9☆ 私には、わからない
着いた着いた。後は、インターフォンを押すだけ。
「……。」
でも、押す前に考えてしまう。これが、彼の家だったらいいのに。私は、きっと最低。今、この家の前にいるのは私が行きたいと言ったから。なのに、この家の中にいる人とは違う人の姿を期待している。私、ヒドすぎるな。
インターフォンを押すと、ピンポーン♪と軽快な音が響く。
「はい」
聴き慣れた声。ちょっとホッとするのは、何でだろう。
「こんにちは! 吉山です!」
「上がって。開いてるから」
あぁ、クールだな相変わらず。瀬戸くんっていつもそう。なんだか、クールで落ち着いてて、私たち1年生の中でも大人びてる。そんな彼と親しくなったのは、まだ最近。私は南葉島中学。瀬戸くんは大井戸中学。最初はまったく接点がなかったけど、君と私は合宿で部屋が隣同士でした。
花火が最後の夜にあったけど、ちょっと疲れが出た私は部屋で休んでいた。外からは、佐野先輩や川崎先輩、冨岡くん(私は心の中でいつもとみぃと呼んでいる)、日高くんの声が聞こえる。花火を振り回して皆を追い掛け回すのは、意外とおっちょこちょいなのか水谷先輩だった。
「私も参加したかったけどなぁ……」
ちょっと頭がボーッとしてる。顔でも洗ってこようかな。
部屋を出て手洗い場へ向かおうとして、玄関に続く廊下でドシン!と誰かにぶつかった。
「きゃっ!」
ちょっとボーッとしてたせいで私はよろけて転んでしまった。
「ご、ごめん! 大丈夫? 吉山さん」
「あ……だ、大丈夫」
「そう? なんか顔、赤くない?」
君は心配そうに私の顔を見つめた。あの時、初めて君の顔をマトモに見た。けっこう、イケメンじゃない!
そもそも、吹奏楽部は男子のイケメン率が高い。そりゃーもちろん、とみぃは私の中ではヒーローみたいな存在だけど! あ、わかりにくいか。まぁ、特別な存在ってわけで。佐野先輩も川崎先輩も本堂先輩もタイプは違うけど、みんな顔立ちがいい。彼女がいるのもうなずける。本堂先輩だけいないけど、硬派に見えるからかなぁ。水谷先輩は小動物系。カワイイ感じがする。
それから1年。とみぃはもちろん、三宅くん(まだ合宿のときはみんな君づけで呼んでた)、瀬戸くん、野村くん、逢沢くんあたりが私の中ではイケメンに入るかな。ゴメンね、漏れちゃった1年生。
とはいえ、こんな偉そうなことを言ってる私は美人でも可愛くもありません。そうだな〜。1年生なら美人ははるちゃん、さゆりん、まーや、久野ちゃんあたり。可愛いのは佳菜ちゃん、りこ、みゆ、光瑠、めぐ、エリリン、のぎぎかな。あれ!? 私以外全員だ……。
はい。自虐ネタはおしまい。
「大丈夫?」
もう一度響く瀬戸くんの声。
「う、うん……」
私は立ち上がって手洗い場へ行こうとするが、フラフラと不安定な歩き方しかできない。瀬戸くんが急に私の体に触れてきた。
「!?」
私は振り払おうとしてしまった。なんて失礼なんだ、私……。
「ごっ、ゴメン。つい……」
「いいよ。私、部屋に帰るね」
なんだか、いたたまれなくなって私は部屋に引き返した。ドアを閉めてしばらく呆然と立ち尽くした。
コンコン、とすぐにノックが聞こえた。
「誰ですか?」
「俺。瀬戸」
「何?」
ドアを開けて用を聞いてみる声がまた、意地悪っぽく響く。何やってんだろ、私。
「これ……使って」
そう言って君が差し出したのは、冷えピタ。
「あ……ありがとう……」
「ううん。それじゃ」
君はすぐに走り出して、花火をしているみんなの輪に戻っていった。
君にもらった冷えピタを貼ると、あっという間に顔のほてりが引いた。でも、なぜか心臓だけがドキドキ鳴っている。何なの。何。説明して。誰か――。
「それは恋だね!」
「は?」
何言っちゃってるの、はるちゃん。テナーサックスの西嶋はるかが、私の相談に真顔で答えてくれた。
「ちょちょちょ、前にも言ったけど私は……」
「知ってるわよぉ! とみぃLOVEでしょ?」
「そうだけど! でも……」
「キュンとしちゃった?」
「……うん」
私は小さくうなずいた。ワハハハー!と大きな声が聞こえる。君と、とみぃの声。後ろを向いてみた。嬉しそうに二人とも笑う。私はこのとき、思ったんだ。
それから1ヶ月ほど経ちました。今日は日曜日。私は今、君と部屋で二人きり。なんだか私にはわからない。私、君ととみぃのどっちが好きなんだろう。
そうこうしているうちに、見たかったDVDはあっという間に終わってしまった。そろそろ家に帰らないといけない時間だ。
「ありがとうね! 今日はすっごく楽しかった」
「ううん。俺も」
「またヨロシクね。相談したいこともあるし」
これを言うたびに、心が痛む。
「……うん」
寂しそうな顔。私って――最低?
「最近、冨岡くんやっとあたしに話し掛けてくれるようになったんだ」
やめろ。それ以上言うな、私。
「瀬戸くんが的確なアドバイスくれるから、とっても助かる」
バカ。最低!
「あたし、頑張るから! 瀬戸くんも何かあったら、何でも相談してね?」
もう。いなくなれ、バーカ。
「うん。今のところは大丈夫だよ」
また、ウソだ。私に……言いたいこと、あるんじゃないの?
「わかった! じゃあ、またね!」
でも、無理に言ってほしくない。
はるかが言った。
「恋愛にはね、3つのingが必要なの!」
思わず私は笑ってしまったけど、今なら納得。
タイミング(timing)。
フィーリング(feeling)。
ハプニング(happening)。
君とは……ハプニングは合宿で得ることができたかな。
後は、フィーリングも怖い話好き同士ってことで最高。
タイミングだけだね。
どういうタイミングだろう?
私がとみぃにフラれたとき?
君が私に告白するとき?
それは、わからない。
誰にも、わからない。
私には、わからない。
誰か教えて。
この……胸の苦しみ。
「バイバイ!」
せめて、別れ際ぐらいは笑って?
「またな!」
良かった。笑ってくれたね。
バイバイ。
また、明日。