1☆ 私の名前
皆さん、こんにちは。
私の名前は加藤 愛実といいます。神奈川県は七海市にある七海高等学校に通う1年H組のごくごく普通の女の子です。あ、自分で言うなって? いいじゃないですか。誰もそんなこと言ってくれないから。
私、吹奏楽部に入っています。中学校から楽器はやっていたんですね。トロンボーンっていいう、あの長〜い金属をスライドさせて演奏する楽器です。でも、高校に入ってからは楽器を変えました。ユーフォニウムっていう、男声に一番近いステキな楽器。
そんなユーフォニウムを吹く先輩が、水谷 春樹先輩です。水谷先輩は、実は私の幼なじみです。幼稚園、小学校、中学校とずっと一緒でした。もちろん、学年は一つ上なので中学校に入ってからはほとんど交流がありませんでした。でも、高校に入って吹奏楽をされてると聞いたときは、本当に嬉しかったです。
けど、最近ショックなことがありました。水谷先輩がお付き合いしている人がいる、という衝撃の事実が明らかになりました。これにはかなりショックでした。
私が水谷先輩……ううん、春樹先輩を好きになったのは小学校5年生のときでした。ちょうど梅雨時で、大雨が降ってきて私は定休日だった文房具屋さんの前で雨宿りをしていました。
「あれ? めぐ?」
「あ……春くん」
「どうしたの? 傘は?」
「帰るとき降ってなかったから、置いてきちゃった」
「あーあ。バカでぇ」
「何よ! 別にバカでいいもん。っていうか、バカにするんだったら帰ってよ。どうせもうすぐやむでしょ」
「いま入れてやろうと思ったのに〜」
「別にいらない!」
「あっそ。じゃーね〜」
いま思えば、なんてバカ。笑っちゃう。素直に入れてって言えばいいのに。ああいう関係が恥ずかしい時期なのかな。幼なじみとかがむずがゆいっていうか。
結局雨はやむどころか、ますます強くなる一方。意地を張ったことを少なからず後悔したなぁ。
「愛実のバーカ」
「ホント、バカじゃないの」
「あ……」
今でもハッキリ覚えてます。春樹先輩が、一本多く傘を持って前に立っていたのを。
「春くん……なんで?」
「これがタダのクラスメイトだったら、俺はこんなことしないよ。めぐだったから、こうしたの」
「え……」
きっとあの時の私、真っ赤だったんだろうな。いま思い出しても赤くなる。だって、今ではクラブ内でも有名なキラースマイルが初めて炸裂した瞬間だったんだから。
「ありがとう」
「どしたの? 突然」
「だって、お礼を言うのは当然でしょ?」
「へへ。まぁね」
「……。」
「……めぐってさぁ」
「何?」
「いい名前だよね」
「え?」
「愛実でしょ。俺、去年『愛』っていう漢字習った」
「私ももう習ったよ」
「愛ってさ、愛してるとか、特別なときに使う漢字じゃん」
「そうだね」
「愛実って、自分の名前を書くときいつも愛って書くよね」
「そうだね」
「愛が実る。いい名前じゃん」
「……ありがと」
「愛実は、愛を実らせたいような人、いる?」
あの時は、いないと答えた。そんなのわかんなかったから。
でも、今なら言える。あなたと愛を実らせたい。
けど、もうあなたは別の人と愛を実らせて、育んでいる。きっと私の声はもう届かないかな。
届かなくてもいい。特別な愛じゃなくていい。
なんでって?
私と春くんは、幼なじみっていうカテゴリで愛され愛してるから。
「なんだよ〜。絵美のヤツ、塾で早く帰っちゃってるよ」
ほら、来ましたよ。もうすぐお声がかかります。
「なぁ、めぐ〜。一人で帰るの退屈。一緒に帰ろ?」
「しょーがないなぁ! 付き合ってあげる!」
「カワイクないなぁめぐは昔から」
「いいじゃん! これが私のキャラなんだから」
「まぁな。帰ろ、めぐ」
「うん!」
あなたが「愛」って呼んでくれる。それだけで私は「愛」されてるんだなって思います。