episode 2 契約、締結……?
「要するに、お前――アオイは、ダンジョンに潜る探宮者の支援をする為に異界から来たって事で良いのか?」
「そうなるの」
あの後、私はコップ一杯の水を二秒で飲んで頭を冷やし、一度冷静になってからアオイの話を聞き、整理する。
どうやら彼女は異界財閥? とやらから地球に派遣され、探宮者の支援をするのが仕事らしかった。
こんなちんまい子供が?
何か、致命的に頼りない気がする。
ていうかそもそも異界ってなんだ。とてもじゃないが、にわかには信じられないんだけど。
常識を逸した情報の過多で死にそうな私をよそに、アオイはテーブルに置いてあった、ラスイチのミカンを勝手に食べ出した。
何してん、こいつ。
「でも分からないな。何で私なんだよ」
「初期状態がその世界に於いて社会的ダメ人間である程、成功した時に私の成功報酬と評価が高くなるの」
「成る程ね。無職・パチンカス・前科者と三句揃った私は絶好のダメ人間って訳か……って余計なお世話だわ!」
ダメ人間と言われ、私はつい声を張ってしまう。
でも否定できないのが辛い。
しかし私にはどうにも解せない点があった。世の中、そんなクズなんざ他にも居るし、なんならもっと屈強な男も居ただろう。何故私みたいなモヤシ女に目をつけたのだろうか?
するとアオイは、まるで私の思考を読んでいるかのような事を言い出した。
「貴女に才能が見えるの。探宮者として大成出来る、潜在する才能が」
「才能……ね」
正直、実感は湧かない。
運動が苦手って訳じゃないが、特筆すべき点がある訳でもないし。まぁ異界(仮)からお越しのアオイ様が仰る事だ。話半分に聞いておこう。
「ダンジョンについてはどこまで知っているの?」
「どこまで……って」
ダンジョン。
数年前、大地震と共に地球上の各所に発生した未知の迷宮。内部には常識では括れない凶悪な魔物が犇き、ダンジョン発生後、地球上は魔素という不可視の物質に満たされた。
ダンジョンは放置し過ぎると中の魔物が溢れる『飽和』という現象が起きてしまう為、魔物を狩る者が必須であった。
当初は自衛隊や国が設置した専門の機関で対応していたが、地震とともに増殖し続けるダンジョンに、次第に手が回らなくなった。
そこで、世界的な政策として国民から探宮者を募る、という事になった。探宮者を養成する学校を作り、ライセンスを取得させ、魔物を狩らせるのだ。
「……ってところだな」
私はダンジョン、並びに探宮者について、知っている事を話した。
「実は私、一時期探宮者も考えてたんだよ。かなり稼げるって聞いてさ。でも免許取るのにめっちゃ金と時間掛かるらしいじゃん」
アオイは探宮者探宮者と宣うが、免許が無ければ話にならない。その免許も、今の私の経済力では到底――。
「それなら心配ないの」
そう言ってアオイは、私に一枚のカードを手渡してくる。
それは紛う事なき、探求者免許そのものであった。
しかも、それには既に私の顔写真に名前等の情報も記載されていたのだ。
「え、偽造?」
「異界財閥の模倣技術を舐めないの」
「日本の鑑識能力も舐めないでほしいところ」
私は思った。
これあかんやつや、と。
だが話によると、財閥は政府のデータベースにすら干渉可能らしく、免許取得者の情報などは最初からそこに“あったこと”になるらしい。
もうなんでもありじゃん、異界財閥。
どうせならパチスロの設定弄って100%万枚出る台とかやって欲しいものだ。
「データベースの改竄はまだ済んでないから本格的な活動はまだ出来ないの。当面は資金繰りと装備の調達なの」
アオイはとんとん拍子に話を進めていく。
あれ? 私探宮者やるって言ったか?
「取り敢えず契約書を書くの。ここにサインして、こっちに拇印を――」
何か契約書とか出し始めた……。
「わ、悪いっ、ちょっと考えさせて……」
「ダメなの、とっとと済ますの」
「えぇ……」
結局、私はアオイの勢いに押し負け、コンサルタント契約を締結してしまった。因みに、コンサルの対価は探宮者としての成功で、特に金銭は要求されないらしい。
やったね、タダじゃん。
とはいえアオイもアオイで打算で動いている節もあるだろう。私が探宮者として成功することで、財閥に何の得があるかは知らないが、少なくともアオイには財閥内での評価と報酬が良くなるというメリットがある。
才能あるとか言われた所で何のこっちゃって感じだが、契約を強引に押し通す程の何かを見出したということだ。
――まぁ、どうせこのまま燻って終わるような人生なら、ここいらで大きな賭けに出るのも悪くない。
「……なってやろうじゃない。探宮者に」
私は契約書が皺くちゃになる程に力強く拇印を押し、そう宣言した。
「あー、契約書がぐちゃぐちゃなの。書き直しなの」
「えっなんかごめん」
出鼻は挫かれた。
これから大丈夫か? 私。