15♪ ライン
「水谷くん」
あーあ。また言ってる。
「……。」
答えてやんない。
「ねぇ、水谷くん」
いつも言ってるのに。わかってくれない。
「ねぇ! なんで無視すんの?」
また言わなきゃダメか。
「なんでって? そりゃあ他人行儀だから!」
こんにちは。俺、水谷 春樹といいます。神奈川県は七海市にある、七海高等学校に通う高校2年生。よく、チビなので中学生扱いされますが、れっきとした高校生ですよ。
そんな俺ですが、付き合っている人がいます。同じクラブでクラリネットを吹いてる、橋本 絵美です。
その前に、ちょっと吹奏楽部の恋愛事情を俺からお話しましょう。
吹奏楽部随一のバカップル、佐野 翔と朝倉 陽乃。彼らは部内どころか学内公認のバカップルです。関西弁丸出しの翔と、天然パワー炸裂の朝倉さん。先生でも知らない人がいないくらいの、有名カップル。
続いて、ツンデレやらせたら最強カップル、川崎 慎也と田中 美里。田中さん曰く、「クラスではツンツンしてるけど、あたしの前だとデレデレしてくれるようになったの!」とのこと。しかし残念。付き合った当初から翔、拓あん、俺の3人の前ではデレデレしっぱなし。恋愛沙汰に興味なしの拓あんはいっつもアクビして聞き流してたけどね。
1年生の恋愛事情は俺、よく知らないのでパス。とりあえず、2年生はこの2組と俺たちカップルを入れて合計3組!
なのですが。
俺たちカップルの認知度は他の2組とは異次元にあると言ってもいいほど、低いんです。顧問の東先生が知っているかどうかすら、怪しい。部内でも2年生と1年生の一部しか知らないほど。それには理由があるんです。
「え? 付き合ってるのを隠したい?」
付き合いだして間もない頃。マックで絵美がこう言う。
「うん……恥ずかしいし」
わからなくもないかな。部内恋愛だし。絵美曰く、俺が初めての彼氏だって言うし。ま、俺も絵美が初めての彼女で、だからこそ、こうラブラ……じゃなくって。仲良くしたいわけですよ。それなのに、隠すって……。でも……。
「わかった」
「本当!? 良かった〜……こんなこと言われて怒られたらどうしようかと思ったの」
ほら。君がこういう風に笑うから、俺はいつも負けるんだ。
でも。
「水谷くん」
何? この呼び方。
別に、苗字で呼んでるのが気に入らないんじゃない。じゃあ何が気に入らないのかって?
「みーやーん! 楽譜落としてるよ?」
「やっだなぁ、優っちおもしろい!」
「慎ちゃんとミサッチ、ホント仲いいよね!」
なんで俺を苗字で呼ぶのに、他の男子はあだ名で呼ぶんだ!
「それってさ、嫉妬?」
珍しく拓あんが恋愛話を聞いてくれた。あ、拓あんっていうのは俺のパートで仲良くしてる同じ2年生の、本堂 拓真のことね。
「……恥ずかしいけど、そう……かも」
カァッと顔が熱くなるのがわかる。俺、普段のろけたり相談したりなんてしないんだけど。
「うーん……女の子って難しいよな」
「なんだろうな。別に、仲が悪いってわけじゃないんだよ。一緒に出かけたり、帰ったりだってするし」
「……一線越えないからダメなんじゃないの?」
「は!?」
突然真顔で何を言い出すんだ、拓あん!?
「一線って何さ!」
「だから、キスとかアレとか」
おいおいおいおい! 恋愛に興味ないのに、なんでそんなの知ってるんだよ!
「バカ言うなよ! そんなの……」
「してないんだ?」
どうせそうですよ。キスもしてないですよ。
「それが原因?」
「だから、橋本さんはおとなしいからさ、リードしてほしいと思うんだよな男に。でも、春やんはいつまでたっても橋本さんとこう、一線を置いて接するから、彼女もなかなか思いきれないんじゃないの?」
「……む」
なんか妙に説得力があるぞ。でも、だからって急にそんなことし出したら……きっとダメだろうな。
そんな変に距離のある感じを残したまま、付き合ってめでたく2ヶ月目。今日は俺の家で遊ぶことになった。母さんは仕事に出てるから、俺と絵美だけの時間が流れる……って、バカみたい。恥ずかしいな、こんなこと言っちゃって、俺。
「えーと、ジュースジュース」
適当に冷蔵庫にあったジュースを開けて、コップに入れて差し出す。
「ありがとう」
「どいたま」
それからジュースを飲んで、いろいろと話したり遊んだりしていた。だけど、なんか顔が熱い。なんだろう。それに、ドキドキする。
「ねぇ、顔、赤いよ?」
絵美は二人きりのとき、俺の名前を呼んだりせずこうして「ねぇ」と言ってくる。でも、その声もグワングワンして俺の頭で響くだけ。
「……。」
つい胸元に目が行く。ヤバい。なんか……エロい気分?
「へ……?」
絵美が呆然としてる。でも、関係ない。
唇に伝わる、やわらかい感触。
「……!」
それは、何の前触れもなかった。一線を越えた……のかも。その後すぐに、記憶が途切れた。
「ん……頭……いたい」
目を覚ますと、なんともう午後8時!
「絵美!?」
「何言ってんの! バカなことして〜。あんた、自分が何したかわかってるの!?」
「え……あ、母さん?」
ゴン!と母さんの拳が俺の脳天に直撃した。
「痛いなぁ! なにすんだよぉ」
「これ!」
目の前に、ジュースの缶が2本。1本はオレンジジュース。絵美に出したヤツ。そしてもう1本はカシスオレンジ……カシス!?
「お酒!?」
「そうよ! まったく! 未成年で飲酒だなんて、とんでもない話だわ。いい!? 今後、お母さんも気をつけるけど、勝手に飲んじゃダメよ!?」
スゴイ剣幕。こんな顔見たら、二度と飲もうなんて思いませんよ。
次の日。
あれはきっと、酒が見せた幻。なんか二日酔い気味で気持ち悪い。
「どしたのさ、お前。今日変だぞ?」
拓あんが心配そうに俺の荷物を持ってくれた。さすが長身パワフルボーイ。
「昨日ちょっとね〜」
フラフラする。ゆっくり行こう。
「ゴメン拓あん。俺、ちょっとゆっくり行くよ」
「そうか? じゃあこの荷物、持っていっとくな」
「ありがと〜」
拓あんは颯爽と先に行ってしまった。気持ち悪いな〜。酒臭くないかな? 心配だ。
「はる」
振り向くと絵美がいた。
「あ〜おはよ、橋本」
俺もバレないように、苗字で絵美を呼ぶようにしている。
「大丈夫なの? 昨日……飲んでたヤツ、お酒だったでしょ?」
「え? 橋本、知ってたの?」
「はるが倒れた後に、確認してみたの。ビックリしちゃった」
恥ずかしい! ってことは、幻とか妄想じゃなくって、あのキスは現実……。
あれ?
「はる。チャイム鳴るよ。急ごう?」
絵美が先に行ってしまう。俺はいちかばちか、言ってみた。
「待ってよ、絵美!」
絵美が振り向き、笑ってくれた。
「急ごう。はる」
「……うん!」
今度は自力で一線を越えようかな。
ケンカするかもしれないけど、そのときの一線も「自力」で越えよう。友人にも頼りすぎず、ましてやお酒なんかに頼らずに。
ありがと、絵美。
大好きだよ。