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19 大高口

 折れ曲がる道が少し途絶えて大きな道路に出ると、右手に森が見えた。陽光が降り敷くように注ぐ中、三廻部が説明を始める。

「鳴海八幡。ここら辺も『鳴海』なんだよね。ただ、今まであたしたちが組み立てた考え方だと、大高城への補給部隊が戦った『大高口』がここだと思う」

「今川の補給部隊が襲われたとかいうやつ?」

「うん。今はもう埋め立てられて全く判らないけど、この向こうは当時海だったの。で、その対岸には星崎城があって織田方だった。距離は……一キロくらいかなあ」

「なるほどな。ちょいと船で渡って攻めてみたってことだ」

「そこから攻撃されるのは充分判っていたと思うんだけど、当時の書状を見ると慌てて対戦したような感じがするんだよね。先頭が呑気に通り過ぎて、そのうしろが攻撃されて引き返したみたいに書かれてる」

「毎月十九日に、敵の鼻先で荷物を運んでるからなあ。攻撃されて当たり前なのに、緊張感がない。何か、こういう間抜けな理由が実は全てだったりしてな」

「まあそうだね。こうなると、その可能性は否定できないねえ」


 大高駅につながる高架鉄道が見えてくると、さすがに二人はくたびれてきた。午前中からの強行軍にも関わらず、時刻は既に午後三時に近づいている。途中で立ち止まったり座ったりはしたが、その間ずっと喋り続けていて気が休まらなかった。歩調を合わせるためか、ずっと三廻部の後方を歩いていた軸屋が気遣って訊く。

「どうする? 大高城に行く前にちょっと休むか? 疲れただろ」

三廻部は歩く速度が大幅に落ちているが、目は生き生きと輝いていた。機嫌はいいようで、声にも張りがある。

「大丈夫だよ。ここで休憩しちゃったら、夕方まで動けなそうだから」

「じゃあ進もう」

「候哉くんは大丈夫?」

「明日筋肉痛かも知れないが、まあいいさ」


 線路を過ぎて五〇〇メートルほどで大高城に到着。ここも公園になっていて、入り口に石碑があった。舗装されたなだらかな斜面を登っていくと、草に覆われた平地が姿を現す。

「広い!」

立ち止まった三廻部が第一声を放つ。その平地は矩形で構成されていて、周縁に少し土盛りがしてある。そこに接続するように二つの曲輪があり、それぞれが鳴海城跡公園以上の広さがある。二人はぐるりと一巡し、巨大な堀を確認した。

 あちこちを飛び回って写真を撮り漁っている三廻部を横目に、軸屋は曲輪のへりまでゆっくり行って尋ねる。

「これって多分お堀だよな。水がなくなってるけど」

彼女は早足で合流し、そこも撮影し始める。

「これはね、『空堀』っていって、元から水がないやつだよ」

「えー、水がないと、敵が来ちゃうじゃん」

「水があっても船で渡って来るでしょ。水がなければ、一旦下まで降りて上がってくるから、弓矢とか鉄炮を撃てる距離が長くなるから、殺し易いのよ。もしくは、敵を誘導して集中攻撃できる屠殺場みたいなポイントに行かせたりとかね」

「さらりと物騒なことを言うなあ」

「とにかく、これは結構立派な空堀だよ」

三廻部がまた移動を始めたので、そのうしろを逍遥しながら彼はついていく。城内は森に囲まれていて、風が涼しい。

 やがて撮影がひと段落した三廻部が、周囲をぐるりと見渡して感じ入ったように言う。

「ああ、ここに来てやっと『お城』って感じのを見た」

「『お城』って感じが何なのかはさっぱりだが、沓掛と鳴海とはえらい違いなのは判る」

「そう考えると、沓掛城・鳴海城も通説から考えを変えないといけないね」

「二村山と鳴海丘陵、それと諏訪神社近辺の急坂は、実際に歩いてみないと判らなかったからな」

「やっぱり、来てよかったー。歩いてくたびれたけど、ものすごい情報が入ったよね」

「ああ。でも、もう戻らなきゃ」

時計を見ると午後四時半に近い。二人は最後の気力を振り絞って、大高駅に向かった。


 大高駅のホームからは、少し離れて大高城の森が見えた。

「わあ、この眺めは面白いねえ。反対側は鷲津砦だよ」

三廻部が指を差す。軸屋が見やると、駅のすぐそばに丘があって木立で覆われていた。三廻部は続けて説明する。

「鷲津砦と丸根砦は、織田方のものといわれてるの。まあでも、善照寺砦の件もあるし、本当はどうか判らないなあ」

「丸根ってどこにあるんだ?」

軸屋が尋ねると、三廻部はホームの南端を見やって地図と見比べた。

「うーん。見えないかも。ここから五〇〇メートルくらい南で、線路のこっち側、鷲津砦と並んでる感じ」

「それぞれ等間隔で三角形を作ってる感じだな。とすると、その辺の砦も今川のものじゃないか?」

「え、やっぱりそうなるの?」

「だって、大高の役割は封鎖だろ。こっち側に織田の砦がいくつもあるようじゃ、封鎖になってない」

「それはそうだね。二つの砦は結構小さいみたいだから、監視用の場所だったかもね。そう考えると、今川はかなり人数を分散させてたんだ」


 二人は東海道線で三河安城まで出て、そこから新幹線へ乗り継ぐことにした。大高から刈谷に向かう車中では、三廻部が車窓からの風景に見入っていた。

「面白いよねえ。この道を使って織田が三河に入ってきて、それを今川が防ごうとしてたんだ。道って、不思議だね」

その横で軸屋は、時々薄目を開けながら眠ったふりをしている。やがて車内放送で次の停車駅が刈谷であることが告げられると、彼女がそわそわして挙動不審になった様子が伝わってきた。軸屋の肩が軽く突かれる。しかし彼は決然と言い放つ。

「降りないぞ」

「えー」

三廻部の不満そうな声を聞き流して、軸屋は狸寝入りを再開した。


 新幹線で席に座ると、三廻部はあっという間に眠りに落ちた。小柄な彼女からすると、限界ぎりぎりの強行軍だったようだ。リクライニングシートを倒す前に、もう寝息をたてていた。


 軸屋もつられてうとうとしていたが、しばらく経つと彼はノートPCを取り出し、今日判明した地図の概念図をまとめつつ、事項入力を開始する。


挿絵(By みてみん)


事実


●沓掛城・鳴海城と呼ばれる場所は規模が小さい。


●沓掛城と呼ばれる場所から大高・鳴海は見えない。


●二村山は西に向かってそびえていて大高・鳴海が見える。


●二村山には鎌倉街道が通っていて、西麓に義元討死の伝承を持つ田楽窪がある。


●鳴海原の相原郷の北側は急斜面になっている。


●善照寺砦は東側、鳴海城は西側を向いていて、両者の間は高地があり相互に見えない。


●鳴海から大高に向かう丸内古道は瑞泉寺から始まっている。


●大高城は規模がそれなりに大きい。


推測


□この時の沓掛城は二村山。


□この時の鳴海城は、鳴海台地全体を覆うもので、瑞泉寺・善照寺砦を含む。


□相原郷の急斜面で義元は狙撃を受けた。


□義元はその場で後退し二村山を目指したが到達前に戦死


□距離が近い鳴海城は相原宿北方の狙撃者・相原宿炎上によって行動を制限され、救援に行けなかった。


□大高口でも同時に戦いがあり、鳴海城はそれに惑わされた。



▲相原宿手前で奇襲されたとして見張りはいなかったのか。


▲義元を殺した部隊はどうやって戦場を離脱したのか。

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