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06 験気

 翌朝の駅前。快晴の日差しを避けて待っている三廻部の姿を見た軸屋は、軽くため息をついた。血の引いたような顔色の彼女は、さすがにしんどいのか巨大鞄を足元に置いていた。

「悪い。ちょっと遅れた。急いで乗るか」

「うん」

早足で改札を抜け、何とかいつもの電車に乗り込む。車内はあいにく混んでいて、席が一つだけ空いていた。おたおたする彼女を座らせた軸屋は、身をかがめて命じる。

「着いたら起こすからちゃんと寝ていけ」

何か言い返そうとした彼女は、反論を諦める。軸屋はすぐに、もう話は終わりだとばかりに車窓を眺めて取り付く島もなかった。それでも、こっそり鞄から何か取り出そうとして睨まれ、ようやく彼女は目を閉じた。


 電車が到着したところで、軸屋は恐る恐る三廻部の肩を叩く。以前起こし方に失敗して以来、かなり慎重になっていた。ところが、三廻部は不機嫌になる元気もないのか、首をゆらゆらさせながら大人しく立ち上がった。

「ほとんど寝ていないんじゃないか?」

軸屋が尋ねると、半開きの目でうっそりと答える。

「近所の図書館と本屋で、桶狭間の本を手当たり次第に手に入れて読んでた」

「何か、手がかりがあったか?」

「全くない……全部、あの首巻がベースになってて。全然参考にならなかった」

「そうなの? あれってどうやっても合理的に解釈できないだろ」

「そう。今となっては、あたしも違和感があり過ぎて。あんな説明じゃ、義元がなぜ討たれたかなんて判るわけないじゃない? それを、ああだこうだ補足したり修正したりしてるけど、結局全部妄想になっちゃうんだよ」

「まあ……そうだろうな」

「だから今日は徹底的に史料を当たることにした。信頼できるやつをね!」


 図書館入りすると、顔色は戻らないものの、三廻部は熱に浮かされたように史料を筆写し始める。昼食は軸屋が強制的にとらせたが、黙っていたら没頭したままで飲まず食わずだったろう。


 閉館時刻となった図書館を出て、いつものファストフード店に入ると、三廻部は軸屋に指を突きつけて宣言した。

「まず初めに。前の話は全部忘れて」

冷房にやられたのか、ホットコーヒーに口をつけながら軸屋は訊き返す。

「前の話って?」

「信長公記の首巻。候哉くんが変だって言ってた話」

「安心しろ。もうほとんど覚えていない」

「いやそれはそれでどうかと思うけど……まあいいや。今日調べたことだけ覚えていってね」

「自信がないけど、努力してみる」

「とりあえず、今川義元は覚えておいて。殺された人」

彼女は鞄からノートを取り出して、身構える。

「義元が死んだのは永禄三年の五月十九日。これは当時の古文書七つに書かれているから間違いない。殺されたのと同じ年や次の年に書かれたから」

「うん。それなら確かだろうな。リアルタイムに書かれたのと、古文書って手紙だろ? だったら相手もいることだし、七つもあるなら間違いは書かないだろ」

納得した軸屋を見て三廻部は「善し!」と拳を握り、話を続ける。

「次に、義元を殺した人、というか軍勢だけどこれがよく判らなかったりする」

「え、そうなの? なんちゃらって人だったんじゃないの?」

「織田信長のことを言ってるんだと思うけど。ところが、義元の死について話されているのは、義元が当主だった今川家のものばっかり。一つだけ、信長の部下の佐久間信盛(さくまのぶもり)という人が六月十日に『義元が討たれた』とだけ書いている。ほら見て見て」


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古文書一


○原文


 尚以御祓并山桃・尉斗五把送給之候、目出度令拝領、

 態斗御初尾三十疋令進覧候、尚筆ニも可申入候、

今度就合戦之儀、早々御尋本望存候、義元御討死之上候間、諸勢討捕候事、際限無之候、可有御推量候、就其立願之儀、委細御使与三郎殿江申候、聊不可有相違候、恐々謹言、

   六月十日        信盛御書判

   福井勘右衛門尉殿   御返報

            まいる


戦国遺文今川氏編一五四五「佐久間信盛書状」(古文書集)

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