~プロローグ~
今から三千年程昔の話。善神エリセ・オリジン率いる神々と天使達と魔神アヴァレル・ヴァズ率いる魔族達のいざこざが激しくなり遂に戦争へと発展した。
「アヴァレル様!城の正門にエリセ軍が現れました!」
「あの憎たらしい愚弟め!もうそこまで来たか」
魔界に攻め入ったエリセ軍は次々魔界に暮らす魔族を全て滅していた。それこそ魔界を滅ぼすかの様だった。
「アヴァレル様!」
「あぁ……今行く」
玉座から立ち水晶で戦いの様子を見ていたが部下から助けを乞われゆっくり歩みを進め大きな城の長い階段、長い廊下を歩いて正門まで行く。
「エリセ!とても神のやる諸行とは思えんな」
「私は兄さんの行う諸行の方が考えられない!天使達を捕らえ神を殺し、次の時代を担う人間も殺している様じゃないか!?」
「『兄さん』と呼ぶのは辞めろ!」
「同じカオスから生を受け何故堕天した?」
それを聞いてアヴァレルはクックッと笑い出した。エリセは下らない話をしているとは分かっているつもりだったが眉間の皺が濃くなる。
「善行など腸が煮え繰り返る程、疎ましく下らないからだ」
何か善い事をして誰かに裏切られたのか?まだ元始の時代同じ日に二人アヴァレルそしてエリセと生まれてきて神として過ごす内にアヴァレルは善い事とは何かと疑問を抱く様になって行ったのかもしれない。
そしていつ道を外れたのかすら分からなくなった。気付いたら魔界のルシファーの元へ堕天していた。エリセが隣で微笑んでいて幼い頃神として初めて人間界に行き聖獣から甘い果実を一緒に食べた記憶すら憎らしい……。
「お前が大嫌いだからだ、エリセ」
「だから前の魔神のルシファーを殺して魔神になったと言うのか?私が憎くても何もかも壊して良いと言う理由にはならないよ?『兄さん』」
「やれやれ、生まれた時は何故お前を愛しいと思ったか分からんな」
判断しかねる……。と呟き腰に提げている剣の柄に手をかける、魔剣ヴォルガである。元々は聖剣だったが神界から堕天する際天使を切り殺した。そして地上で尊き獣ユニコーンを殺し呪われた魔剣と化した。常に闇を宿し黒い靄の様なものが漂っている。恐らくエリセには効かないが瘴気だ。エリセだって長く吸って居たいとは思わない。
「そんな瘴気を放つ魔剣など寿命を喰らうだけだよ?どうして何人も清きものを殺した」
「知らんな、天使も聖獣も殺した、ルシファーの首もこの魔剣で刎ねた」
ツーっと剣の切っ先まで軽く撫でる、ルシファーの怨念すら吸い込んだか剣など使う度に寿命を捧げているのと同じだ。カオスから生まれた神に寿命などあってない様なものだが精神……つまり心を蝕んでいく。
「やはり『兄さん』は私が殺すしかないみたいだ魔剣に心を喰い殺される前に来れて良かった」
そしてエリセは既に鞘から抜いたミスリルで作られた聖剣オフェロスを構える。聖剣オフェロスは剣だけに留まらずありとあらゆる武器に姿を変えることが出来る変幻自在な剣である。
「そう言う優しさが昔から目障りだった!」
ギィン!と高い金属音をたてて二人の剣がぶつかり合う。ヴォルガは常に闇と瘴気を出し、オフェロスは聖なる光を纏っている。
「フンッ!」
アヴァレルはそのまま力任せに振り下ろした。すると空間が裂けて砂塵を舞わせ地を割った。エリセはヒラリと躱わしてオフェロスはナックルに変化していて大きな動きをしたアヴァレルが立ち直る隙を突いてアヴァレルの脇へ強烈なパンチを入れる。
「聖炎拳!」
ゴオォ!と聖なる炎が最大噴射されアヴァレルの内臓を焼き蹂躙した。
「カハッ!」
内臓を焼かれ思わず焦げ臭い血を吐いた。内側から肉が焼かれる臭いが鼻を突いて吐き気がした。気を失いそうになる程の痛みが内側からする。
「フン……、はぁ、フゥー!!」
強く息を吐く、するとアヴァレルはブツブツと呪文の詠唱を始める。
「邪回術!?」
闇を纏って、その闇が部下の天使達と戦っている魔族を包んで喰らう。
「ギャァアー!熱い!アヴァレルさ、まーーー!!」
「何を!まさか部下を犠牲に?邪回術など誰かを犠牲にしないとなし得ない技だ!そこまで堕ちたか……兄さん……いやアヴァレルー!!」
「クハハ!俺を憎め!俺をもっと憎め!」
