20☆ おてんば娘
最近、彼のことが妙に気になります。
なので、お声が掛かったときはテンション上がりすぎて恥ずかしかった。
「こばやん」
「ふぇい!?」
ふぇいって! あたし、なんつー答え方を!
「……。」
あぁ、目を丸くしてる。絶対変な子って思われた……。
「プッ」
え?
「やっぱおもしろいよな、こばやん」
「え、えへへ……」
あたしは恥ずかしくなって頬をかいた。
皆さん、こんにちは。あたしの名前は小林梨子といいます。七海高校に通っていまして、2006年12月現在は1年C組に在籍中。そして、吹奏楽部でエスクラリネットという楽器を吹いています。
「それで、用って?」
「あー、そうそう。古文のノート貸してほしいんだよ」
「古文?」
「そうそう」
彼――、逢沢 駿くんはとっても真面目で優秀な男の子。同じクラスで同じ部活で楽器こそ違えど(彼はバスクラリネット)、パートは同じという、あたしとの接点が多い人です。でも、そんな彼の弱点は古文。古文が大の苦手だということで。
あたし? あたしは普通です。美術はこの世のものとは思えないものばかり造形しますが。あ、話が逸れたね。
「はい、どーぞ」
「ありがと! 助かった。また部活で返すよ」
「うん」
そういうと、駿くんは行ってしまった。この程度の接点しかない。特に仲がいいわけでもなく、平々凡々なクラスメイトor部活メンバーとしての接点しかない。それでもあたしは、それで十分だった。
「梨子ー! 食堂行こうよ」
「あ、すぐ行く〜!」
あたしは友達の井上 佳菜ちゃんに呼ばれて急いで廊下へ出た。
「今日は何食べる?」
佳菜ちゃんが自販機の前でメニュー表とにらめっこしてる。彼女、ちょっと優柔不断なところがあって。いっつも彼女が買うときは後ろに行列ができてしまう。
「なるべく早く決めようね。今日、なんだか混んで……」
あたしはきつねうどんを買おうとして、スーッと体温が下がる思いがした。
財布がない。
「……ど、どうしよう」
後ろを見ると行列! これは抜け出たほうがいいかな……。でも、もう12時45分だ。今から教室戻ってまた並んで買ってたら、昼休み中に食べ終わらない。あたし、食べるの遅いもん。
「梨子ぉ、まだぁ?」
ウソ! なんでいっつも佳菜ちゃん買うの遅いのに、今日に限って早いの!?
「私、先に行ってるね〜」
あぁ! 薄情モノ〜!
「しょうがない……今日は諦めて……」
「あれ? どうしたの、やめるの?」
後ろを見ると、駿くんがいた。あまりに慌ててて気づかなかったみたい。
「さ、財布忘れちゃったから取りに帰ってパンでも食べとこうかなっと」
「それくらい貸してやるじゃん。ほれ」
駿くんは1000円札を取り出した。しわしわの、1000円札。
「いいの?」
「いーから! ほれ、どれ買うんだよ」
駿くんが強引に入れた1000円札。すぐにすべてのランプが点灯した。
「きつねうどん」
「了解」
駿くんは笑顔でボタンを押してきつねうどんを買ってくれた。
「ほい、お釣り。後で1000円返してくれたらいいから、お釣り持ってて」
「わかった……ありがとね」
「いーえ。んじゃ、買いに行っといで」
駿くんは軽くあたしの背中を押した。それからすぐにきつねうどんをお盆に載せて、佳菜ちゃんの待つ席へ。
「どうしたの?」
「うっかり財布を教室に忘れちゃってさぁ」
「出たよ、梨子のそそっかしいところ。そんなだから、家でもおてんば娘って呼ばれるんじゃないの?」
佳菜ちゃんは笑いながらカレーライスを食べてる。
「うるさいなぁ。それに今時、おてんばなんてそんなに言わないの!」
「そう?」
「そうよ! きっと死語だわ!」
「何が死語なの?」
ドキッとして振り向くと、駿くんがいた。
「オース! 逢沢くんにノムさんじゃん」
駿くんの隣には、ノムさんこと野村健之佑くん。
「相変わらず元気だな、井上さんは」
「まぁね〜! あたしも梨子も元気だけが取り柄だから!」
「ちょっ、佳菜ちゃあん……」
もう! なんてこと言うのよ……。
「そうかぁ? 井上だってこばやんだって、楽器吹けるってのでもう十分取り柄あんじゃん」
駿くんは不思議そうな顔をしながら平気であたしの隣に座った。
「あ、ゴメン。隣いい?」
「駿、遅いよワンテンポ」
ノムさんが笑う。
「だから今了解取ろうとしてんじゃん! いい? こばやん」
あたしはうなずくしかできなかった。
「それでさぁ、さっきの続きだけど」
佳菜ちゃんが楽しそうに話をしている。あーあ。あたしもあんなふうに普通に話せたらな。
「楽器以外に取り柄ってあたしたちにありそう?」
「そりゃあいっぱいだろ」
ノムさんがうなずいた。
「よぉ、駿。こばやんのいい所、なんか挙げてみれば?」
「そーだなぁ」
なんであたしピンポイント!?
