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34 専心

 その翌日は冷たい冬の雨が弱く舞っている、あいにくの天候だった。前日と同じような時間帯に、二人は再び電車に乗り込んでいる。服装も昨日とほぼ同じで、辛うじて服の色が変わっているといったところ。ただ、三廻部の頭はゆらゆらと動いており、目も半分閉じている。軸屋は鋭い視線を隣に送り込み、非難する。

「三廻部さん、寝てないだろ?」

「ちゃんと寝たよ。……二時間くらい」

「もういいや。とりあえず電車では寝て」

「えー、一個だけ言わせて。突破口が見つかったかも」

「駄目だ。話すと絶対長くなるから。今日もあれこれ文書を見るんだろ?」

「はあい。せっかく見つけたのに」

不満そうに口を尖らせていた彼女だったが、三分も経たないうちに寝息を立てていた。肩にもたれかかる小柄な体を支えながら、彼もまた瞼を閉じる。


 軸屋がその体調を危ぶんでいた三廻部だったが、午前中は軽快に史料を追っていた。物流系の文書を今川・後北条で総当りしして次々に軸屋に回していく。ためらいながら上滑りして、史料を決めるのに手間取っていた昨日とはかなり違う。集中力が戻ってきたようだった。


 そして昼の食堂。生姜焼き定食をすさまじい速度で片付けた三廻部は、まだナポリタンを食べ終えていない軸屋に向かって説明を始める。

「朝言ってた発見、確認が終わったよ」

「ああ、そういえば。どんな発見なの?」

「木綿とか塩とか、『留』があったでしょ。候哉くんが指摘したように、あれってどっちも『押』という文字が近くに出てくるんだよ。ほら」

三廻部はPCの画面でそれぞれを示した。軸屋は一旦フォークを置いて確認する。

「ふーん。両方があって輸送禁止になるのか。ただ、例の塩留のやつには『押』はなかったよな」

「そう。だから『留』は、差し押さえるとか禁輸するっていうより、物をそこから動かすなって意味なんだよ」

「じゃあ、その他にもあるっていう穀物とか兵粮のも、『押』と『留』の両方があるのか?」

「そこがポイントだった。『穀留』と『兵粮留』の例では『押』がなかったんだよ。あの二つの命令は、軍隊の駐屯地に出してるのね。食料がよそへ流れるのを禁じているみたいで、別の国への商品流通の話ではないの。で、さっき追加で別の文書を調べたんけど……」


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古文書二十二


○原文


急度令申候、仍大坂并雑賀表御動座之刻、御用木其外御船已下可被仰付候条、津山川・春日山材木()()()()()()()()()()、被得其意、堅可被申付事、肝要ニ候、恐々謹言、

                佐久間甚九郎

    八月十四日          定栄(花押)

                佐久間右衛門尉

                   定盛(花押)

     寺田又右衛門殿

     松浦安大夫殿

            御宿所

増訂織田信長文書の研究補遺九五「佐久間定盛・定栄父子連署状」(佐藤行信氏所蔵文書四)


●解釈


取り急ぎ申します。大坂・雑賀方面にご動座される際の、御用木その他御船などをお命じになりましたので、津山川・春日山の材木は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その意を受けて、堅く指示すること、大切なことです。

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古文書二十三


○原文


犬居可相通兵粮之事

(朱印「懸河」)

右、毎月五駄充、奥山左近方為湯分差越之間、森口・二俣口雖為何之地、無相違可令勘過者也、仍如件、

永禄十一年辰

 九月廿一日

  津留奉行中

戦国遺文今川氏編二一九〇「朝比奈泰朝ヵ朱印状」(奥山文書)


●解釈


犬居に兵粮を届けるようにすること。右は、毎月五駄宛てで、奥山左近方から湯分として搬送するので、森・二俣の口などどこの地であっても、相違なく通過させるように。

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「織田信長の命令にある『材木一切可被相留旨御諚候』というのは、船を作るのに材木が必要だから、切り出した材木を全てを留めておけってことなの。もうひとつの朱印状は、氏真の部下が兵粮の運送を命じたもので、この宛所は『津留奉行』。多分、水上輸送で通行税を管理していたところだと思うけど、毎月五駄の荷物は犬居という場所への兵粮だから通過させろと書いてる。この二つを見ても、『留』単体では物が滞留することを指してる。そしてこの二つには『押』がない」

「ということは?」

「例の塩留の証拠文書も、単に『今月は納税額が多いから、時間のかかる塩荷は一旦脇にどけて、その他の分を早く計上しろ』ってことになる」

「何で塩荷だけ時間がかかるんだ?」

「それはまだ判らないよ。でも『塩は禁輸された』って仮説から『塩は滞留した』って仮説に変わったよね」

「そうだな。昨日話した周りの状況も考えると、悪意で単純に塩を留めていたのかは限りなく怪しい。だから何か理由があるはずだ」

「ただ、ここらへんが限界かな。原因は判らないけど、塩の輸出に時間がかかってた。これ以上は判らないかも」

「まあとりあえず、さっさと集金しろって命令は今川っぽいな。借金で首が回らなくなったか」

「かなり焦ったみたいで、確か、税金を直接納付に切り替えたものがあったっけ。午後はそれを調べてみておしまいにしようか」


 そしてこのあと、三廻部はさらなる集中力を見せて次々に史料に当たっていく。それにつられたのか、軸屋のキーさばきも順調だった。閉館に先立っての複写サービス終了アナウンスが流れると、二人は顔を見合わせてそっと席を立った。


 サーベイは閉館前に完了した。

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