16☆ りんごのラビット
来たよ〜。
家庭科。
あたし、家庭科大嫌い。
「え? そうなの?」
同じクラブの友人である、ミユこと河内みゆきが意外!という表情を浮かべた。次の時間は3、4時間目を費やしての家庭科の調理実習。なんだ、それっていう感じ。
「そうなの。私ね〜、なんか器用に見えるらしいの」
「うん! 私、てっきりそうだと思ってた」
「え!? ちょっと〜……ひょっとしてさ、外見から入ってる?」
私は思わず先入観から来ているのだろうと思い、ミユに確認してみた。
「ううん。調理実習の前は、フリースを縫ったじゃない。あのとき、Aもらってたから、てっきり私は家庭科得意なんだと思ってた」
そりゃあ残念。順序が逆だったらよかったのにね。
私、拒否はしたんだよ? でも、フリース綺麗だったからという理由で調理実習の班でリーダーになってしまった。名前はなぜか「中野料理長」。アイタタタ、って感じでしょ。しかも、妙に名前だけはカッコいいしね。
ちなみに、班員にはよりによって同じクラブの松尾くんまでいる。マズいわ〜。料理ベタっていうのが確実に言いふらされる。あああ〜私のイメージがぁ。
「さゆは元からちょっとガサツな印象あるから、別に今さらもがく必要ないんじゃない?」
この包み隠さず物を言う女は私のパートの同級生・西嶋はるか。ふーんだ。ちょっと自分がガサツだからって、自慢しないでよ。
あ、自慢じゃないか。
でも、そんなはるかにも好きな人はいる。女の子、女の子してる。彼を見るたび、赤くなっていつもはボーイッシュで勝気なはるかが、はるかじゃなくなる。
女の子だね〜。
え? そんなオヤジ臭いこと言ってる私はどうだって? んー、どうでしょうねぇ。
「アチチチチチッチチチ!」
熱い熱い! うっかり火傷するとこだった。手なんか火傷したら、100%佐野先輩に怒られる。
「料理長……ホントに料理下手だったんだ」
松尾くんが苦笑いしながら言う。思わず真っ赤になってしまった。
「だから言ったじゃない! 私、料理下手だって!」
「ゴ、ゴメンゴメン! そんな怒らないでよ〜」
松尾くんは悪いわけじゃないけど、イライラする。下手だって言ったのに、強引に料理長にされた私の料理の腕を見て、みんなドン引き。私だってドン引きだよ。
「さっ、さゆぅ!」
ミユが悲鳴を上げた。
「なに!?」
「さゆ、砂糖と塩を間違ってる!」
「え? ウソ!?」
メニューにはお味噌汁がある。出汁を舐めてみたら。
「オェーッ!」
甘い味噌汁はいかんせん、不味すぎた。思わず吐き気。
結局、私は料理長を外された。ミユが担当することに。安心したような、悔しいような。で、今はりんごを切っている。普通に切らせてくれればいいものを、よりによってうさぎの形にしろとかいう。
マージでっすか〜。
とりあえず、黙々とやってみる。あ、いいんじゃないの、この感じ。
「うわ、何それ。お化けじゃん」
「!」
え? なんでこの声がここで!?
「とっ、冨岡くん……!」
冨岡 洋之。吹奏楽部の打楽器奏者。端正な顔立ち、クールに見える表情。しかしてその実態は――おっちょこちょい。
「中野、なにそれ?」
「り……りんごでウサギの形を作ろうとしたけど……私、不器用でさ」
「え? そうなの?」
ほら。冨岡くんも私を器用だと思ってるんだ。あぁ……私のイメージがきっと崩れる。
「へー!」
え? なんでそんな嬉しそうなの?
「嬉しいな! 俺、中野は何も弱点のない子だって思ってたのに、そういう弱点、俺発見しちゃった〜」
「……そ、そう?」
嬉しいんだ。でもね。私、もっと嬉しい。君と……話ができるから。
「って、いま授業中じゃないの?」
私はF組。冨岡くんはG組。
「まぁまぁ! 細かいコト気にしない! それより、俺手伝うよ」
「えぇ!?」
冨岡くんが入ってきたことに、誰も気づいてない。ミユはお味噌汁に必死だし、松尾くんは大根を切るので夢中。他のメンバーもクラスメイトも、先生でさえも気づいてない。
冨岡くんは私の握っていた果物ナイフを持って、私にいろいろと説明をしてくれた。
「あ、その前にさ。塩水ある?」
「え?」
「悪いけど、用意してくんない?」
「わ、わかった」
私はボールに塩水を用意した。リンゴを綺麗に10等分した後、サッと塩水に通した。
「なんで塩水に通すの?」
「リンゴはな、時間が経つと渇変現象っていって、色が茶色くなっちゃうんだ。それを防ぐため」
「へ〜……」
知らなかった。料理って奥が深い。たかがリンゴ1個でも、いろんなことがあるんだろうな。
「よし。でな、うさぎのリンゴはまず皮目にV字型の切れ目を入れるんだ。それから、V字型に切った部分は皮をむきとる。残った皮を薄くむいて浮かせると、耳のように見えるっていうワケ!」
私の目の前には、かわいらしい形をしたうさぎのリンゴが現れた。すると、シャクッと音がしたので見てみると、冨岡くんがちゃっかり、剥いたばかりのリンゴを口にしていた。
「あ!」
「シーッ! 誰にもバレねぇよ。ほら、中野も食っちゃえ」
「あっ……!」
冨岡くんが、彼のかじったリンゴを私の口に放り込んでくれた。
(……間接キス?)
顔が熱くなる。嬉しすぎた。
それから、冨岡くんはいろいろなリンゴを披露してくれた。木の葉りんご、双葉りんご、市松りんご。お魚に添えるレモンは、リボンレモンにしてくれた。さらに、ソーセージはたこさんソーセージ、かにソーセージ、かのこソーセージを披露してくれた。
「どう!? 賑やかになっただろ?」
その笑顔にキュンとなる。
「スゴい……。ありがとう!」
「いえいえ! あ、そろそろ授業戻らないとヤバいかな」
既に50分授業の40分が終わったので、ヤバいも何もないと思うけど……。
「じゃ、また部活でな!」
「うん……!」
彼は手を振って、自分の教室へ戻っていった。
「わっ! すごぉい、見て、見て!」
ミユの声にハッとする。班員全員が、冨岡くんのりんごに夢中になっていた。
「すげぇ!」
「かわいいー!」
「やっぱり料理長、器用じゃん!」
班員どころか、クラスメイトと先生まで大騒ぎ。
「あ……そ、それ……」
メールが入った。開いてみると、冨岡くんから。
――お前がやったって言っとけ。
「さゆがやったんだよね!?」
「う……うん!」
嬉しかった。憂鬱だった調理実習が、君のおかげで楽しくなった。
そして、放課後。部活へ行く前に、図書室に寄ってみた。
「あれ? 料理の本?」
ドキッとして振り向くと、のぎぎこと乃木あずさがいた。
「う、うん……ちょっと興味があって」
「そうなの? 私ね、今度カップケーキ作るから、一緒にしない?」
「……。」
君の笑顔が浮かぶ。お礼に……作りたい。
「うん!」
私は少し悩んで、笑顔で答えた。
今度は、ビックリさせてあげるからね!
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