「まず、字が綺麗だよな。俺いっつも古文のノート借りるけど、めちゃめちゃ綺麗。なんか、ワープロで打ったみたいな整った字、してるぜ」
「へ〜」
佳菜ちゃんとノムさんが感嘆に近いような声を上げた。なんだか恥ずかしい……。
「それに、こないだ調理実習で同じ班だったけど、料理上手いよなぁ」
「あ、あたしもそれ思う!」
あれ? 佳菜ちゃんも参戦!?
「あのレモンクッキー最高だったよねぇ!」
「そう思うだろ? 俺も持って帰りたくなったもん」
もうダメ。あたし、きっといま真っ赤だ。
「それってさ、こばやんをお持ち帰りとか?」
は?
ちょ、ノムさん何オバカなこと言ってんの!?
「やっだぁ、ノムさんったら〜!」
佳菜ちゃんも笑いながらノムさんの背中を思い切り叩いた。
「お持ち帰りできるならしたいけどな〜……」
!?
「え? いまなんか言った?」
ノムさんが聞き返すが、駿くんは「なにも!」と言ってラーメンをすすり始めた。
ダメだ。緊張でもう手が震えて……。
「うおおっと!?」
――え!?
「キャーッ! ちょっと梨子ぉ、何ボーッとしてんの!」
しまった! うどんをこぼしちゃった! こぼれた出汁が思い切り駿くんの制服を濡らした。
「やだ! ご、ごめん逢沢くん!」
「あー、大丈夫大丈夫! それより、こばやん火傷とかしてね?」
「あたしは大丈夫だけど……」
自分が一番危ないのに、あたしなんかの心配をしてくれる優しい人。
それが、逢沢 駿くんなんです。
今日は終業式がありました。2006年ももうすぐおしまいです。
「梨子〜! 帰ろう!」
「うん!」
部活も終えてあたしたちはそろそろ帰る時間になりました。
「ゴメン! ちょっとお手洗い行ってくる」
「うん」
佳菜ちゃんはイソイソとお手洗いへ向かった。
「こばやん」
振り向くと、駿くんが鉛筆とメモを片手に立っていた。
「なに?」
「あっ、あのさぁ」
「うん?」
「これに住所書いてくんない?」
「え?」
「年賀状、出したいんだ」
「……。」
あたしが言いたくても言えなかったことを、駿くんから言ってくれた。ヤバい。ちょっと泣きそう。
「いいよ!」
「やった……! なぁ、こばやんも出してくれる?」
「もちろん!」
「じゃあ、俺も住所書くよ」
あたしは駿くんから受け取った鉛筆とメモ用紙に自分の住所を書いた。
神奈川県七海市つくし野町1-20-6。これがあたしの住所。
「ありがと! これ、俺の住所」
神奈川県七海市東風見台1-1-1404。駿くん、マンション住まいなんだ。
「時間あったらでいいから、ヨロシクな」
駿くんは笑って言った。
「うん……」
「じゃあ、気をつけてな」
「ありがとう」
「良いお年を!」
「良いお年を」
そっか。もう今年は会えないんだよね。
でも、来年は一番に会えそうだ。
「梨子! お待たせ!」
「ううん! 全然待ってないよ」
「……ん〜? なんかいいことあった?」
佳菜ちゃんはこういうトコ、鋭いからな〜。
「なんでもないよ! 行こう!」
「怪しいな〜! そのうち突き止めてやる!」
ゴメンね、佳菜ちゃん。言えるようになったら、佳菜ちゃんに一番に言うよ。
……。
訂正。
一番はやっぱり、駿くんかな。