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37 演説

 軸屋と三廻部が図書室に入ると、調査結果を待っている猪飼がいた。同じ長机には、それを聞きつけた久瀬と江間もちゃっかり座っている。


 三廻部はA4用紙にコピーした時系列を配る。

「猪飼くんが言っていたのは『上杉家御年譜』の記事だと思うけど、これは使えなかった。史料の裏付けがないどころか、一部を改竄した文書に強引につなげてたの。だから、あたし達はきちんと同時代史料だけを並べてみたの」

彼女は一同の前に立って説明を始める。

「ここには書かれていないけど、今川義元が戦死したのが永禄三年。その翌年に松平元康が反乱を起こして西三河を奪ってしまう。この時に、奇襲を受けた牛久保城には兵粮がなくて、現場の部下達が用意したのね。で、一旦奇襲をしのげたんだけど、今度はこの返済をどうするかで、義元の息子の氏真があれこれ資金繰りをしてる。この辺でもうすでにお金がないんじゃないかって感じはしてる。しかも、義元が約束しちゃった伊勢神宮の遷宮費用も払わされたみたい」

江間が首を傾げる。

「えっと、『敵に塩を送る』の話だよね」

「文恵は事情を知らなかったっけ。その言葉の元になるような出来事が、戦国時代に実際にあったかを調べたんだよ。今川氏真が、仲が悪くなった武田晴信への嫌がらせで塩の輸送を留めた。そして氏真は塩留を上杉輝虎にも呼びかけたけど、輝虎は人道的な立場から断ったって話。武田とは敵対するけど、民衆まで巻き込んじゃいけないって」

「へえ。そういう人もいたんだ」

「だから、そういうことがほんとにあったどうかを調べたんだよ」

「結論は?」

「候哉くんとあれこれ調べて、一応出た。でも納得できるかを考えてもらいたいから、時間に沿って説明するよ、っていう時間なんだ」

「ああ、オケハザマと一緒ね。判った」

「じゃあ、紙を読んでいくよ」


■一五六三(永禄六)年


□三月十九日 葛山氏元(今川氏真の部下)が、須走口(駿河から甲斐への街道)にいる芹沢玄蕃に、今度から氏真に直接納税するよう命じる。


□<今川氏の領国で、免税取り消しが一斉に指示される>


□四月十日 「一律での免税取り消しだけど、おたくは免税するよ」という、氏真部下の文書が次々出される(八月二十一日までこの免除通達が続く)。


□八月三日 氏元から芹沢に、抜け荷の摘発が命じられる。


□<免税の一律取り消しが原因で、どうやら西遠江で反発があり、反乱が相次ぐ>


□閏十二月六日 武田晴信が、駿河国境に近い所にいる部下に、今川両国のことを尋ねる。


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古文書二十八


●解釈


たまたまそちらへの便があったので便りを送った。遠江国の状況は本当だろうか。どうしようもない。駿河国の内情偵察は怠らないようにして、駿河で半数以上が破産するならすぐに報告を入れよ。こちら方面は放火している程度の戦況だから、昼夜を問わずに撤退するだろう。また、遠江国が心変わりしても、駿河国衆は各々が氏真を守って、元からの三河国への備えも氏真の意図通り行なうなら、ここ暫くは在陣しよう。それなら関東は落ち着くだろう。どちらにせよ、あなたは詳しく情報を集めなさい。飛脚を使っての素早い報告を待っている。


追伸:駿河国は必ず破産という確証を掴んだら、まさにこの時なのだからすぐに撤退する。あの国への本意を急ぐだろう。こうした状況をよく把握して報告するのがよい。また、あちらへ書状を送る。彦六郎へ渡すので、中継を頼まれたらすぐに届けるように。

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「ここまでをまとめると、お金に困った氏真は『直接納付』と『免税特典一律解除』を打ち出した。でもその反発がすごくて、甲斐にいた晴信が、駿河国境にいる部下に問い合わせるほど混乱したみたい。関税を避けるための密輸も横行したっぽい」

「ねえ、閏十二月って何?」

と、江間が尋ねた。三廻部は微笑んで答える。

「今のグレゴリオ暦だと四年に一回だけ一日足すでしょう? あれを一ヶ月単位で足したのが閏月なんだよ」

「ふーん。じゃあ何年に一回かは、十二月が二回来るの?」

「そこを話すと長くなるんだけど、一月から十二月まで、どの月にも閏月がつけられる可能性があって、その周期の計算がとても複雑なの」

「あ、もうその辺でいいや。要するに、この年は十三ヶ月あって、閏十二月が足されてたってことね」

「うん。それで、翌年も混乱は続いていたみたいで、さらにその翌年にあれこれ動き出すんだ」


■一五六五(永禄八)年


□三月十九日 小原肥前守が吉田を退去。今川方は三河を完全に失う。


□五月一日 武田義信(晴信の後継者)の妻(氏真の妹)が大般若真読(だいはんにゃしんとく)の祈祷をする。義信の身に何かがあった模様で、武田・今川同盟にほころびが生じる。


□七月三日 氏真が、商人の松木に税金の免除令を再発行。その際に、借金の督促を許可し、また一律の免税解除から、松木は除外されると追記。


■一五六六(永禄九)年


□四月三日 富士大宮での楽市規定で、諸税や通関を停止するよう通知。新規の商人を呼び込む一方で、市場への通行税取り立てを諦める。通行料を集めていた既得権益の否定。


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古文書二十九


●解釈


富士大宮で毎月六回開いている市場のこと。押し買い・暴力といった不法行為があると言っているので、今後はやめるように。一帯の課税を停止し、これを楽市として設定する。合わせて神田橋の関所については、新しい課税となってしまうので、これもまた課税停止する。もし違犯するものが入れば、急いで報告せよ。命令を加えよう。

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ここで久瀬が言葉を挟む。

「『楽市』って、織田信長が始めたとか言われてるやつだっけ? 昔の規制をなくして、新しい物流を作ったとか説明があったけど……」

「氏真のこれは、それより早いよ」

「じゃあ氏真は信長より進んでたってこと?」

「うーん、それは違うと思う。これって、新しく参入する商人にとってはいいことだけど、通行税とか場所代とかで利益を上げていた既存の人達は困ったでしょ」

「あ、さっきの、氏真の緊急徴収を拒否した人達か。そういうことか」

「うん。要は、一律免税解除に反発した寺社・被官に対して、彼らの財源を取り消してるんだよ。そして恐らく、利益を受けた商人からの上納金を氏真の元に集中させようとした」

「なるほどなー、深いな」

久瀬が大きく頷いている横で、退屈そうに軸屋が欠伸をしていた。

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