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25☆ 自己主張

「ちょっと苦手なんだよね〜……」

 私が呟くと、クラスメイトの女子数人が笑う。

「何よぉ」

「だって、また始まったよ彩香のグチが」

「だって〜……真剣な話よ?」

 私、久野 彩香。吹奏楽部のトランペッターです。

「いっつもよねぇ」

 クラスメイトの一人、(とお)() 真紀(まき)ちゃんが呆れた表情を浮かべた。真紀ちゃんの横にいる(たに)()みどりちゃんも笑う。

「そうそう。だいたい本番が近くなるといっつも彼のグチだよ」

「そろそろ……なんだっけ」

「アンサンブルコンテストの県大会」

「そう、それ! それのせいで、また彩香のグチが増えてる」

 真紀ちゃんがメロンパンを頬張った。私はお弁当のタコさんウインナーを口へ運ぶ。

「だってさぁ、自分の音楽性がどうとかうるさいんだも〜ん」

「そんなに嫌がるほど?」

 みどりちゃんは購買部で買ってきたコロッケパンを食べるのを中断して私に聞いた。

「うん……。いや、私に直接影響はないんだけど」

「じゃあいいじゃない」

「それが良くないのよね……」

「なんで?」

「先輩とよく口論するんだ」

「先輩って……あぁ! 朝倉さんね」

 真紀ちゃんは一度も会ったことがない朝倉先輩を覚えていたみたい。

「朝倉さんって、おとなしそうな感じがするけど?」

「うーん、見た目はね」

「見た目と違うんだ」

 みどりちゃんが笑う。

「そりゃあもう。本当は明るくって、ハキハキした人だよ」

 だからこそ、彼と衝突するんだけどね……。


「違いますよ、先輩! そこの四分音符はもっとスタッカートを効かすべきです」

「えぇ!? そうかなぁ。あたしとしては、ここの八分音符だけで十分だと思うんだけど」

 あぁ。始まった。

「違いますよ。先輩、音源聴きました?」

「毎日登下校でバッチリ聴いてるわ」

「でも、どうせ佐野先輩と一緒にでしょ?」

「そうだけど、何か文句ある?」

 あぁ。ダメだって、その展開は……。

「そりゃダメなとこだらけですよ。そもそも、彼氏と一緒に来るってことは音楽聴いててもほとんど右から左じゃないですか」

「失礼ね〜! あたしはちゃんと翔からアドバイスをもらいながら来てるの!」

「それだけじゃだめなんですよ! もっと自分の表現とか主張も入れないとダメなんです」

 あぁ〜! もう! なんでこの二人は毎日こうも言い争いができるの!?

「何それ! それじゃあまるであたしが何も考えてないみたいじゃない!」

 ムム! そろそろ来そうな予感が……。

「ねぇ、彩ちゃんはどう思う!?」

 あぁ……キタ―、って感じ?

「え……わ、私ですか?」

「先輩はもっと、自分で努力すべきだよな?」

 ちょ、松尾くん……。私、先輩にそんな物事言えるほど偉いつもりないんだけど。

「どう思う? 人からの意見だって大事よね」

「そ、そうですね〜」

「でもさぁ、人からの意見ばっかで自分の感性入れなかったら、いい音楽できないと思わないか?」

「そ、それもそう思うけど……」

「何それ! ホンット松尾くんって自分、自分だよね〜。ひょっとして、ナルシスト?」

「なんですかその言い方! 先輩こそなんで俺に突っかかるような言い方してくるんですか!」

 あぁ〜……もう、誰か助けて!


「ふぅ……」

 思わずため息。

「あれ、どしたのよ彩香」

「エリリン……」

 秦野 恵梨が心配そうに駆け寄ってきた。

「ひょっとして、また朝松戦争?」

「そうよぉ……。ここんとこ、ヒドくってさ」

 朝倉×松尾の言い争い。朝松戦争。もはや金管パートの名物といってもいいかもしれない。

「本番前だから、カリカリしてるんだろうね〜」

 エリリンも二人の言い争いを何度か目撃して巻き込まれたことがある分、私の気持ちはよくわかってくれる。

「しっかしまぁ、あそこまで自分の意見をズバズバ言える先輩と松尾っちもスゴいと思うけどね」

「えぇ? スゴい? どこが?」

「あれ? なぁんだ、彩香。ほぼ毎日一緒にいて気づかないの?」

「何に?」

「ふ〜ん……。ま、練習中以外で一度二人に注目するのもいいかもしれないよ?」

「そんな気になれないよ……」

「ま! いいから、いいから。ほれ、片づけしないとダメじゃん? そろそろ教室に戻った、戻った!」

 結局、エリリンに答えはもらえないまま部室を出て、練習していた教室に戻ることにした。やだなぁ……。また二人ケンカとか言い争いしてたらどうしよう。

「え? そうなの〜!?」

「そうなんですよ〜」

「やぁだぁ! それならそうと言ってくれればいいのにぃ!」

「だ、だって先輩いっつも俺につっけんどんでそんなこと言いにくいんですもん!」

「やだやだぁ! あたしだってね、ケンカしたくてしてるんじゃないんだから」

「俺だってそうですよ!」

 その次の、松尾くんの言葉に私はハッとした。

「何でもやっぱり、ハッキリ自己主張するコトとそうでないこと考えないとダメですね、俺たちいい加減」

 自己主張……か。


 翌日。

「だぁかぁら! あたしはここの八分音符だけで十分だって言ってるじゃない!」

 また始まった。しかもそれ、昨日と同じこと言い争ってる……。


 ――何でもやっぱり、ハッキリ自己主張するコトとそうでないこと考えないとダメですね。


「自己主張……」

 私、パート練習でいっつも黙ってばっかりだ。この二人の言い争いが嫌なのに、私、いつも逃げてた?

 それじゃダメなんだ。私だって、パートの一員なんだもん。

 パアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!

「キャー!?」

「うおおっ!?」

 私は思い切りトランペットの高音を吹いた。朝倉先輩と松尾くんが耳をふさいで私を呆然と見つめてる。

「い、言い争いばっかりじゃパート環境がよくありません! な、仲良くいきましょ〜!」

 最後のほうは声が震えてた。私にしては、大胆すぎるくらいの行動。

「や、やっとだよ!」

 朝倉先輩が笑った。

「作戦成功ですね」

 さ、作戦?

「だね〜! ゴメンね、彩香ちゃん。彩香ちゃんが全然パート練習で喋らないから、あたしたちで一芝居打って、彩香ちゃんにも自己主張してもらおうかなぁと思ったの」

「そ、そうだったんですか……」

「どうよ? 自己主張して」

 松尾くんが笑った。

「ス、スッキリしたかな!」

「そっか!」

 嬉しそうに笑う松尾くん。

「ちょっとビックリしましたけど……」

「パートの愛よ、愛!」

 朝倉先輩が私の頭を軽く撫でた。

「これからはさ、言いたいことハッキリ言えるような環境作ろうね?」

「はい……!」

 まだまだこれからだ。

 私も、言いたいことは言えるようになろう。


「ところで、松尾くん?」

「はい?」

「あれはいつ自己主張するの?」

「え? なんですか、アレって」

「ちょ、先輩! その話題はここではナシです!」

「ちょっと何ですかぁ!? 私にも教えてください〜!」

 あぁ、こういう風にしてなじんでいけるんだ。過度にならなければ、自己主張って大事なんだね。

 ちょっと、勉強になりました。


 ……。


 松尾くんの自己主張って、何なんだろう。





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