19♪ 間接
「アンコンにね、三宅くんが来るの!」
ミサッチがそう言ったのは、11月下旬の月曜日だった。
私の名前は、宮部由美子。いま、この吹奏楽部に私の想い人がいます。彼の名前は、三宅 亮平。背が高くて、クールで、弦の貴公子(弦バスという楽器を弾いてます)なんていうあだ名まであるくらい。対する私は平々凡々、フルート吹きの高校2年生です。天然なところがあるなんて言われますけど、ないですから!
「え! なんで三宅くんが?」
私はミサッチの言葉に耳を疑った。だって、三宅くんは弦バスじゃないとダメ!
「あ、さては由美ちゃん」
ヤバい。今の考えバレた?
「あたしが三宅くんに惚れるとか思って心配してんでしょー!?」
はい?
「心配しないでよ! あたしは慎也一筋だから!」
はいはい。そういう意味じゃないですよ〜。ミサッチのほうが天然だよ、絶対。
「え? 今日サキティお休み?」
次の日。同じパートで同級生の大谷 沙希ちゃんが部活を休んだ。
「うん。なんでも、昨日から風邪なのに無理して部活来たら見事今日、38度まで熱上がったんだって」
「だから無理しないほうがいいって言ったのに……。あれ、でも今日佳菜ちゃん委員会だよね?」
私は連絡に来た橋本 絵美ちゃんに聞いてみる。彼女は木管セクションリーダーだから、たいていのことは把握してくれてる。
「うん。それに、野村くんは家の用事でお休み」
「えー! じゃあ私、この部屋で一人かぁ……」
「いいじゃない! たまには一人、音に集中しながら練習できるっていうのも」
エミリンはニッコリ笑って手を振りながら、教室を後にした。しょうがないので、その後は一人でロングトーンとかをしていた。
「あ、相田くんだ」
相田くん。相田 雄平といいまして、野球部でも重要なポジションにいるらしい男の子。不思議なことに、私たちだけパート練習の部屋がまるでこの2年A組に固定されているように動かないので、相田くんのことはすっかり見慣れてしまいました。
「相田くーん」
相田くんは私に気づくと小さく手を振ってくれた。
「今日、一人だろ?」
「え? なんで知ってるの?」
「大谷が言ってた。宮部、寂しがるから相手してやってって」
もう。サキティったら……。
「大丈夫! それより、相田くん部活大変でしょ〜? 早く行きなよ」
「あー、まぁそうでもないけど」
なんて言ってるそばから、主将みたいな人に怒鳴られてる。あーあ。
そうこうしてるうちに相田くんはグランドへ帰っていった。それからロングトーンを続けていると、突然ドアが開いた。
「あれ? どしたの?」
平静を保ったみたけど、なんだか不自然じゃなかったかな。だって、突然出てくるんだもん。
「すいません! パーカスの部屋、賑やかすぎてちょっと音聞き取れないんで……。フルート、先輩だけだと聞いたんで、ここで練習してもいいですか?」
三宅くんだった。大きなチャイムをゴロゴロ押して、はるばる東端の音楽室から西端のこの教室まで来たのにはビックリした。
「いいけど、楽器重かったでしょ?」
「平気っすよ、これくらい」
とか言いつつ、息は荒い。
「やっぱ少し休んでいいですか?」
「もちろん! 私もちょっと休憩しようかなっとか思ってて」
「そうなんですか。よかった」
三宅くんはそう言って座ると、フルートをジッと見つめ始めた。
「フルートって、繊細な感じしますよね」
「そうかな?」
「楽器自体細いし、音色もすっごい繊細」
自分ではあんまりそんな風に思わないけどな〜。
「吹いてみてもいいですか?」
「え!?」
「ちょっと借りますね〜」
あぁ! そんな有無を言わさずに……あー!
ヒューッ、と間の抜けた音。
「あれ?」
初めて吹くとそうなるよね。私もそうだった
「そうじゃないよ、こうして……」
口を当てて気づいた。これって、間接キス?
「どうしたんですか?」
「べ、別になんでもない!」
恥ずかしい。私だけ? こんなこと意識してるの。
「あ……」
あれ? ワンテンポずれていま恥ずかしくなった?
「すいません……なんか」
「……いいの。私こそ、変に意識しちゃって」
「え、えへへ……」
あ、笑った。いつもわたしの前じゃクールな感じなのに……。
「そうやって笑ってると、三宅くんも優しく見えるね」
「普段は優しくないんスか?」
また笑う。本当にいい笑顔だな。
「じゃ、ありがとうございました」
練習時間もオシマイ。三宅くんはゴロゴロとチャイムを押しながら音楽室に帰っていく。
「またいつでもいでよ!」
「いいですか?」
「大歓迎!」
「んじゃ、またそのうちに!」
「じゃ、また後ほど〜」
三宅くんは嬉しそうに帰っていった。なんだろう。ちょっと距離が縮こまった感じ?
「……そのままでいいか!」
私は楽器を磨かずに片づけることにした。
いいよね、今日だけ。
君と繋がった証、残したい。
なーんて、ね!