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53 斟酌

 ドタバタしながら江間達が帰ると、遍の寝息だけが聞こえる静かな空間になった。


 明日でいいからと言われた食器の片付けを一緒に行ないつつ、軸屋は胡桃子に確認する。

「五女のほうって、何か史料はあるのか?」

洗いカゴから食器を取り上げて布巾で拭きながら、軸屋がそう尋ねる。すると、流し台で洗っている胡桃子はちらりと彼を見て気さくに応じる。

「ゴジョ? あ、松姫の話の続きね。えーと、五女だと変だし、四女とも言われてるから、信松院(しんしょういん)にしよっか。ざっくり言うと、信松院は武田晴信の娘で、織田信長の息子と婚約したけど色々あって結婚はしなかった人。で、武田家が滅亡したあとに東京の八王子に逃げてきて尼さんになったって言われてる」

「ふーん。何だかこっちも報われない系か……。氏政の奥さんはどう呼べばいい?」

黄梅院(おうばいいん)だね。どっちも、戒名の上についている院号。実名が判らない女性は、しようがないからこう呼ぶんだよ」

「ふーん。院号って何か意味があったりするの?」

「普通はないから、記号として見てれればいい。ただ、信松院はあざといかなあ」

「というと?」

「『信』は、武田家が代々名乗っていた『(のぶ)』に通じるし、『松』はもうそのまま『松姫』でしょ」

「そう考えると、信松院に胡散臭さがあるってことか」

「うん。だって、武田が滅亡した時って、八王子を治めていた後北条は敵だったんだよ。主に攻めたのは織田・徳川だけど、後北条も攻撃はしてるの。そんな所に逃げ込めるのかなあって」

「近くにいたから?」

「信松院がいたとされるのが高遠城で、八王子市からは百七十キロ以上離れてるよ。一方で、武田と当時同盟を結んでいた上杉方の上越市も、高遠からなら同じ距離で行ける。実際に信松院の兄弟、武田信清は上杉領に逃げ込んで助かってるんだよ」

「まあ普通に考えれば、味方のほうに逃げ込むよな」

「もし可能性があるとしたら、武田旧臣が八王子に入ってきた一五九一(天正十九)年以降だろうけど……これだと九年後になっちゃう」

「地味に違うな」

「改めて考えると、あれこれ判らないな。信松院伝承は、おじいちゃんが前に調べてたことがあるんだ。多分ノートが残っていると思うから、あとで一緒に見てくれる?」

洗い物を終え、捲くりあげていた袖を戻しながら胡桃子が振り向く。こちらも皿を拭き終えて頷く。

「諒解」


 三廻部峻がいた居室には、来客用の布団がすでに敷かれていた。

「居間よりは落ち着くと思って。それに、あっちはもうお兄ちゃんが寝ちゃってるし」

胡桃子が書棚から分厚いノートを何冊か取り出しつつ、小さな座卓の前に座った軸屋に声をかける。

「体調どう? きつかったらいつでも言ってね」

「問題ないよ。ただ、酒を飲んだから……俺、変だったりしないか?」

「んー、顔はちょっと赤いけど、それぐらいだよ」

「それならいい」

「ん? おっと……これかな……ちょっと待っててね」

胡桃子は祖父のものらしいノートを広げる。

「信松院なんだけど、同時代史料では出てこない。東京の八王子に『千人同心』っていう組織が江戸時代にあって、それは武田家に仕えていた人達で主に構成されてたのね。その人達の拠り所みたいな存在だったみたい」

「ふーん。でも、そういう人物がいたのは確実なの?」

「うん。今でも八王子に信松院というお寺はあって、位牌やお墓もあるからね。江戸時代の記録には載ってる」


 彼女はノートのページをめくって、その記述を見せる。


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『新編武蔵風土記稿』


信松院百回会場記


武州多麻郡八王子庄横山、信松院者、故甲斐州主武田信玄公諱晴信第六之女、新舘禅尼開基也、尼公諱阿松、始新造別殿居之、故人呼称新舘君、母油川氏、生有容色志操、八歳与織田信忠約婚、頃至十二歳有故而絶、翌年信玄卒、時母先卒、以故常依兄仁科公信盛、居止言行如孤孀者、所親憐之強嫁之、尼公辞曰、吾雖未醮聘礼已行、

<中略>

仍去入武州隠于案下山、


武蔵国多摩郡八王子庄横山の信松院は、昔の甲斐国主武田信玄公((いみな)は晴信)の第六女である新舘禅尼の開基である。尼公の諱は阿松。はじめ新造として別殿に住んでいて、昔の人は新舘君と呼んだ。母は油川氏の出身。容色に優れ操が堅かった。八歳で織田信忠と婚約し、十二歳頃に事情があって絶縁する。翌年に信玄が亡くなった。その時に母はすでに亡くなっていて、兄の仁科信盛を頼った。立ち居振る舞いが寡婦のようで、在所の親達が哀れに思って嫁に迎えようとしたが、尼公は「私は夫と暮らしてはいないが、すでに寡婦なのだ」と断った。

<中略>

よって(国を)去り、武蔵国案下山に隠れる。

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「ここに大体のことは書かれているけど、この記録自体が信松院没後百年のものなんだよね。ここに、お寺が所蔵していたものがあるんだけど、あんまり当てにならないかなあ……」

