしくて思うように話ができない。
「俺もケータイ持ったの、高校入学する前なんだ」
「そ、そうなんですか」
「なんかさ、慎也とか翔のヤツは中学の頃から持ってたって。不良だよなぁ」
「不良とか……おもしろいですね、先輩」
「そうかな? 俺、けっこう固いって言われるけど」
「そんなことないですよ〜。しっかりされてますし、私はおもしろいと思ってますもん」
「な、なんか女の子からそんなこと言われると照れる……」
うわぁ! ほ、本堂先輩がはにかんでる! 照れ笑いしてる……!
「ん?」
マズい! バレちゃいそう……。っていうか、なんていうか……。
「伊原さんって、私服、すっごいかわいいね」
「〜〜!!」
もうダメ。絶対顔、真っ赤だ。でも、でも……。
「先輩も、カッコいいです。背が高いから、ブーツとかよく似合ってて……」
「え? そうかな?」
「ハイ!」
「エヘヘ……サンキュー」
「えへへ……」
なんかホント、恥ずかしい。
「それよりさ、ケータイなんだけど」
「あ、そうですね!」
「俺はこっちが伊原さんっぽい」
そう言って手にしたのは、ライトグリーンの携帯電話。
「そうですか?」
「うん。だって、明るくてそれでいて優しい色」
うまいこと言うなぁ、先輩。っていうか、恥ずかしい。それって、私っぽいって言ったし……。
結局、私はその携帯を買ってしまった。
「買っちゃった……」
でも、全然操作方法がわからない。
「ねぇ、メールアドレス何にするか決めた?」
「いえ……まだ」
「うーん……。伊原さんの一番好きなものって、何?」
「え!?」
私? 私は……せ、せん……じゃなくって!
「やっぱり、クラリネットですね! それと、吹奏楽!」
「じゃあさ、たとえば『clarinet-wind-shine』とかどう?」
「クラリネットとウインドはわかりますけど、shineって?」
「光瑠の『光』。シャイン。ね? わかりやすいだろ」
嬉しい。先輩の決めたアドレス、私の初携帯のアドレスになるんだ。
「それでお願いします……」
気づいたらそう言ってた。
「オッケ! よし、登録完了っと」
「ありがとうございます!」
半ば奪うように私は本堂先輩から携帯電話を取った。
「あ、そうだ」
「はい?」
メールの着信音。
メールボックスを慣れない手つきで開くと『ta-kkun-love-tuba@ezweb.ne.jp』との表示が。
「俺のメルアド、登録第一号でヨロシク!」
「しゃ、しゃあなしですよ、もう!」
私は顔を真っ赤になってるのを隠すので必死だった。
「しゃあなしかよ〜。意外と伊原さんってツンツンしてるね」
「そんなことないです!」
「もう、怒らないでって。それよか、そろそろ帰ろうか?」
「そ、そうですね!」
「じゃ、行こう」
しまった。同じ方向だったな、先輩とは。
「行こう、伊原さん」
「はい!」
初ケータイ。初メール。全部先輩と一緒だったこの「初めて」。
ゼーッタイ、忘れません!