再び全快ではないが痛みがとれ後は魔力でじっくり回復させれば良いまで回復する。邪回術は自分の血を代償に行使する技でアヴァレルの血から生まれた魔族は邪系である為、自分の血を使い血から生まれた魔族を自ら滅する事により自分の力にすることが出来る。その力は滅する魔族の数で決まるが使い過ぎると自分の血がなくなり内側から崩壊する諸刃の剣である。
「魔雷轟……」
常に日の差すことのない魔界を覆う雲がゴロゴロと赤い雷が鳴り、一つになりカッと光りヴォルガに雷が落ちヴォルガは雷の力を宿す。
「邪雷裂!」
一歩後ろへ下がり身の丈ほどに赤き雷を宿した魔剣を振り下ろす。ゴリゴリ!ゴオオオオ!と轟音を鳴らし地面が先程より大きく裂くそれは正門の所まで地面を裂き正門を破壊する。
「エリセ……お前すら居なければ……」
ガラガラと崩れて門が無くなる土煙で目が痛い。城外で戦っていた魔族や天使も巻き込み傷付き酷い者は生き絶えている。
「全くもって攻撃がデカければ当たると思うのが余りに傲慢で反吐が出るよ」
「!!」
そこにはオフェロスを鉄扇の様な形にして無傷に立っているエリセがいた。そして地面を蹴りアヴァレルに突っ込んでくる。オフェロスは既に剣に戻っている、アヴァレルは大技を出した後で持ち支えているので精一杯で持ち上げられない。その間にもエリセとの距離があっという間に縮み……。
間に合わない……!?
ドス……鈍い感覚がアヴァレルの心臓を穿つ。アヴァレルの額にはじわりと汗が滲む。先刻……内臓を焼かれた時の様な痛みは一切ないが真っ赤な鮮血が次から次へと心臓に刺さっている剣を伝い、身に纏っていた衣服からも溢れて布を朱色に染めながら地面へポタ……ポタ……と落ちて行く。
「カ……ハッ!ク……ソ……俺の、負け……か」
血が喉に上がってきて噎せる。ゲホッと咳をする度吐血する。もう長くは持たない。邪回術を使おうにも対価である自分の血が足りない。
「……アヴァ……兄さん、もう良いんだ戦いは終わった。兄さんの負けだ」
「そう、だな……俺の負け……の、様だっ、死期がどうやら、俺にも来た……らしい」
ズシュとエリセが心臓を貫いていた剣を抜いてパッと血を払い鞘にしまう。琉球の時を生きやっと来た死に倒れ行くアヴァレルをエリセは慈悲を持って支えてゆっくり横たわらせる。
「考えて……みれ、ば……俺は、エリセに勝っ、たモノなど……一つも、持っていなかった……力も頭も……才も、全……て……」
「……私は誰よりもどんな時も誰にでも優しい兄さんが大好きだった」
「フッ……昔の事よ、、ゲホッ!俺は、エリセ……お前に、嫉妬して……いた……痴れ、者よ……」
ヒュー、ヒューと苦しそうな息に代わり。肺がまともに機能しなくなって来ている。どうやらそろそろ時間の問題のようだ。
「エリセ……お前に……一つ頼み、たい……事が、ある」
「極力乗るよ」
「実、は城の地下に俺の……ペットが……いる……そいつを、神……界に、置いて、欲しい……」
「私が主人になれと?もう何千年と一緒に暮らしていたんじゃないのか?知らない土地に魔族が行くより兄さんと死ねた方が良いんじゃ?」
「ア、イツは……元々、神界……に住んで、いた……神殺、しの、大罪で……魔……かい、送りに……され、俺が……、拾……っただけの縁……だ」
アヴァレルはやはり昔と何一つ変わっていなかたった。無理に凄んでみたり、嘘で自分を塗り固めてみたり……。でもこの中には魔界送りにされた獣など珍しいものだが、この広い魔界へ放り込まれた一匹の獣すら見捨てる事すら出来ない程に優しい、温かい心がある事をエリセは知っていた。
「分かった、俺が責任を持って面倒を見よう」
「すま……ない……エリセ……俺を、殺しに来、たのが……お前で、ほん当に……によか、った……」
そのままアヴァレルの目から眼光が消え呼吸が止まった。だがその満ち満ちた顔。少し微笑んであの頃の兄そのものだった。エリセは昔、人見知りで常に明るく少しひょうきんで人気者な兄に嫉妬の様な憧れを持っていた。いつか兄の様に誰にでも優しくいれる自分を好いてやりたいと思っていた。しかし神で在る以上自分に対しての一定の感情移入移入など許されないものだった。アヴァレルの飼っていると居たと言う『ペット』ですら自分を認めてくれるか心配になった。