三廻部は頬杖をついてノートをぼんやり見つめた。それを横から覗き込んでいた軸屋が、

「ここ、どういう意味だ? 何だか江間さんがラブレターだって騒いでた手紙と似てないか?」

と指したのは寺に収められた文物の説明書きだった。そこには、武田晴信の書状であろうという推測のもとに、一通の途切れた手紙が掲出されている。


-----------------------------------------------------------

奉書のごとき料紙へ書せられしものなり、文字滅て読がたし

ことしのめてたさしうきまて人[以下文字滅]あまりのう事ふくさ一きん候き、かしこ、

返々御つかひまいらせ候おそれいり[以下文字滅]

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この言葉に胡桃子が瞠目する。

「あ……氏政の? うん、似てるかな」

そう言って、書かれた文書を現代語に置き換えてみせる。

「奉書のような、料紙に書かれたものがある。文字がすり減って読みにくい。『今年のめでたさ、祝儀までに人……余りの宇治茶を袱紗、一斤送ります……返す返すも、ご使者をいただいて恐れ入ります……』って感じかな。かな書きだから、女性か子供が差出人か宛先」

「『う事』って書いてるの『宇治(うじ)』の当て字なのか……よく判るな」

「袱紗に一斤って続くから、茶道具だろうし、贈り物としてそれっぽいものかなと。この時代の人ってあらゆるところで当て字を使うんだよね」

「ほとんどクイズだよな」

軸屋が思わず指摘すると、胡桃子はニヤリと笑う。

「それが面白いんだけどね。さて、この文面。宇治茶を贈ってるけど、『あまりの=余り物』ってことはかなり親しい関係だよね。といいつつ、挨拶の使者が来たことに恐縮してる。奥さんだと、こんな感じなのかな」

「判らない。でもこれって、最初の松姫は黄梅院で、その名残で手紙が残ってたって考えられないか? 黄梅院が持ってた手紙と一緒に元々の松姫伝説があって、それに乗っかる形であとから信松院という人物が入ったんじゃないか?」

その一瞬、三廻部の丸い目が大きく見開かれる。軸屋の発言に心底驚いているようだ。やっとのことで、質問を返す。

「え? でも、何で黄梅院がそんなところに?」

「息子達を連れて逃げてきたとか?」

「それはちょっと無理があるかなあ。でも、候哉くんどうしたの? 証拠がないけど……」

その言葉に軸屋はしばらく黙ったものの、居直ったように言葉を返す。

「この件はまだ追っかけたい……駄目かな」

「いいよ、付き合う。じゃあ、逃げてどこ行くの?」

「しばらくはどこかに潜伏しようとか」

「女性と子供が逃げ切れるのかな」

「いざという時に実家に逃げられるような、国境沿いとか……」

「ちょっと待ってて」

胡桃子はノートのページをパラパラとめくり、やがて手を止めた。

「あった。えーと、松姫伝説は八王子の北にある檜原(ひのはら)にもあるんだよね」

「檜原? どこだっけ? まあとにかく、そこが八王子の伝承に乗っかったのか?」

「うーん、どうだろう。逆な気もする。八王子から小仏峠を越えて行く甲州街道は、江戸時代になってから主流になったんだよ。でも、その前は檜原から大菩薩峠を越えて塩山(えんざん)に行くのが多かったみたい。だから、小田原から黄梅院が逃げてきたとしても、甲府から信松院が逃げてきたとしても、檜原を通った可能性が高いと思う」

「でもやっぱり、追手が来たら追いつかれるかなあ。匿ってくれる人がいるかも判らないし……」

「黄梅院の場合は、檜原は北条氏照の支配だから大丈夫かも。氏政の弟で、この時は父親と兄の政治方針にかなり強く不満を持っていたみたいなの。氏照本人は小田原にいたけど、部下達は檜原からちょっと離れた、青梅の御岳山に籠城させてるよ」

「なるほど。氏照の協力があったとして、黄梅院は六月九日の決定を知って、翌朝逃げ出した。向かった方角が判らない追手は追尾に時間がかかり、七日後に捕捉されたと」

「うん。ちょっと待ってて……移動距離は……八十キロ。徒歩なら一日三十キロ、馬なら五十キロって考えれば……子供三人は従者に背負わせて馬、松も自分で馬に乗ったという想定ならだけど、充分に可能かもね」

「その氏照ってやつの手引で、六月十一日には檜原に到着か」

「あ、それなら檜原村に伝わる『松姫の手鏡』も違った意味を持ってくるね。この手鏡は、武田の女性が逃げる途中で世話になった村人に与えていったってことだけど、甲斐から武蔵に逃げるんじゃなくて、武蔵から甲斐に逃げる時に残していったってことになるね」

胡桃子がノートを駆使して説明していくと、軸屋はしばらく考え込んでいた。そして、やがて小さく呟く。

「現場を見てみたいな……」

それを聞いた胡桃子は、ぱっと笑顔になって立ち上がる。

「行ってみる? 明日の朝イチなら、手鏡のある郷土資料館にも余裕で行けると思うよ」

「いや、いいよ。俺が一人で行ってみるから」

「一人は駄目。一緒に行こう」

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