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episode 1 黒瀬・メルフィエンド・アオイ

「お金、ないの?」


 そう言って、突如私の自室に上がり込んできたのは、まさにお嬢様というような、黒のゴシックドレスという豪奢ななり(・・)の黒髪の少女だった。


「お金、困ってるの?」

「え、な、何?」


 玄関は鍵を掛けておいたはず。

 しかしこの少女は何食わぬ顔で施錠を突破し、意図は全くの不明だが、執拗に金の有無を私に問い詰めてくる。

 私は困惑し、舌をもつらせていると、少女は何も無い空間から一枚の紙を光の粒子と共に顕現させ、それを読み上げる。


あまね キャロライン、21歳。職無し文無しのパチンコ中毒者。所持金は1602円。間違いないの?」

「……間違ってて欲しいけど寸分違わず間違いないな」


 読み上げられたのは、私の個人情報。

 職無しのパチンカスまでなら尾行で判明するだろうが、所持金まで割れてるとはプロとしか思えない。現在、手持ちの金は一切なく、その1602円という数字は銀行口座にあるものだ。そこまで周到に調べられる筋合いは無いのだけれども。


「私なんか調べあげてどうする気? 悪いけど内臓くらいしか売れるもんないよ?」

「……」

「無視かよ」


 少女は私の問いには答えず、最初と同じ問いを私に投げた。


「もう一度聞く。お金、欲しいの?」

「……金、ね。そりゃまあ、有った方が良いに決まってる」


 問答を繰り返しても埒が開かない。

 そう察した私は素直に問いに答えた。

 金が欲しいかどうか……そんなもの、答えは決まってる。


「強弱の基準は金の有無。頭が良くても喧嘩が強くても、金に繋がらなきゃそいつは弱者だ。尤も、そんな奴らはITやら格闘家やらで一財成すだろうけど……結局、才が無けりゃ誰かの食い物でしかないんだよ」


 私は部屋の片隅で埃を被っているギターに目をやった。

 そのギターのネックは大きくひしゃげ、もう昔のような音を奏でる事は出来ずにいた。


(でも、私は……まだ……)


 かつて組んでいたガールズバンド。

 メジャーデビュー寸前までいったが――ボーカルの薬物所持、ベースの売春、ギターである私は……暴行事件で逮捕。相次いで発覚した各メンバーの不祥事にドラムは鬱病を患い、そのバンドは解散。業界から存在を抹消された。


 自業自得が生んだ結果とも言えるがだが、私は諦めきれずにいた。未練がましく折れたギターを部屋に置いたところで、もう音は奏でられないということは理解しているのに。


 走馬灯のように過去の栄華が脳裏を過ぎる刹那、少女は口を開いた。


「……貴女の過去も調べがついてるの」

「分かってるなら、何で私なんだ? てか、何をさせようって話だよ」

「過去との決別。私には、貴女に再起の機会を与えられる」


 少女は両手を広げ、慈母神のような視線を私に送る。

 ――私には分からなかった。

 再起の機会? 何故私にそこまで肩入れしたがる?


「お前、何者なんだよ」

「こういう者なの」


 少女は何やら黒い紙切れのようなものを手渡してきた。

 それには白い文字でこう書かれていた。


『異界財閥地球支部 ダンジョンコンサルティング部門』

『黒瀬・メルフィエンド・アオイ』


 それは正しく、名刺であった。


「なんかすげぇ事務的なんだけど、何コレ」

「平行時空上に存在する、全ての世界に於いて発生したダンジョンを探索する方々に、安心・安全であり確かな成功と発展を約束し、支援を提供す――」

「待って待って待って」


 これが人生のどん底にいた私と、異界からの来訪者、アオイとの邂逅の瞬間であった。

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