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27 大神君

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『家忠日記増補追加』一五五七(弘治三)年正月


○原文


十五日、大神君御首服有テ蔵人元康(是ヨリ先二郎三郎元信)義元カ媒トセシメ、今川家ノ縁者関口刑部少輔(刑部少輔カ室ハ今川義元カ伯母)カ女ヲ以テ、大神君ニ嫁セシメ婚礼成ル、大神君譜代ノ諸士等駿州ニ参賀メ、嫁娵ラシ奉ル于時三州ノ士柳原ノ某カ馬ヲ(嵐鹿毛ト号ス)大神君ニ献ス是無双ノ良馬タルニ依テ、大神君此馬ヲ公方義輝(光源院殿)ニ献ゼラル義輝是ヲ悦テ、大神君ニ自筆ノ書簡及ヒ短刀ヲ授与ス


●解釈


十五日、大神君はご元服なさって蔵人(くろうど)元康(これ以前は二郎三郎元信)となり、今川義元が仲立ちとなって、今川家の親戚である関口刑部少輔(刑部少輔の奥さんは今川義元の伯母)の娘を大神君の嫁として婚礼がなった。大神君の譜代の諸士は駿河国に参賀した。嫁をもらった時に、三河国の柳原某の馬(嵐鹿毛と呼ばれた)を、大神君に献上した。これは無双の良馬だったので、大神君はこの馬を将軍の足利義輝に献上した。義輝は喜んで、大神君に自筆の書簡と短刀を授与した。

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「『大神君』は元康ね。のちのち偉くなったから遡ってそう呼ばれてるんだ。で、駿府に三河の部下たちをみんな集めて、盛大に結婚披露宴をやったってある。あと、瀬名姫の母親が義元の伯母だって」

それに軸屋が反応する。

「伯母? ってことは、この中の瀬名姫は義元のイトコで、かなり年上じゃないか?」

「変だよね。義元と元康は二十三歳差でほぼ親子。もし義元より年上の従姉だったら、ものすごい年の差になるね。まあ、この本は江戸時代になってあれこれ書いているから、信憑性はないんだよね」

事もなげに本をしまい始めた胡桃子に、軸屋がぼやく。

「さらっと言うなあ。さっきから驚いてるんだけど……」

その発言を流して、胡桃子は別の本を取りだす。

「で、これは戦国時代の人名辞典で、今現在の定説が載ってる。これだと、瀬名姫は義元の妹の娘になってるんだよ。ほらこれ」


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『戦国人名辞典』(吉川弘文館・戦国人名辞典編集委員会)


築山殿(つきやまどの)

徳川家康の正室。瀬名姫、駿河御前ともいわれる。父は今川義元の重臣関口氏広(義広・親永)、母は今川義元の妹というが、一説には、井伊直平の娘で今川義元の側室だったのが、養妹として義広に嫁いだともいう。一五五七(弘治3)年正月十五日、駿府今川館で、十六歳の松平元康(徳川家康)と結婚した。元康と同年とも、三、四歳上だったともいわれる。一五五九(永禄2)年に長男信康、翌三年に長女亀姫を生み、のち、岡崎に引きとられ、城外の築山に住んだことから築山殿とよばれ、家康が浜松城に移ったあと、子信康と岡崎城に入っている。(後略)

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「ここだと、井伊直平(いいなおひら)の娘だったという説まで出てきちゃう。ただまあ、これは除外していいと思う。江戸時代の井伊家って結構あれこれ作り散らかしてるみたいで、その一環っぽいから」

「どっちにしても、母親はもう正体不明で、父親だけ確定?」

遍が半ば呆れたような表情で、妹に確認した。しかし胡桃子はまたも首をひねる。

「いや、うーん。今川の史料は一通り見たけど『関口刑部少輔』の名前は『氏純(うじすみ)』なんだよねえ。この人名辞典では三通りの名前を挙げているけど、どれも当てはまらなくって。多分もう誰にも判らないってことだと思う」

胡桃子の言葉に、軸屋が意外そうに尋ねる。

「徳川家康って有名な人なんだろ? だったら、奥さん自身はちゃんと史料に載ってるんだろ?」

「それが、ほぼないんだよ。信頼できるのだと『家忠日記』にある『信康御母さま』だけ。あ、こっちの『家忠日記』は本物の同時代史料のほうね。さっき挙げてた『家忠日記増補追加』は、そのひ孫が先祖にあやかって書いた軍記ものだから、全然違う」

