10♪ ツンツンツン!
あたしの彼は、ツンツンです。
世間では普通、ツンデレですがね。
皆さん、はじめまして。あたしは田中美里といいます。あたし、いま大切〜な人がいるんですよ! ほら、あそこでトロンボーン吹いてる、あの人!
彼の名前は川崎慎也といいます。付き合って……どれくらいになるかは忘れましたが、確か去年のバレンタインでコクッてからずっとだから、2006年10月現在で8ヶ月かな? ちなみに、大切な記念日なるもの(あたしにはどうでもいいけど)があるとすれば、2月14日ですね。
あたしは忘れもしません。あの告白の日を。
「かっ、川崎くん!」
バレンタインコンサートが終わった後。楽器の片付けも終わり、さぁ解散!と言ってすぐ。あたしは川崎くんに声を掛けた。
「何?」
あぁ、このクールなヴォイスがあたしにはたまりません! 心臓バックンバックン鳴ってて、制服破れそう!
「あ、あの、この後時間ある!?」
「ゴメン、ない」
あぁ〜即答〜。
「い、一瞬でいいの!」
「え〜。今日じゃないとダメ? 俺、寒いんだけど」
そんなのあたしだって一緒だよ! だいたい、今日が何の日かわかってないの?
「お願い! 今日じゃないとダメなの!」
「もう夜も遅いしさ。俺、明日のほうが時間あるんだけど」
もう午後7時ですよ? 川崎くん、今からどこへ行くと言うのです?
「どこか行くの?」
「行かないよ」
「じゃあなんで?」
「おなか空いたから、春樹と拓真でメシに行く」
あぁ。何? 君たち、バレンタインなのにウキウキとかしないわけ? あたしだけですか。浮かれてるのは。なんかバカみたいじゃん。
「一生のお願い!」
「も〜……しょうがねぇな。わかったよ」
いよっしゃあああああ! 来ました! 来ましたよ、陽乃さぁん!
川崎くんは水谷くんと本堂くんに何か言っている。二人はウンウンとうなずくと、先に歩き出した。
「だ、大丈夫だって?」
「大丈夫じゃねぇけど、メシ食いに行く場所は教えてもらったから大丈夫っちゃー大丈夫」
いったいどっちなんだ、それは。っていうか、それって暗にアンタのせいでこうなったんだよ、とでも言いたそうですが何か?
「ゴメン……」
「……こっち行こう」
そういうと君はあたしの手を引いて歩き出した。
「……。」
「……。」
無言。沈黙が続く。
「あのさぁ」
「は、はい!」
「田中から呼んだんだから、何か話題提供してくれよ。俺、静かなの苦手なんだけど」
なに、その上から目線。それに、1年生じゃ君が一番静かですよ。
「はいはい。じゃ、今日川崎くんは何を食べる予定なんですか?」
「牛丼」
吉野家かい。
「次の質問」
「はい、どーぞ」
「好きな人いますか?」
「は? お前なに、急に」
「沈黙が嫌なんでしょ。だから、今日は川崎慎也質問攻めデーに決定」
「勝手に決めるなよ」
「話題提供になるでしょ。はい、答える」
「はい。好きな人は?」
「いません」
これはあたしにとってプラスなんだろうか。でも、いないってことはあたしを恋愛対象として見ていないってことだ。あたしはジーッと君を見つめてみた。
「なんだよ」
「別に。次の質問」
「どーぞ」
「いま、付き合ってくださいと言われたら付き合いますか」
「ありえねぇ。Noだな」
ちょー! 陽乃さーん! かなり絶望的です!
「なんでNoなわけ?」
ヤバい。これ以上話てると撃沈しそう。
田中美里号、沈没寸前。
「好きでもないヤツと、付き合う気なんてねぇし」
「そ……そっか」
ダメだ。きっと、振られる。あたしは持っていたチョコを制服の背中に隠した。
「で? 何なのいったい」
泣きそうだ。ダメ。こらえて。今ならまだ間に合う。なかったことにしようじゃないか。
「な、なんでもないの! ちょっと質問したかっただ……」
急に君の顔が近づいてきた。
近い。
近すぎない!? なんか息の音聞こえるんですけど!?
「お前、ウソつくなよ」
「へ!?」
ちょ、なにやって――。
「……。」
夢?
夢、じゃない?
いま――。
君の唇が、あたしの唇に……。
「……ゴメン」
なんで謝るの? 何? キスしたことに対して?
「俺が、ウソついてた」
ウソ?
「俺……」
真っ赤になった君の口元が、ぎこちなく動いた。
「君が……好きです」
「ウ……ソ……」
「ウソじゃねぇよ。バカ」
ギュウウッと君があたしを抱きしめる。背中に隠したばかりのチョコが、雪が積もり始めた道路に落ちた。
あれから8ヶ月。
「しーんや!」
「んだよ、うっとうしいなぁ」
相変わらず君はツンツンしてるね。でも、それは態度だけ。言葉がデレデレしてる。最初はツンツンじゃん、とか思ってたけど、今は違うね。
「このツンデレ〜」
「うるせー、ばぁか」
ニッと笑う君。出会った頃と比べて、ずっと優しくなった。
君がいつか、本当にツンデレになって、いつかデレデレになる日が来るのを、あたしは首を長〜くして待ってます。
美里が慎也に告白する直前のシーンは『奏〜kanade〜』の第89話『輝く一日(後)』をご覧ください。