「エリセ様これよりはアヴァレル様の執事のトールが案内させて頂きます」
そこには戦っていたのだろうか?所々穴の空いた燕尾服を着ている礼儀正しい気配から悪魔である男が話し掛けてきた。
魔族にも階級が存在し魔神・悪魔・魔族と別れている。簡単に言うなら王・貴族・一般市民の様なものだ。魔族はその三つの総称とも言える。魔界には魔獣人やただの魔物の様な獣もいるそれもまた総称として魔族と呼ぶ。
「あの……兄さんのペットって?」
トールに問い掛けるエリセ、トールは終始無言だったが長く暗い階段を下っていると、口を開き……開口一発溜め息を吐いて。
「ハァ……いつの頃か魔族の中で知らない獣が同胞を食べられていると言う噂が流れてきました……そこで私共は討伐隊を組織しその獣を討伐に行かせました……しかしどれ程強い悪魔や腕に覚えのある魔族を送ってもいつまで待っても誰一人帰って来ませんでした」
エリセはごくりと生唾を飲んだ。魔族はともかく悪魔の中にも弱い悪魔、強い悪魔と居るが城下の悪魔は大抵力のある悪魔だ、中には弱い悪魔を育成する機関も存在するが討伐隊ともなれば悪魔や魔族を指揮する強い悪魔が必ず一人はいる筈だ。
「そんな訃報が続きアヴァレル様が『ならば俺が行こう』と言って下さいました……そして私も同行し向かいました、城から二キロ程歩いた所に沢山の喰い千切られた同胞の死体がありその先に居たのは、フェンリルでした」
「フェンリル!?確か神の一人を喰らい魔界送りの罰を……」
「貴方達の都合で私達の同胞は百人以上喰い殺されましたがね」
この世は不条理な事ばかりだが無作為に殺されて良い命など一つもない、況してや当時そのフェンリルは幼体で精神が幼い内に群れから仲間外れされていたから一匹くらいなら魔界送りの刑にすることでエリセ自身不本意ではあったがエリセ以外の世界の神々を納得させるのでエリセは手一杯だった。
「なれば私も他人事ではないな……」
「アヴァレル様は幼体と言えど自身の体より遥かに大きなフェンリルの牙を掴み地面叩きつけ『どうだ?俺は強いだろ?俺にお前を飼うってことでお前の死罪を許そう』と仰いましたフェンリルの子は『俺を赦してくれるの?』と泣いていました」
そして階段を下り終わり独房らしき所に出る牢の中では既に生き絶えている天使や聖獣を見付けたが黙ってエリセはトールの後を着いて行った。すると独房の奥に重厚な扉があった。トールはその扉をノックする。
「ヴァン、私だ入るぞ?」
「トール様?」
ギィイ……と音を立ててトールが扉を開ける。そこには蒼髪、金眼の少年が立っていた。髪は手入れをされていてだが少し長い感じがして、少女のような少年だった。この子が本当に神殺しの大罪を?と疑うほどだった。
「アヴァレル様はどうしたんですか?トール様そちらの方は?こんな所までお客さんですか?」
「まぁ、落ち着きなさい……ほら挨拶くらいちゃんとしなさい」
「スミマセン……俺はヴァン!ヴァン・ヴィズアースって言います!」
蒼い毛並みの尻尾がゆらゆらと揺れている。獣人化は覚えてからまだ何十年も経っていないのだろう……狼耳と尻尾が見える。だがまるでこの部屋だけ情報がシャットアウトされているかの様に静かだ。フェンリルは蒼毛に黒眼と聞いていたが成る程金眼のフェンリルはまずいない。そしてヴァンの尻尾がパタパタと揺れて純粋無垢な視線が下から送られている。エリセは『可愛い』と思ったが口には出さずしゃがんでヴァンと同じ目線になる。
「私はエリセ・オリジン……アヴァレルの弟だ」
「アヴァレル様に弟君がいらっしゃったのですか!俺の知らない話です!トール様は知ってらっしゃいましたか?」
「えぇ」
「なぜ俺に言って下さらなかったのですか?俺は兄が居ましたが……アヴァレル様はいつもお一人でいらっしゃるので寂しい方だと勘違いしていました!」
プンプンと怒りに頬を膨らませているヴァンになんだか可愛らしいと言うか精神年齢と体の年齢が伴っていないと言う印象を受けたが、アヴァレルは妻を持たなかった。ヴァンに一体どれ程の愛情を注いだのだろうと思うと……自分がヴァンの親代わりになるのが出来ることなのだろうか?多分寂しい思いは沢山させるエリセは多忙だから……。でも優しさ溢れたアヴァレルの頼みなら仕方ない。