「いやそれでも、この奥さんは跡継ぎを生んだんだろ? 記録が少なすぎるんじゃないか?」

「確かに、長男の信康は織田信長の娘をお嫁さんにもらったりして、後継者だったよ。でも、途中で父親と喧嘩になったみたいで、失脚して死んじゃった。信康の姉に当たる長女のほうは、家康の部下に嫁いで天寿をまっとうするんだけどね」

「じゃあこの奥さんがどうなったかは、どこにも書かれてない?」

「そう。そして、この長男も失脚してからどうなったか不明。奥さんは息子の失脚に巻き込まれて殺されたとか伝承はあるけど……確実な証拠は本当に何もない」

一緒に持ってきた古文書の索引を閉じると、胡桃子が両手を挙げた。


 軸屋はそれを見て肩をすくめ、引導を渡す。

「結論として、家康の奥さんは正体不明。ってことだな」

胡桃子は本を片付けながら頷く。

「うん。今川義元と徳川家康が親戚ってことにしたくて、その一念で読んだら、こうなっちゃったって感じ」

「なるほどなあ……前からちょっと思ってたんだけど……歴史の話ってこう、結果から戻して説明してるじゃん。それが行き過ぎてこうなった感じがする」

考えながらゆっくり語る軸屋に、胡桃子が尋ねる。

「戻して説明って?」

「のちのち偉くなった家康は、今川家でも特別な存在だったはず。だから公家の日記にも出ているはず。特別待遇なんだから義元が良縁を用意したはず、ってね」

「ああ、そう言われると納得できる。でも、その時にそういう扱いだったかは判んないのにね」

「過去を振り返る時は、そういうのを注意しないと危ないんだろうなあ。『明日何があるか判らない』ってのは、いつだって変わらないんだから。たまたま、俺達は結果を知ってるけど、それを当時の人達に当てはめちゃいけないってことだな」

「同感。あ、ちょっと待ってて、改正三河後風土記かいせいみかわごふどきにも何か載ってるかも。まあいい加減な話だろうけど」

 すっかり乗り気になった胡桃子が立ち上がり、三度祖父の部屋へと駆けていってしまった。


 ただ、それきり五分経っても戻ってこない。話の後半、軸屋・胡桃子の応酬が続いている間はずっと黙ってお茶を飲んでいた遍と江間だったが、痺れを切らして遍が「文恵ちゃん、受験大変だろうからそろそろ帰ったほうがいいよ」と促した。江間が「片付ける」と言ったものの、さすがに謝絶される。

「それはうちでやるから。軸屋くん、悪いけど送っていってもらえるかい?」


 ということで軸屋・江間は辞去することとなった。涼しさから寒さに変わりつつある夜風の中、二人は並んで歩く。

「うちはもうすぐそこだから、ここでいいよ」

かじかんだ手をこすりながら、ダウンコートで着膨れた江間が告げる。

「ああ、じゃあ気をつけて。受験頑張れよ」

片手を挙げた軸屋をじっと見ながら、

「軸屋くん、学校はもう来ないの?」

と尋ねる江間。軸屋は首をかしげる。

「うーん。どうだろうなあ。来週には顔を出すかも」

「まあ、仕事も入っちゃってるって佑佐(ゆうすけ)に聞いてるけどね」

「ああ、久瀬に会ったら『この間貸したプログラム本、返せ』って言っておいて」

「自分で言いなよ。……ところでね、今日のミコどう思う?」

「いきなり消えた件? トイレだろ」

「じゃなくて! 顔色悪かったでしょ?」

「ああ、あの時と似てると思った」

「でしょ? あのオケハザマの時!」

「あれこれ根を詰めてるみたいだったから、ちゃんと休めって言っておいた」

「うん。これからも会ったらそう言い続けて。私が言っても聞かないから。でも、変に焚きつけるのは禁止ね! あんた達、放っておくと今日みたいにあーだこーだ始めるでしょ」

「留意する」

「あと、絶対髪を切ってね! ゴキブリみたいにテラテラしてるから」

「判った」

「もし切ってなかったら、うちの犬用バリカンで刈るからね」

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