「今日アヴァレル様は病の末亡くなられました……神が滅んだのだから魔界は私が滅します、エリセ様ヴァンをよろしくお願いします」
「分かりました」
「ちょっとまってください!トール様!俺アヴァレル様に会いたいです!!」
突然の出来事に涙をボロボロ溢しながらトールに縋るヴァン。その仕草からヴァンがどれほどアヴァレルを慕っていたのか分かる。トールのボロボロの燕尾服を引っ張り更に穴が大きくなる。
「ダメです!死しても周りに感染する病です……ヴァンの頼みでもそれだけは聞き入れることは出来ません」
トールの善神と邪神の戦争に敗北故の死ではなく病による死にしてくれたお陰でヴァンの心に傷を負わせなくて済む……戦争の本当の真実は追々話すことにした。ヴァンが大人になって寂しさが埋まったら。大人の勝手な都合で魔界に追いやられ、拾ってくれた主人をまさかエリセが殺したから新しい主はエリセなど余りに酷で言えなかったトールもまた優しい。
「分かりました……城ごと魔界を滅ぼすのですね?」
「そうです、私は悪魔……魔界以外は住めないのです……その点ヴァンは自由です、エリセ様は神界にお住まいの身です」
その言葉にヴァンはビクリと体を震わせ尻尾を大きく逆立てる。
「俺は神界から追われた身です!エリセ様!俺は神界には戻れません!」
「ヴァン……お前が住んでいた所は神界の獣界と言う区域、私が住んでいる所は神界の中心界主に神々が鎮座している区域だよ?獣界とは関係はそんなにないよ?」
そう言ってエリセは宥めるように優しくヴァンの髪の毛を梳いた。ヴァンは爪と牙を剥き出しにして威嚇する。
「グルル……」
落ち着かない様子で涙目になっていた。余程怖い目に遭ったのだろう……獣界の民は種の結束を重んじる。その民から毎日白い目で見られ親や兄からも怪訝な顔をされれば幼い心には大きく深い傷がつく。しかし魔界にももう居場所はない。
「エリセ様、俺は魔界と一緒に……アヴァレル様と一緒に死にたいです」
「私は兄さんにヴァンの事を頼まれているんだ……分かるね?これは兄さんの最後の願いなんだ」
「最後の……願い……」
涙が床に零れ落ちる。横に立っていたトールがヴァンの背中をそっと押してヴァンが一歩エリセに近付く、エリセはヴァンを迎えて抱き締める。
「俺はまだ子供でアヴァレル様にも迷惑かけてばかり掛けてしまいました……そんな俺でも側に置いて下さいますか?」
「ヴァンの事は私達神の血族が責任を持って正しく育てるべきだと私は思う」
「俺の眼……恐ろしくはありませんか?フェンリルは皆黒眼で……俺の金眼は忌み子の証だって爺様が……」
「綺麗な金眼だと思うよ?神界で忌み子政策はもう古い風習だよ?」
ヴァンは眼を丸くしてエリセの背に手を回して強く抱き締め返した。トールはその様子を見てエリセには安心してヴァンを任せられると思い。
「では、エリセ様……ヴァンをよろしくお願い致します」
「兄さんの忘れ形見しっかり引き取るよ」
「後エリセ様、この鎖をヴァンの力を抑える事が出来ます」
ジャラリと太い鎖が渡される。子供のフェンリルなら力を抑える魔術が付与してある、力任せに押さえ付けるのはあまり好きではないが神界の民の為に受け取る。
「ヴァンはまだ子供きっとフラッシュバックで神界で暴れたらこの鎖で縛って下さい」
「分かりました」
そして三人で部屋を出て城のホールに行くと……。
「エリセ様!無事な者はみな神界に帰っております!エリセ様もお早く!」
「ミカエル、君達四大天使達にこの子の教育を任せたい」
スッとエリセの後ろに隠れていたヴァンをミカエルに見せる。
「フェンリルの獣人?まぁエリセ様の事だから事情があるのは神界で聞く事にします……急いで下さい!」
そしてミカエルは魔法陣を出して三人がその中に入ると呪文をブツブツと唱え始めるすると光が三人を包み……足先から消えていく、ふとトールを見やると何やらレバーの様なものに手をかけ余った手でヴァンに手を振りヴァンもそれに応えて手を振っていた。
次の瞬間……カッと真っ黒な闇が全てを呑み込むように魔界が失くなる。三人はただ神界へと続く光の道を通っていた。